​『王太子とついで私も悪いですって?!』

きららののん

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夜明け前のメテオは、銀色に凍てついた静寂の中にあった。

私は、愛用していた煤けた机の上に、一房の枯れ果てた野菊を置いた。

かつてこの部屋で、絶望をインクに変えて独白を綴った日々が、今や遠い神話のように思える。


「……お名残惜しいですわね、ティア。この埃っぽくて、救いようのないほど誠実な廃城とも、しばしの別れですわ」


私は鏡に向かい、漆黒のドレスの襟元を整えた。

王都へ戻るための装束は、かつての華美な色彩を捨て、夜そのものを纏ったような重厚な美しさを湛えている。


「エレオノーラ様。メテオの民は皆、門の外に集まっております。……お二人が行かれるのを、涙を流して惜しんでおりますわ」


ティアの言葉に、私は鼻先で小さく笑った。


「涙ですって? まあ。私たちが彼らからどれほどの銀を毟り取ったか、忘れてしまったのかしら。……ついでに、私の厳しい教育も、彼らにとっては良き思い出になってしまったようですわね」


私は、自らの内なる文豪が「愛という名の奇妙な錯覚」と記すのを感じながら、部屋を後にした。


城門の前では、数千の領民が松明を掲げ、道を空けて待っていた。

かつて私たちを罵倒し、石を投げようとした者たちが、今は神を仰ぐような敬虔な眼差しを向けている。


「……マクシミリアン殿下! エレオノーラ様! 必ず、必ず戻ってきてください!」


一人の若者が叫ぶと、それが地鳴りのような歓声へと変わった。

マクシミリアン様は、黒い軍馬に跨り、その喧騒を冷徹に聞き流している。


「ふん。騒がしい連中だ。私が不在の間に怠惰に耽る者がいれば、王都から死神を送り込んでやると伝えておけ」


マクシミリアン様の言葉は相変わらず鋭利だが、その瞳には、かつての虚無ではない、確固たる統治者の光が宿っていた。


その後方には、手枷を嵌められたリュシアン様と、煤けた馬車に閉じ込められたクロエ様の姿があった。

かつての「正義の象徴」は、今や見る影もなく落魄し、民衆の罵声に肩を震わせている。


「……さあ、マクシミリアン様。出発いたしましょう。王都の連中が、自分たちの犯した過ちの重さに、ようやく気づき始めている頃ですわ」


私は、彼と並んで馬を走らせた。

荒野を抜ける風は、もはや私たちを拒むものではなく、勝利を告げる先触れの音を響かせている。


「エレオノーラ。君は、王都をどう変えるつもりだ? 私のやり方では、また血が流れることになるぞ」


「血ですって? まあ。私、赤色はあまり好みではありませんの。……ついでに、あの街をメテオよりも冷酷で、そして誰一人として嘘をつけない『真実の檻』に変えて差し上げますわ」


「くくっ……。君らしい。世界で最も美しく、最も残酷な女王の誕生だな」


マクシミリアン様が、馬を寄せ、私の手を一瞬だけ強く握った。

その熱が、手袋越しに私の心臓を震わせる。


恥の多い生涯の、これが第一部完結の幕引き。

私たちは没落という名の死を経て、今、真の悪魔として蘇った。

王都よ、震えて待つがいい。

あなたたちが追放した「ついで」の女が、今度はあなたたちの命脈を「ついで」に断ち切って差し上げますから。
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