​『王太子とついで私も悪いですって?!』

きららののん

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石造りの冷たい湿気が、かつての聖女を包み込んでいた。


王城の地下深くに設けられた「特別室」は、皮肉にも彼女が民衆への慈悲を説く際に好んで用いた「清貧」を具現化したような、殺風景な檻であった。


私は、ティアが捧げ持つ銀の燭台に先導され、その鉄格子の前へと立った。


「……ご気分はいかがかしら、クロエ様。この湿り気、あなたの流した涙を溜めておくには丁度よろしいのではありませんこと?」


私は、汚れ一つない絹の手袋で鼻先を覆い、格子の向こうでうずくまる影を見下ろした。


「……エレオノーラ様。あなたは、悪魔に魂を売ったのね。民を食糧で釣り、王都を恐怖で支配するなんて……神がお許しになりませんわ」


クロエ様が顔を上げた。

その瞳には、未だに「自分こそが悲劇のヒロインである」という、ある種の狂信的な光が宿っている。


私の内なる文豪が、この救いようのない傲慢さを「信仰という名の自己愛」と断じ、筆を叩きつけている。


「神、ですって? まあ。神様もお忙しいのですわよ。あなたが祈るだけで何もしなかった間、民を救ったのは神ではなく、マクシミリアン様が掘り出した『銀』と、私が計算した『帳簿』でしたもの」


「嘘よ! 私の祈りは届いていたはずだわ! リュシアン様だって、私のために……」


「ええ、あの方は立派でしたわね。あなたの笑顔を守るために、国の未来を『ついでに』ドブへ捨ててくださったのですから。……マクシミリアン様、あちらの『愚王』の様子はいかが?」


暗がりの奥から、マクシミリアン様が静かに姿を現した。


「リュシアンか。今は隣の独房で、自分が署名した契約書の条項を暗唱させている。……一字一句、己の無能を噛みしめるようにな」


マクシミリアン様の声は、地下室の冷気をさらに凍てつかせるほどに残酷であった。


「マクシミリアン様! どうして……どうしてそんなに変わってしまわれたのですか! 昔は、もっと冷たくても、気高いお方でしたのに!」


クロエ様が格子に縋り付き、叫ぶ。


「変わったのではない。私が、私の本性に目覚めただけだ。……クロエ、貴様が作ったこの国の『汚れ』を、誰が掃除したと思っている? 正義を語る者の陰で、泥を払う『悪』が必要だったのだよ」


「そんなの、詭弁ですわ! 悪は滅びるものだと、教科書にも書いてありましたもの!」


「教科書、ですって? まあ、なんて可愛らしい。クロエ様、物語の結末は、ペンを握っている者が決めるのですわよ。……そして今、この国の歴史を書き換えているのは、私たち『悪役』なのですわ」


私は扇を閉じ、彼女の額を格子の隙間から軽く叩いた。


「ついでに教えて差し上げますわ。明日、広場であなたの『聖女引退式』を行いますの。……あなたが民に配っていたパンが、実はマクシミリアン様の私有財産を横領して買ったものだという証拠を添えてね」


「……っ! そんな、そんな嘘を……!」


「嘘ではありませんわ。マクシミリアン様を廃嫡した際、あなたが『ついでに』没収した彼の私物。……あれを換金した記録は、すべて私が握っておりますのよ。……さあ、ティア。次の場所へ参りましょう。ここは少々、偽善の臭いが鼻につきますわ」


私は、絶叫するクロエ様を背に、迷いのない足取りで地下道を戻った。


恥の多い生涯の、これが最も冷徹なる「真実」の提示。


偶像は壊されるためにあり、聖女は堕とされるためにある。

私たちは、地獄の底から這い上がった執筆者(ライター)として、彼女に最も相応しい「没落」を用意して差し上げるのです。


「……エレオノーラ。君の悪趣味には、時折寒気がするよ」


「あら、マクシミリアン様。お褒めに預かり光栄ですわ。……ついでに、明日の式のドレス、血の色よりも深い『真珠の黒』で用意させておりますから、期待していてくださいましね」
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