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わたくしの衝撃的な告白の後、ゼノン騎士団長はしばらく石像のように固まっておりましたが、わたくしが本当に厨房を探しに歩き出してしまったため、はっと我に返ったように後を追ってきました。
その足取りは、どこか夢遊病者のようにふわふわとしています。
無理もありませんわ。彼の二十数年の人生で築き上げてきた常識が、今、目の前でガラガラと崩れ去っているのですから。
「まあ、素敵な厨房ですこと」
幸い、屋敷の厨房は広く、大きな暖炉まで備え付けられていました。
もちろん、埃まみれで、すぐに使える状態ではありませんでしたが。
わたくしたちが厨房を調べていると、ようやく外で待機していた御者たちも恐る恐る入ってきました。
彼らは、騎士団長とわたくしの間に流れる奇妙な空気を察して、何も言わずに距離を置いています。
「さて、皆様。ここが今日からわたくしたちの拠点ですわ。まずはお掃除と、生活の準備を始めましょう」
わたくしがにこやかに宣言すると、皆、戸惑いながらも頷きました。
わたくしは、かつて王宮で学んだ家政管理の知識を総動員して、てきぱきと指示を出していきます。
「あなたは井戸の様子を見てきてくださいな。あなたは屋根裏に、虫や動物が住み着いていないか確認を。騎士団長様は……そう、力仕事をお願いできますかしら? まずは暖炉で使う薪が必要ですわ」
「……薪」
騎士団長が、うわの空で呟きます。
わたくしは、屋敷の裏手にある薪置き場へ彼を案内しました。
そこには、幸いにも乾燥した丸太がたくさん積まれています。
「ここに斧がありますわ。お願いできます?」
「……ああ」
騎士団長は、まるで操り人形のように斧を受け取ると、丸太の一つを台座に乗せました。
そして、斧を振り上げた、その時です。
「あら、お待ちになって」
わたくしは、彼の動きを制しました。
「せっかくの丸太ですもの、斧で傷をつけるのはもったいないですわ」
「……は?」
騎士団長が、何を言っているんだ、という顔でこちらを見ます。
わたくしは、彼から斧をひょいと取り上げると、近くの壁に立てかけました。
そして、腕まくりをする代わりに、汚れてもいいようにと持ってきていた作業用の手袋をはめます。
「アイナ嬢……? 何を……」
「わたくし、少し体を動かしたい気分ですの」
わたくしは、騎士団長が先程セットした丸太の前に立つと、すっと息を吸い込みました。
そして、白くしなやかな腕を振り上げ―――手刀を叩きつけます。
スッパァァァン!!!
乾いた、心地よい音が響き渡りました。
太い丸太が、まるでチーズか何かのように、綺麗に真っ二つに割れています。
わたくしは、そのままの勢いで、次から次へと丸太を手刀で叩き割っていきました。
あっという間に、暖炉で一冬越せるほどの薪の山が築き上がります。
「……」
「……」
気づけば、騎士団長だけでなく、物音を聞きつけて集まってきた御者たちも、全員が口をあんぐりと開けて、この世の終わりでも見るかのような顔でわたくしを見つめていました。
「ふう。これで、今夜は暖かく過ごせますわね」
わたくしがにっこりと微笑み、手袋を脱ぐと、皆、びくりと肩を震わせます。
次に、井戸の水を汲みに行った時のことです。
古びた釣瓶は、錆びついた滑車のせいで、大人の男性が力いっぱい回しても、キーキーと嫌な音を立てるばかりでなかなか上がってきません。
「……貸しなさい」
その様子を見ていたわたくしは、男性を押しのけると、滑車につながるロープを直接掴みました。
「え、お嬢様!?」
「滑車がこれでは、埒が明きませんわ」
わたくしは、よいしょ、と声をかける代わりに、鼻歌交じりにロープを片手でたぐり寄せていきます。
水のたっぷり入った重い桶が、まるで羽のように軽々と、あっという間に引き上げられました。
それを何度も繰り返し、大きな水瓶をあっという間に満たしてみせると、井戸の周りにいた男たちは、顔面蒼白になって後ずさるばかりです。
そして、極め付きは、厨房で見つけた保存食の瓶でした。
固く閉まったその瓶の蓋は、屈強な男たちが束になって挑んでも、びくともしません。
最後に、騎士団長がプライドをかけて挑みましたが、その顔を真っ赤にして唸るだけで、やはり蓋は開きませんでした。
「まあ、本当に硬いですわね」
わたくしは、騎士団長の手から、そっとその瓶を受け取ります。
そして、繊細なレースのハンカチで蓋を包むと、指先にほんの少しだけ、力を込めました。
ポンッ!
