【R18】それでも殿下は婚約破棄したいとお望みですか?

きららののん

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辺境伯の館で一夜を明かした翌日、本格的な異変の原因調査が開始された。ハーデスを筆頭に、イヴ、ギルバート、そして土地を熟知するアルフォンス辺境伯と、彼が選んだ数名のベテラン兵士、さらにハーデスの護衛騎士たちが加わった一行は、まず領内で最も汚染が深刻だという「嘆きの森」へと向かった。

かつては、ヴェルディア辺境伯領の豊かな水源として、そして人々の憩いの場として親しまれていたその森は、見る影もなかった。木々は黒く枯れ果て、地面を覆っていたはずの瑞々しい苔は干からびてひび割れている。森の中心を流れていた小川は、ヘドロのように淀み、腐臭に近い異臭を放っていた。

「ひどい……」

イヴは馬上で息を呑んだ。子供の頃、よくこの森で木の実を拾ったり、花の冠を作ったりして遊んだ記憶が、目の前の惨状によって無残に上書きされていく。

彼女が悲しみに暮れていると、不意に、頭の奥でキーンという耳鳴りのような痛みを感じた。それは物理的な痛みとは違う、もっと精神的な苦痛の叫びだった。

「土地が……泣いています……。苦しい、と……」

「イヴ?」

ハーデスが心配そうに声をかける。イヴは、自分の内側から聞こえる声に耳を澄ませた。それは、この土地を流れる魔力、マナの悲鳴だった。誰かが、無理やりマナの流れを捻じ曲げ、汚染し、強制的に暴走させている。その苦しみが、精霊の力と親和性の高いイヴには、ダイレクトに伝わってくるのだ。

「この森の、もっと奥深く……。何か、とても禍々しいものが、この土地の力を吸い上げて、汚しているようです」

イヴのその感覚的な言葉は、調査の大きな指針となった。アルフォンス辺境伯も、厳しい表情で頷く。

「この土地のマナは、古来より清らかで、安定した性質を持つことで知られておりました。これほど大規模に、そして急激に汚染が進むなど、自然現象ではありえません。殿下の仰る通り、何者かの人為的な仕業としか考えられませんな」

ハーデスとギルバートは、イヴの感覚と辺境伯の知見から、一つの結論に達した。

「大規模な魔術装置、あるいは呪いの儀式か……」

ギルバートが呟く。「土地のマナそのものを汚染し、魔物を凶暴化させるなど、禁術中の禁術です。正気の沙汰ではない」

「目的は、この土地の壊滅と、イヴだ」

ハーデスは冷たく言い放った。「犯人は、必ずこの土地のどこかにいる。そして、我々が来ることを読んでいたはずだ」

その言葉を証明するかのように、突如、森の奥からおぞましい咆哮が響き渡った。ガサガサと木々を揺らしながら現れたのは、通常の倍はあろうかという巨大なオークの群れだった。その目は血走り、涎を垂らし、明らかに正常ではない興奮状態にある。

「総員、戦闘態勢! 殿下と妃殿下をお守りしろ!」

ギルバートの号令一下、騎士たちがすぐさま陣形を組む。ハーデスも腰の剣を抜き放ち、イヴを背後にかばった。

「イヴ、下がるな。私のそばを離れるな」

「は、はい……!」

戦闘が始まった。騎士たちは精鋭揃いだが、数も多く、異常な力を得たオークたちに苦戦を強いられる。ハーデスも自ら剣を振るい、次々とオークを斬り伏せていくが、きりがない。

イヴは、自分を守るために戦うハーデスや騎士たちの姿を見ながら、自分の無力さに唇を噛み締めた。自分にできることは何もないのか。故郷が、愛する人が傷ついていくのを、ただ見ていることしかできないのか。

(違う……!)

その時、ハーデスの声が彼女の脳裏に響いた。

『お前の力は、特別なものなのだ』

そうだ。私には、この土地の声を聞く力がある。

「殿下!」

イヴは叫んだ。

「敵の数が多いです! このままでは消耗してしまいます! ですが、私には分かります……この魔物たちを操っている、力の源が!」

彼女は、森のさらに奥深く、一つの地点を指さした。

「あそこです! あそこに、邪悪な力の中心があります!」

その言葉に、ハーデスは一瞬、イヴを振り返った。彼女の瞳には、もはや恐怖の色はなかった。故郷を守るという、強い意志の光が宿っていた。

「よくやった、イヴ!」

ハーデスは不敵に笑うと、騎士たちに叫んだ。

「聞いたか! 目標は定まった! 中央突破する! 俺に続け!」

ハーデスのその声は、騎士たちの士気を奮い立たせた。イヴの示した一点を目指し、一行は絶望の森の奥深くへと、突き進んでいくのだった。
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