13 / 20
13
「やあやあ、英雄たちのお帰りだ!」
クロイツ村の門をくぐると、鍛冶屋通りの住民がいっせいに手を振った。帝都での騒動は、噂好きの行商人が帰りの街道で派手に吹聴したらしい。
リリエルは照れ隠しに鎚〈燈〉を抱き締める。
「英雄は大袈裟ですわ。ただの職人の一仕事よ」
「いや、鍛冶屋の名を帝都で轟かせたって話だ」
パン職人イザークが粉まみれの腕で親方ユルゲンの肩を叩いた。炉より熱い笑顔が、石畳に香ばしい匂いを落とす。
夕刻、鍛冶場の裏庭で簡易な祝賀会が始まった。村人たちが鍋や串肉を持ち寄り、中央の竈にはイザーク特製の巨大なパン生地が据えられる。
「塩も胡椒も惜しまん。全部祝いにぶち込むぞ!」
リリエルは真鍮板の羽根飾りを竈の縁に飾り、パンが膨らむ様を見守った。湯気と共に広がる匂いは、王都の高級バターより深く懐かしい。
「帝都での法廷劇、詳しく聞かせてくれ」
隣家のおばあが湯飲みを揺らし、子どもたちが目を輝かす。リリエルは言葉を選びながら口を開いた。
「贋作を持ち込んだ商人は、技量より欲が大きかった。でも刃物は嘘をつけません」
「ほんとだ。俺の包丁も研げば味が変わる」
イザークが生地のふくらみを指で弾き、パチンと軽い音がした。テオは丸太椅子に腰掛け、鎚を磨きながら相槌を打つ。
「嬢ちゃんの刃は、裁判官の目より鋭かった。嘘も芯まで斬られたのさ」
夜風が火の粉を運び、生地がきつね色に焼けた。イザークが竈から引き上げると、表面に羽根の意匠が浮かび上がる。真鍮板が放った熱が焼き跡をつけたのだ。
「おお、羽根パンだ!」
子どもたちが歓声を上げ、リリエルは目を丸くした。
「偶然の焼き印なのに、まるで銘の刻印みたい」
「偶然じゃねえ。お前の意匠が村に根を張った証拠だ」
テオはパンを切り分け、一切れを銀の匙に載せて差し出した。香りは麦と胡椒、そしてほんのり甘い蜂蜜の匂い。
「胡椒を振りすぎたかも?」
「刺激のある方が、噂も食欲も進みますわ」
二人は笑い合い、匙がパンを運ぶ。外はさっくり、中は湯気に包まれ、冷えた夜気まで甘く染まるようだった。
腹が落ち着くと、村の評議人トマスが帳簿を携えて現れた。
「実は――帝都から正式に問合せが来た。クロイツの鍛冶技術を買い付けたいと」
ユルゲンが顎鬚を撫でる。
「帝都の商会とは別口か?」
「ええ。治安院が証拠品として見た真作の刃を、『軍需に転用できる』と言っている」
テオが眉をひそめ、リリエルは匙を置いた。
「軍需となれば量産と管理の規模が跳ね上がりますわ」
「村一軒の鍛冶場じゃ追いつかねえ」
「だが断れば、帝国の中央に背を向けることになる」
重い空気が火の勢いを削ぐ。イザークが熱い蒸気を吐きながらパンを追加でちぎった。
「食って考えりゃいい。腹が満ちれば案も湧く」
リリエルはぱちりと瞬き、鎚〈燈〉を撫でた。
「テオ、もし他の鍛冶屋と協力して大きな工房を作ったら?」
「村の鍛冶屋を束ねるって話か?」
「ええ。帝都の要請を受けつつ、辺境の雇用も守れる。火を分け合えば、炉は大きくなるわ」
テオは夜空を仰いだ。星が鋼玉のように瞬き、未来の図面を描く。
「悪くねえ。だけど誰が束ねる?」
「もちろん親方……いえ、ユルゲン様に」
親方は驚きつつも目を細める。
「年寄りに大炉は重いぞ」
「では幕間の指揮官に徹してください。現場は私とテオが走ります」
村人たちが歓声を上げ、トマスが帳簿を掲げた。
「次の評議で正式に議題にしよう。証言者は多い方がいい。帝都での活躍を語れるのは村の誇りだ」
クラリスが湯飲みを掲げる。
「では乾杯を。鍛冶の火と村の絆に!」
木杯が打ち鳴らされ、胡椒と蜂蜜の香りが夜空に立ち昇る。リリエルは湯気越しにテオを見つめ、唇で無言の誓いを結んだ。
「大炉を築けば、もっと強い刃も羽根も鍛えられる」
「そしてその刃で、帝都にも王都にも新しい道を切り開く」
火花がぱちりと弾け、パンの焼き跡が赤く光った。それは村全体が刻んだ新しい銘――クロイツの“翼火”と呼ばれる未来の始動印だった。
クロイツ村の門をくぐると、鍛冶屋通りの住民がいっせいに手を振った。帝都での騒動は、噂好きの行商人が帰りの街道で派手に吹聴したらしい。
リリエルは照れ隠しに鎚〈燈〉を抱き締める。
「英雄は大袈裟ですわ。ただの職人の一仕事よ」