小気味の良い音を立てて、あれほど頑固だった蓋が、いとも簡単に開いてしまいます。
「どうぞ? お一ついかが?」
わたくしは、中から取り出したピクルスを一本、呆然と立ち尽くす騎士団長に差し出しました。
彼は、そのピクルスと、わたくしの顔を、壊れた人形のように何度も見比べます。
その日一日で、ゼノン騎士団長の常識は、完全に、そして美しく粉々に砕け散ったようでしたわ。
その足取りは、どこか夢遊病者のようにふわふわとしています。
無理もありませんわ。彼の二十数年の人生で築き上げてきた常識が、今、目の前でガラガラと崩れ去っているのですから。
「まあ、素敵な厨房ですこと」
幸い、屋敷の厨房は広く、大きな暖炉まで備え付けられていました。
もちろん、埃まみれで、すぐに使える状態ではありませんでしたが。
わたくしたちが厨房を調べていると、ようやく外で待機していた御者たちも恐る恐る入ってきました。
彼らは、騎士団長とわたくしの間に流れる奇妙な空気を察して、何も言わずに距離を置いています。
「さて、皆様。ここが今日からわたくしたちの拠点ですわ。まずはお掃除と、生活の準備を始めましょう」
わたくしがにこやかに宣言すると、皆、戸惑いながらも頷きました。
わたくしは、かつて王宮で学んだ家政管理の知識を総動員して、てきぱきと指示を出していきます。
「あなたは井戸の様子を見てきてくださいな。あなたは屋根裏に、虫や動物が住み着いていないか確認を。騎士団長様は……そう、力仕事をお願いできますかしら? まずは暖炉で使う薪が必要ですわ」
「……薪」
騎士団長が、うわの空で呟きます。
わたくしは、屋敷の裏手にある薪置き場へ彼を案内しました。
そこには、幸いにも乾燥した丸太がたくさん積まれています。
「ここに斧がありますわ。お願いできます?」
「……ああ」
騎士団長は、まるで操り人形のように斧を受け取ると、丸太の一つを台座に乗せました。
そして、斧を振り上げた、その時です。
「あら、お待ちになって」
わたくしは、彼の動きを制しました。
「せっかくの丸太ですもの、斧で傷をつけるのはもったいないですわ」
「……は?」
騎士団長が、何を言っているんだ、という顔でこちらを見ます。
わたくしは、彼から斧をひょいと取り上げると、近くの壁に立てかけました。
そして、腕まくりをする代わりに、汚れてもいいようにと持ってきていた作業用の手袋をはめます。
「アイナ嬢……? 何を……」
「わたくし、少し体を動かしたい気分ですの」
わたくしは、騎士団長が先程セットした丸太の前に立つと、すっと息を吸い込みました。
そして、白くしなやかな腕を振り上げ―――手刀を叩きつけます。
スッパァァァン!!!
乾いた、心地よい音が響き渡りました。
太い丸太が、まるでチーズか何かのように、綺麗に真っ二つに割れています。
わたくしは、そのままの勢いで、次から次へと丸太を手刀で叩き割っていきました。
あっという間に、暖炉で一冬越せるほどの薪の山が築き上がります。
「……」
「……」
気づけば、騎士団長だけでなく、物音を聞きつけて集まってきた御者たちも、全員が口をあんぐりと開けて、この世の終わりでも見るかのような顔でわたくしを見つめていました。
「ふう。これで、今夜は暖かく過ごせますわね」
わたくしがにっこりと微笑み、手袋を脱ぐと、皆、びくりと肩を震わせます。
次に、井戸の水を汲みに行った時のことです。
古びた釣瓶は、錆びついた滑車のせいで、大人の男性が力いっぱい回しても、キーキーと嫌な音を立てるばかりでなかなか上がってきません。
「……貸しなさい」
その様子を見ていたわたくしは、男性を押しのけると、滑車につながるロープを直接掴みました。
「え、お嬢様!?」
「滑車がこれでは、埒が明きませんわ」
わたくしは、よいしょ、と声をかける代わりに、鼻歌交じりにロープを片手でたぐり寄せていきます。
水のたっぷり入った重い桶が、まるで羽のように軽々と、あっという間に引き上げられました。
それを何度も繰り返し、大きな水瓶をあっという間に満たしてみせると、井戸の周りにいた男たちは、顔面蒼白になって後ずさるばかりです。
そして、極め付きは、厨房で見つけた保存食の瓶でした。
固く閉まったその瓶の蓋は、屈強な男たちが束になって挑んでも、びくともしません。
最後に、騎士団長がプライドをかけて挑みましたが、その顔を真っ赤にして唸るだけで、やはり蓋は開きませんでした。
「まあ、本当に硬いですわね」
わたくしは、騎士団長の手から、そっとその瓶を受け取ります。
そして、繊細なレースのハンカチで蓋を包むと、指先にほんの少しだけ、力を込めました。
ポンッ!
小気味の良い音を立てて、あれほど頑固だった蓋が、いとも簡単に開いてしまいます。
「どうぞ? お一ついかが?」
わたくしは、中から取り出したピクルスを一本、呆然と立ち尽くす騎士団長に差し出しました。
彼は、そのピクルスと、わたくしの顔を、壊れた人形のように何度も見比べます。
その日一日で、ゼノン騎士団長の常識は、完全に、そして美しく粉々に砕け散ったようでしたわ。
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