​『王太子とついで私も悪いですって?!』

きららののん

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王城の回廊は、かつての華やぎを何処へ忘れてきたのか、薄暗い静寂に支配されていた。


足を踏み出すたびに、磨き上げられることを放棄した大理石が、鈍い音を立てて私のヒールを拒絶する。


「……マクシミリアン様。この空気、まるでお墓の中に迷い込んでしまったようですわね。それも、手入れの行き届かない、ひどく安っぽいお墓に」


私は、煤けた壁に飾られた歴代王の肖像画を、扇の先で冷淡に指し示した。


「死臭がするな。肉体の腐敗ではない、精神の、あるいは理念の腐敗だ。リュシアンが掲げた『理想』という名の病原菌が、この城の隅々まで行き渡っている」


マクシミリアン様は、剣を帯びた腰に手を当て、淀みのない足取りで玉座の間へと続く大扉を目指す。


その後方、兵士に引きずられるようにして歩くリュシアン様が、掠れた声で毒づいた。


「……兄上。君は、この神聖なる王城を、その汚れた足で踏みにじるつもりか……。ここは、正しき者が統べる場所だ」


「正しき者、か。リュシアン、貴様の言う『正しさ』が、この埃を、この静寂を、そして民の飢えを招いたのだ。貴様の正義は、ただの怠慢の別名に過ぎん」


マクシミリアン様が、巨大な扉を力任せに押し開けた。


「ギギ……」と、城そのものが悲鳴を上げる。


玉座の間には、数人の老臣たちが、亡霊のように立ち尽くしていた。


彼らは、かつてマクシミリアン様を廃嫡へと追い込んだ「正義の守護者」を自称する文官たちであった。


「マ、マクシミリアン殿下! 何という不敬か。武器を帯びたままここへ入るとは!」


法務尚書の老人が、震える指を差し向けた。


私の内なる文豪が、この茶番劇を「死にゆく時代の断末魔」と綴り、軽蔑の溜息を吐いている。


「不敬? まあ。法務尚書様、その言葉、久しぶりに伺いましたわ。ついでに申し上げれば、今この城の維持費を『メテオ・ティア商会』から借りているのはどこのどなたかしら?」


私は一歩前に出、扇を畳んで老人の喉元に突きつけた。


「あ、貴女は……! あの毒婦エレオノーラ!」


「ええ、左様ですわ。毒婦、結構な称号ですこと。あなたたちの『高潔な正義』ではお腹が膨らまなかったようですが、私の『毒』で買った小麦の味はいかがでした?」


「……っ。それは……」


老臣たちは、金縛りにあったように沈黙した。

彼らが今日まで生き延びられたのは、他ならぬ「悪」と断じた者たちが送り込んだ食糧のおかげだったのだ。


「さて、諸君。審判の時間だ」


マクシミリアン様が、玉座の段上に立った。


彼は、そこに座るわけでもなく、ただ冷徹に玉座そのものを一瞥した。


「この椅子に宿る権威など、もはや幻想に過ぎない。リュシアンが空虚な祈りを捧げ、クロエが偽りの涙を流した瞬間に、アステリアの王権は死んだのだ」


「そ、そんな……! では、殿下はどうなさるおつもりですか!」


「私は、この国を解体する。そして、メテオと同じ『現実』という名の地獄に作り変える。……生き残りたい者は、今すぐその薄汚れた正義を捨て、私の足元に跪け」


静寂が、広間を支配した。


やがて、一人、また一人と、老臣たちが崩れるように膝をついていく。


「……情けないものですわね。マクシミリアン様。彼ら、もっと粘ってくださると思っていたのに。ついでに、私のドレスを罵倒するくらいの気概は見せてほしかったですわ」


「期待するだけ無駄だ、エレオノーラ。彼らにあるのは、生存本能という名の卑俗な欲求だけだ」


私は、膝をつく老人たちの間を、悠然と歩き抜けた。


恥の多い生涯の、これが再定義。


正義が死に、現実が牙を剥く。

私たちは、救世主でも王でもない。ただの「勝者」として、この朽ちゆく王国を飲み込んでいくのでございます。


「さあ、マクシミリアン様。次は、あの地下牢で泣いているはずの『聖女様』の処遇を決めなくてはなりませんわね」


「ああ。彼女には、とびきり贅沢な、そしてとびきり退屈な『正義の終着駅』を用意してやろう」
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