「いや、鍛冶屋の名を帝都で轟かせたって話だ」
パン職人イザークが粉まみれの腕で親方ユルゲンの肩を叩いた。炉より熱い笑顔が、石畳に香ばしい匂いを落とす。
夕刻、鍛冶場の裏庭で簡易な祝賀会が始まった。村人たちが鍋や串肉を持ち寄り、中央の竈にはイザーク特製の巨大なパン生地が据えられる。
「塩も胡椒も惜しまん。全部祝いにぶち込むぞ!」
リリエルは真鍮板の羽根飾りを竈の縁に飾り、パンが膨らむ様を見守った。湯気と共に広がる匂いは、王都の高級バターより深く懐かしい。
「帝都での法廷劇、詳しく聞かせてくれ」
隣家のおばあが湯飲みを揺らし、子どもたちが目を輝かす。リリエルは言葉を選びながら口を開いた。
「贋作を持ち込んだ商人は、技量より欲が大きかった。でも刃物は嘘をつけません」
「ほんとだ。俺の包丁も研げば味が変わる」
イザークが生地のふくらみを指で弾き、パチンと軽い音がした。テオは丸太椅子に腰掛け、鎚を磨きながら相槌を打つ。
「嬢ちゃんの刃は、裁判官の目より鋭かった。嘘も芯まで斬られたのさ」
夜風が火の粉を運び、生地がきつね色に焼けた。イザークが竈から引き上げると、表面に羽根の意匠が浮かび上がる。真鍮板が放った熱が焼き跡をつけたのだ。
「おお、羽根パンだ!」
子どもたちが歓声を上げ、リリエルは目を丸くした。
「偶然の焼き印なのに、まるで銘の刻印みたい」
「偶然じゃねえ。お前の意匠が村に根を張った証拠だ」
テオはパンを切り分け、一切れを銀の匙に載せて差し出した。香りは麦と胡椒、そしてほんのり甘い蜂蜜の匂い。
「胡椒を振りすぎたかも?」
「刺激のある方が、噂も食欲も進みますわ」
二人は笑い合い、匙がパンを運ぶ。外はさっくり、中は湯気に包まれ、冷えた夜気まで甘く染まるようだった。
腹が落ち着くと、村の評議人トマスが帳簿を携えて現れた。
「実は――帝都から正式に問合せが来た。クロイツの鍛冶技術を買い付けたいと」
ユルゲンが顎鬚を撫でる。
「帝都の商会とは別口か?」
「ええ。治安院が証拠品として見た真作の刃を、『軍需に転用できる』と言っている」
テオが眉をひそめ、リリエルは匙を置いた。
「軍需となれば量産と管理の規模が跳ね上がりますわ」
「村一軒の鍛冶場じゃ追いつかねえ」
「だが断れば、帝国の中央に背を向けることになる」
重い空気が火の勢いを削ぐ。イザークが熱い蒸気を吐きながらパンを追加でちぎった。
「食って考えりゃいい。腹が満ちれば案も湧く」
リリエルはぱちりと瞬き、鎚〈燈〉を撫でた。
「テオ、もし他の鍛冶屋と協力して大きな工房を作ったら?」
「村の鍛冶屋を束ねるって話か?」
「ええ。帝都の要請を受けつつ、辺境の雇用も守れる。火を分け合えば、炉は大きくなるわ」
テオは夜空を仰いだ。星が鋼玉のように瞬き、未来の図面を描く。
「悪くねえ。だけど誰が束ねる?」
「もちろん親方……いえ、ユルゲン様に」
親方は驚きつつも目を細める。
「年寄りに大炉は重いぞ」
「では幕間の指揮官に徹してください。現場は私とテオが走ります」
村人たちが歓声を上げ、トマスが帳簿を掲げた。
「次の評議で正式に議題にしよう。証言者は多い方がいい。帝都での活躍を語れるのは村の誇りだ」
クラリスが湯飲みを掲げる。
「では乾杯を。鍛冶の火と村の絆に!」
木杯が打ち鳴らされ、胡椒と蜂蜜の香りが夜空に立ち昇る。リリエルは湯気越しにテオを見つめ、唇で無言の誓いを結んだ。
「大炉を築けば、もっと強い刃も羽根も鍛えられる」
「そしてその刃で、帝都にも王都にも新しい道を切り開く」
火花がぱちりと弾け、パンの焼き跡が赤く光った。それは村全体が刻んだ新しい銘――クロイツの“翼火”と呼ばれる未来の始動印だった。
あなたにおすすめの小説
妹だけを溺愛したい旦那様は、いらない婚約者の私には出ていってほしそうなので、本当に出ていってあげます
睡蓮
恋愛
貴族令嬢であったリアナに幸せにすると声をかけ、婚約関係を結んだオレフィス第一王子。しかしその後、オレフィスはリアナの妹との関係を深めていく…。ある日、彼はリアナに出ていってほしいと独り言をつぶやいてしまう。それを耳にしたリアナは、その言葉の通りに家出することを決意するのだった…。
「本当の自分になりたい」って婚約破棄しましたよね?今さら婚約し直すと思っているんですか?
