王太子とさようならしたら空気が美味しくなりました

きららののん

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「クロイツ鍛冶屋の納品に異議あり――!」

 

帝都商会の受領所に着くなり、帳簿係の老人が血相を変えて叫んだ。石畳に並ぶ職人たちが一斉に振り向き、リリエルは鎚〈燈〉を抱えたまま硬直する。

 

「異議とはどういうことですか」

 

「今朝、王国製と偽った贋作が持ち込まれたばかりでね。『毒薔薇令嬢』銘の偽札付きだ。真偽が判明するまで荷は預かれん」

 

地の文がざわめき、テオの額に青筋が走る。

 

「贋作と言う前に検品を。鋼質で判別できるはずだろ」

 

「弁明は帝都治安院で。商会は係争を嫌うんだよ」

 

リリエルは深呼吸をし、銀の匙を帯から外す。

 

「ならば正規の手続きを――裁きの場で白黒を打ち分けましょう」

 

老人は顎を上げ、衛兵を呼ぶ。荷車まるごと治安院へ護送となった。

 

 

帝都治安院は市壁に面した質実な石造りで、広間の床には模様入りのタイルが敷かれている。公証人が長机に座り、傍聴席には野次馬がぎっしり。噂の令嬢に興味津々らしい。

 

検察係が声を張る。

 

「被疑者、名前と身分を」

 

「リリエル・フォン・ヴァレンシュタイン。帝国鍛冶屋クロイツ村所属の職人ですわ」

 

「王国貴族と記録されているが?」

 

「追放済み。よって無関係です」

 

傍聴席が笑い、木槌が机を叩く。

 

 

検察係は贋作とされる刃物を提示した。銘は拙い刻印で、羽根の線が歪んでいる。

 

リリエルは鎚〈燈〉を机に置き、真作の刃物と並べた。

 

「材質、鍛接、焼き色――三呼吸で違いが分かります」

 

「口頭でなく証拠を」

 

「なら実地試験を」

 

リリエルは贋作を片手で掴み、法廷脇の鉄杭へ叩きつけた。刃は一撃で欠け、かろうじて形を保つ程度。

 

続いて真作を振る。赤錆一つない刃が杭を削り、火花が床に散った。

 

観衆がどよめき、検察係が目を剥く。

 

「器物損壊――!」

 

「損壊したのは粗悪品。証明は済みましたわね」

 

公証人が咳払いし、判決を宣告する。

 

「贋作を搬入した商人は別件で取り調べとする。クロイツ鍛冶屋の納品物は真正と認め、速やかに引き渡しを」

 

木槌が鳴り、法廷は散会。テオが胸を撫で下ろした。

 

「派手な証明だったな」

 

「鉄の言葉は刃こぼれしませんもの」

 

 

院外へ出ると、商会の帳簿係が三倍に増えた護衛を連れて待っていた。

 

「これは失礼を。納品数を全て買い取り、贋作の損害分も上乗せしよう」

 

「上乗せ分は不要です。信用こそ最大の対価ですわ」

 

老人は頭を掻き、銀貨袋を差し出した。

 

「気骨のある嬢さんだ。だがこれは手間賃だと思って受け取ってくれ」

 

テオが目配せし、リリエルは袋を受け取った。

 

「では代わりに依頼を。贋作の職人を紹介してください。腕には伸び代がありました」

 

「敵を雇う気かい?」

 

「鍛冶屋に必要なのは火花。才能の火種は消させません」

 

帳簿係は笑い、護衛たちも肩を揺らした。

 

 

夕暮れの帝都大通り。噴水が陽光を反射し、石畳にオレンジの筋を描く。クラリスが馬車をひき、荷台は空になったが心は満ちていた。

 

「法廷であの振る舞い……王都でも見たことがありません」

 

「王都では鎚を振るえなかったもの。場所が変われば武器も変わるわ」

 

テオが肩を貸し、リリエルは重さを預けた。

 

「ありがとう。傍に火吹き役が居ると強気になれるの」

 

「俺こそ。お前の刃は人を斬らずに道を切り開く」

 

二人は笑い、遠くで鐘が鳴った。帝都の夜市場が開き始め、金床に似た甲高い鐘音が街を包む。

 

「今日はもう仕事は終わり。市場で胡椒でも買って、例の粥に振ろうぜ」

 

「それは豪華。王宮でもなかなか出来ない贅沢ですわね」

 

「じゃあ胡椒二袋だ。祝勝会には足りねえ」

 

リリエルは笑い声を上げ、帝都の大通りを進んだ。法廷で得た注目は背中に転がり去り、前方には夜灯りと胡椒の香りの未来が広がっている。
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