王太子妃の座を失った悪役令嬢は夜会を去った

きららののん

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――その頃、遥か遠く離れた王都の王宮では、重く、冷たい空気が支配していた。

「またか……」

エドワード王太子は、執務室の机に積み上げられた書類の山を見て、深いため息をついた。

目の前には、宰相が苦虫を噛み潰したような顔で立っている。

「エドワード殿下。東方のガルディア帝国との関税交渉が、難航しております。先日の一件以来、帝国側の態度が硬化しておりまして……」

先日の一件。それは、アメリアが、ガルディア帝国の特使を歓迎する晩餐会で、緊張のあまりワインを相手に浴びせかけてしまった事件のことだ。

「わかっている!今、その対応策を考えているところだ!」

エドワードは、苛立ちを隠さずに言った。

アメリアは、泣いて謝るばかりで、何の役にも立たない。彼女を庇い、相手の機嫌を取り、こじれた関係を修復するのは、全てエドワードの仕事だった。

書類に目を通す。びっしりと書かれた、各貴族家からの要求事項、属国からの陳情、複雑な利害関係が絡み合う法案。頭が痛くなる。

(……ニーナなら)

ふと、頭の中に、いるはずのない人物の姿が浮かんだ。

(ニーナなら、この書類の山を、半日で完璧に整理して、的確な助言をくれただろう)

彼女は、常に冷静で、聡明だった。各貴族の力関係も、諸外国の情勢も、全て頭に入っていた。彼女の助言に、どれだけ助けられていたことか。

(彼女なら、あの使節団を、完璧にもてなしたはずだ。相手の国の文化や歴史を調べ上げ、一人一人の好みを把握し、誰もが満足する、非の打ちどころのない晩餐会を……)

その時は、それが当たり前だと思っていた。彼女の完璧さが、時々、息苦しくさえあった。

だが、失って初めてわかる。

彼女がどれほど有能で、どれほど稀有な才能を持ったパートナーであったか。

エドワードは、アメリアの可憐な姿に心を奪われ、ニーナの冷たさだけを見て、彼女を断罪した。

「私が……間違っていたというのか……?」

初めて、自分の判断に対する、深い後悔の念が、冷たい毒のようにエドワードの心に広がり始めていた。

しかし、そのことに気づくには、あまりにも、遅すぎたのだった。
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