全て私が悪かったので許してください!

きららののん

文字の大きさ
6 / 30

6

しおりを挟む
次に目を覚ました時、最初に感じたのは、薪のはぜる音と、何かを煮込む美味しそうな匂いだった。

ゆっくりと瞼を開くと、そこは見知らぬ、木の壁に囲まれた部屋だった。
私は、簡素だが清潔なベッドの上に寝かされており、体には粗末だが乾いた毛布がかけられていた。

窓の外は、すでに夕暮れの茜色に染まっている。

(ここは……どこ?)

体を起こそうとすると、頭にずきり、と痛みが走った。

「目が覚めたか」

不意に声がして、そちらを見ると、部屋の隅の暖炉の前で椅子に座っていた青年が、こちらを見ていた。
森で私を助けてくれた、あの青年だ。

「気分はどうだ? 丸一日、眠ってたぞ」

青年はそう言うと、立ち上がってベッドのそばにやってきた。
手には、木製の器を持っている。
中からは、湯気と共に優しい香りが立ち上っていた。

「……」

警戒心から、私は何も言えずにただ彼を見つめた。
ここはどこで、彼は何者で、私に何をするつもりなのか。
不安で胸がいっぱいだった。

「腹、減ってるだろ。薬草入りのスープだ。飲めるか?」

青年はぶっきらぼうにそう言うと、器を差し出してきた。
その真っ直ぐな瞳からは、やはり悪意のようなものは感じられない。

お腹が、ぐぅ、と情けない音を立てた。
恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じる。
青年は、それを聞いて少しだけ口元を緩めた。

「正直でよろしい。ほら」

促されるまま、私はおそるおそる体を起こし、器を受け取った。
温かい器が、冷え切った手に心地よい。

スプーンですくって一口飲むと、野菜の優しい甘みと、塩だけの素朴な味付けが、空っぽの体にじんわりと染み渡っていく。
こんなに美味しいものを、私は生まれて初めて口にしたかもしれない。

夢中でスープを飲み干すと、青年は満足そうに頷いた。

「よかった。食欲があるなら大丈夫だ」

「あ、あの……」

やっと、声が出た。

「あなたが、助けてくださったのですか……?」

「まあな。森であんな所で倒れてりゃ、誰だって助けるだろ」

青年はそっけなく言うと、空になった器を受け取った。

「その……ありがとう、ございます」

素直に口から出た感謝の言葉に、自分でも少し驚いた。
今まで、誰かに心から「ありがとう」と言ったことなど、あっただろうか。

青年は、私の言葉に少し驚いたように目を見開いた後、「おう」と短く答えて、少しだけ照れたように視線を逸らした。

その反応が、なんだか意外で、私の心から少しだけ警戒心が解けていくのがわかった。

「熱は、まだ少しあるみてえだな。今日はもう一日、ゆっくり寝てろ」

青年はそう言うと、私の額に濡れた布を乗せ直してくれた。
ひんやりとした感触が気持ちいい。
その手つきは乱暴なのに、どこか優しかった。

私は、生まれて初めて受ける、見返りを求めない純粋な優しさに戸惑いながらも、再び襲ってきた眠気に、静かに身を委ねた。
この見知らぬ青年の家が、今は世界で一番安全な場所に思えた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜

紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。 しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。 私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。 近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。 泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。 私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。

お母様!その方はわたくしの婚約者です

バオバブの実
恋愛
マーガレット・フリーマン侯爵夫人は齢42歳にして初めて恋をした。それはなんと一人娘ダリアの婚約者ロベルト・グリーンウッド侯爵令息 その事で平和だったフリーマン侯爵家はたいへんな騒ぎとなるが…

〘完結〛わたし悪役令嬢じゃありませんけど?

桜井ことり
恋愛
伯爵令嬢ソフィアは優しく穏やかな性格で婚約者である公爵家の次男ライネルと順風満帆のはず?だった。

聖女はもうのんびりしたいんです【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
魔法の国オルレアン。この国には古代より聖女伝説があり、初代聖女エレノアは生きとし生ける者から愛され従わせる事が出来、万物の声が聞こえた。 オルレアンを建国し、初代女王となったエレノアの没後、1000年経っても恩恵を受け、繁栄した国だった。 しかし、甘い汁に慣れきった、恩恵に味を占めた国民達が増え、衰退していって100年。再び聖女を祀れ、とオルレアン国民が声を挙げると、忽ち我が聖女、とその地位を争う様になる。 そんな中、初代聖女エレノアはその1000年を生まれ変わりながら、オルレアン国を見つめて来ていた1人。彼女は1人嘆き悲しむが、エレノアに頼る事だけを考えては駄目だと教えて来たつもりだったが、堕落した国民には届く事は無かった。 そして、再びオルレアン国に生を受けたエレノアは………

【完結】処刑後転生した悪女は、狼男と山奥でスローライフを満喫するようです。〜皇帝陛下、今更愛に気づいてももう遅い〜

二位関りをん
恋愛
ナターシャは皇太子の妃だったが、数々の悪逆な行為が皇帝と皇太子にバレて火あぶりの刑となった。 処刑後、農民の娘に転生した彼女は山の中をさまよっていると、狼男のリークと出会う。 口数は少ないが親切なリークとのほのぼのスローライフを満喫するナターシャだったが、ナターシャへかつての皇太子で今は皇帝に即位したキムの魔の手が迫り来る… ※表紙はaiartで生成したものを使用しています。

【電子書籍で販売中】あなたは、親友の恋人だった。〜届かぬ背を追って〜

藤原遊
恋愛
誰よりも強く、美しく、孤独だった彼女。 初めて剣道場で見たあの日から――俺は生涯をかけてその背中を追い続けた。 だが、ある作戦が行われた夜に彼女は爆炎に消え、残されたのは「家がなければ、あなたを気に入っていた」という未完の言葉だけ。 愛と義務、誓いと嘘の狭間で揺れる一人の男の記録。 一途さが痛みに変わるまでを描いた、切なくも熱い恋の物語。 ※Kindleにて、別視点の物語を販売しています。

悪役令嬢は皇帝の溺愛を受けて宮入りする~夜も放さないなんて言わないで~

sweetheart
恋愛
公爵令嬢のリラ・スフィンクスは、婚約者である第一王子セトから婚約破棄を言い渡される。 ショックを受けたリラだったが、彼女はある夜会に出席した際、皇帝陛下である、に見初められてしまう。 そのまま後宮へと入ることになったリラは、皇帝の寵愛を受けるようになるが……。

『白薔薇の神殿で誓うとき ――氷を溶かす三行の言葉――』

柴田はつみ
恋愛
「政略婚約から始まったすれ違い。  舞踏会で耳にした一言が、私の心を凍らせる――。  誤解と嫉妬を越え、三行の言葉で氷を溶かす恋。  白薔薇の神殿で交わす誓いは、距離ゼロの愛へと導いてくれるでしょうか?」

処理中です...