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王宮の地下牢は、冷たく、湿った空気が澱んでいた。
壁からは絶えず水が染み出し、床には汚れた藁が敷かれているだけ。
昼も夜も分からないような、薄暗い空間。
そんな過酷な場所に、トトリは一人、座っていた。
しかし、彼女の様子は、およそ囚人らしからぬものだった。
「まあ、ひんやりしていて、気持ちがいいですわ。夏になったら、きっと涼しくて過ごしやすいかもしれませんね」
彼女は、石の壁にそっと触れながら、呑気にそんなことを呟いている。
しばらくして、鉄格子の向こうから、重い足音が聞こえてきた。
一人の看守が、無言で食事を差し入れる。
黒くて固そうなパンが一切れと、濁った水の入った木のカップ。
それが、トトリの最初の食事だった。
「まあ、お食事!ありがとうございます!」
トトリは、ぱっと顔を輝かせ、それらを丁重に受け取った。
そして、驚くべき行動に出る。
彼女は、その貴重なパンを、ためらうことなく半分に割ると、鉄格子の隙間から、看守に向かって差し出したのだ。
「どうぞ。あなたも、お腹が空いていらっしゃるでしょう?」
看守は、驚きのあまり目を見開いた。
「……何を、している」
「え?だって、一人で食べるよりも、二人で一緒に食べたほうが、ずっと美味しいですから。なんだか、ピクニックみたいで、楽しいですね!」
彼女は、心の底からそう思っているかのように、にこりと微笑んだ。
看守は、絶句した。
彼は、この地下牢で、何人もの貴族の罪人を見てきた。
皆、絶望し、泣き喚き、看守を罵り、プライドだけを支えに虚勢を張っていた。
こんな囚人は、初めてだった。
差し出されたパンを、受け取ることも、断ることもできず、看守はただ立ち尽くす。
「ご遠慮なさらないで。さあ、どうぞ?」
その曇りのない瞳に見つめられ、看守は、まるで自分の汚れた心が、洗い流されていくような、不思議な感覚に陥った。
彼は、震える手で、そのパンのかけらを、そっと受け取っていた。
固くて、味気ないはずのパンが、なぜだか、とても温かく感じられた。
この天使のような令嬢が、本当に罪人なのだろうか。
看守の心に、小さな、しかし確かな疑念の種が、植え付けられた瞬間だった。
壁からは絶えず水が染み出し、床には汚れた藁が敷かれているだけ。
昼も夜も分からないような、薄暗い空間。
そんな過酷な場所に、トトリは一人、座っていた。
しかし、彼女の様子は、およそ囚人らしからぬものだった。
「まあ、ひんやりしていて、気持ちがいいですわ。夏になったら、きっと涼しくて過ごしやすいかもしれませんね」
彼女は、石の壁にそっと触れながら、呑気にそんなことを呟いている。
しばらくして、鉄格子の向こうから、重い足音が聞こえてきた。
一人の看守が、無言で食事を差し入れる。
黒くて固そうなパンが一切れと、濁った水の入った木のカップ。
それが、トトリの最初の食事だった。
「まあ、お食事!ありがとうございます!」
トトリは、ぱっと顔を輝かせ、それらを丁重に受け取った。
そして、驚くべき行動に出る。
彼女は、その貴重なパンを、ためらうことなく半分に割ると、鉄格子の隙間から、看守に向かって差し出したのだ。
「どうぞ。あなたも、お腹が空いていらっしゃるでしょう?」
看守は、驚きのあまり目を見開いた。
「……何を、している」
「え?だって、一人で食べるよりも、二人で一緒に食べたほうが、ずっと美味しいですから。なんだか、ピクニックみたいで、楽しいですね!」
彼女は、心の底からそう思っているかのように、にこりと微笑んだ。
看守は、絶句した。
彼は、この地下牢で、何人もの貴族の罪人を見てきた。
皆、絶望し、泣き喚き、看守を罵り、プライドだけを支えに虚勢を張っていた。
こんな囚人は、初めてだった。
差し出されたパンを、受け取ることも、断ることもできず、看守はただ立ち尽くす。
「ご遠慮なさらないで。さあ、どうぞ?」
その曇りのない瞳に見つめられ、看守は、まるで自分の汚れた心が、洗い流されていくような、不思議な感覚に陥った。
彼は、震える手で、そのパンのかけらを、そっと受け取っていた。
固くて、味気ないはずのパンが、なぜだか、とても温かく感じられた。
この天使のような令嬢が、本当に罪人なのだろうか。
看守の心に、小さな、しかし確かな疑念の種が、植え付けられた瞬間だった。
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