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二十五【リノエルに復縁を迫る】
しおりを挟む王宮内の空気は、日に日に重くなっていた。
エミリアの不正に関する調査が進んでいることは、アレスの耳にも入っていた。
最初は、それをリノエル派の貴族たちによる、エミリアを貶めるための策略だと信じて疑わなかった。
だが、宰相から極秘に見せられた帳簿の写しを見た時、その自信はもろくも崩れ去った。
そこには、見覚えのあるエミリアのサインと、宝石商との不自然な金の流れが、言い逃れのできない事実として記されていたのだ。
「馬鹿な……エミリアが、そんな……」
アレスは、執務室で一人、頭を抱えた。
自分が信じた『真実の愛』は、ただの金目当ての芝居だったというのか。
だが、それ以上に彼を恐怖させたのは、自らの立場の危うさだった。王太子の監督不行き届きは、免れない。最悪の場合、廃嫡もありうる。
その恐怖が、彼のプライドを完全に粉砕した。
パニックに陥ったアレスの脳裏に、一つの顔が浮かんだ。
氷のように冷静で、常に正しい判断を下し、どんな問題もいつの間にか解決していた、かつての婚約者。
「そうだ……リノエルだ……!」
彼女なら、きっとこの状況を何とかしてくれる。彼女の聡明さと、フォーミュラー家が築いた財力があれば、この危機を乗り越えられるかもしれない。
アレスは、最後の蜘蛛の糸にすがるような思いで、リノエルが滞在している客室へと駆け込んだ。
「リノエル!」
許可も得ずに乱暴に扉を開けて入ってきたアレスに、リノエルは眉一つ動かさなかった。
「殿下。何か、ご用でしょうか」
「用があるに決まっているだろう!」
アレスは、リノエルの前に立つと、なりふり構わずその手を取った。
「頼む、リノエル! 君の力が必要なんだ! 君しか、私を……いや、この国を救えない!」
その姿は、かつてリノエルを断罪した傲慢な王子の面影はなく、ただ追い詰められた、哀れな男のものだった。
「私のことは、許してくれとは言わん! だが、このままでは、王家が、国が、大変なことになる!」
必死に訴えるアレス。
彼は、心のどこかでまだ、リノエルが自分に情を持っていると信じていた。自分がこうして頭を下げれば、彼女はきっと助けてくれるはずだと、そう思い込んでいた。
「君が、私の妃になってくれさえすれば、全ては元どおりになるんだ! 頼む、私の元へ戻ってきてくれ!」
みっともない懇願。
それは、愛の言葉ではなく、ただ自分の保身のためだけに紡がれた、あまりにも身勝手なSOSだった。
リノエルは、そんなアレスを、ただ静かに、冷たい瞳で見つめていた。
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