水垣するめ
恋愛
「本当の自分を見て欲しい」と言って、ジョン王子はシャロンとの婚約を解消した。
王族としての務めを果たさずにそんなことを言い放ったジョン王子にシャロンは失望し、婚約解消を受け入れる。
しかし、ジョン王子はすぐに後悔することになる。
王妃教育を受けてきたシャロンは非の打ち所がない完璧な人物だったのだ。
ジョン王子はすぐに後悔して「婚約し直してくれ!」と頼むが、当然シャロンは受け入れるはずがなく……。
『二流』と言われて婚約破棄されたので、ざまぁしてやります!
志熊みゅう
恋愛
「どうして君は何をやらせても『二流』なんだ!」
皇太子レイモン殿下に、公衆の面前で婚約破棄された侯爵令嬢ソフィ。皇妃の命で地味な装いに徹し、妃教育にすべてを捧げた五年間は、あっさり否定された。それでも、ソフィはくじけない。婚約破棄をきっかけに、学生生活を楽しむと決めた彼女は、一気にイメチェン、大好きだったヴァイオリンを再開し、成績も急上昇!気づけばファンクラブまでできて、学生たちの注目の的に。
そして、音楽を通して親しくなった隣国の留学生・ジョルジュの正体は、なんと……?
『二流』と蔑まれた令嬢が、“恋”と“努力”で見返す爽快逆転ストーリー!
【今さら遅い】毒で声を失い公爵に捨てられた私。妹では精霊が応えず国は滅びへ。ですが隣国皇帝に溺愛される私に、今さら縋ってきても遅いです
唯崎りいち
恋愛
国一番の歌姫だった私は、妹に毒を盛られ声を失い、婚約者に捨てられた。
すべてを奪われた私を救ったのは、隣国の皇帝。
「お前の歌がなければ国は滅びる」と言われた私の歌は、精霊に届く“本物”の力を持っていて――
一方、私を追放した国は偽物の歌では加護を失い衰退。
今さら元婚約者が縋ってきても、もう遅い。
【完結】私は側妃ですか? だったら婚約破棄します
hikari
恋愛
レガローグ王国の王太子、アンドリューに突如として「側妃にする」と言われたキャサリン。一緒にいたのはアトキンス男爵令嬢のイザベラだった。
キャサリンは婚約破棄を告げ、護衛のエドワードと侍女のエスターと共に実家へと帰る。そして、魔法使いに弟子入りする。
その後、モナール帝国がレガローグに侵攻する話が上がる。実はエドワードはモナール帝国のスパイだった。後に、エドワードはモナール帝国の第一皇子ヴァレンティンを紹介する。
※ざまあの回には★がついています。
妹の方が好きらしい旦那様の前からは、家出してあげることにしました
睡蓮
恋愛
クレアとの婚約関係を結んでいたリビドー男爵は、あるきっかけからクレアの妹であるレイアの方に気持ちを切り替えてしまう。その過程で、男爵は「クレアがいなくなってくれればいいのに」とつぶやいてしまう。その言葉はクレア本人の耳に入っており、彼女はその言葉のままに家出をしてしまう。これで自分の思い通りになると喜んでいた男爵だったのだが…。
わたしを捨てた騎士様の末路
夜桜
恋愛
令嬢エレナは、騎士フレンと婚約を交わしていた。
ある日、フレンはエレナに婚約破棄を言い渡す。その意外な理由にエレナは冷静に対処した。フレンの行動は全て筒抜けだったのだ。
※連載
妹だけいれば、婚約者の私の事なんてどうでもいいと言われました
睡蓮
恋愛
フォルトガ第一王子はサテラとの婚約関係を有していながら、何をするにも自身の妹であるセララの事ばかりを優先していた。ある日の事、セララによってそそのかされたフォルトガはセララの頼みを聞くがままにサテラの事を婚約破棄、追放してしまう。しかし実はセララはフォルトガの事は何とも思っておらず、王宮騎士であるノーグの事が好きで、彼に近づくために婚約破棄を演出したに過ぎなかった。しかし当のノーグが好きなのはセララではなくサテラの方であり…。