偽りの悪役令嬢は、沈黙の愛に焦がれる

きららののん

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その日の深夜。
王宮の一角にある、今は使われていない小さな離宮で、三つの人影が密かに落ち合った。
エリアス、セレスティーナ、そして側近のレオンハルトだ。

「……それで、物証の在り処とは、一体どこなのだ」

レオンハルトが、声を潜めてセレスティーナに問う。

セレスティーナは、懐から一枚の古い屋敷の見取り図を取り出した。それは、マルティン侯爵が王都に構える屋敷のものだった。

「マルティン侯爵は、大変用心深い男です。不正の証拠となるような書類は、全てこの屋敷のどこかに隠しているはず。それも、誰も気づかぬような場所に」

彼女は、見取り図の一点を指さした。

「彼の書斎……その暖炉の奥に、隠し金庫がある、とリリアーナ嬢が証言しています。彼女は、一度だけ、侯爵がそこを操作しているのを目撃したことがあるそうです」

「暖炉の奥だと?」

エリアスが眉を寄せる。古典的だが、それゆえに見つかりにくい場所だ。

「問題は、どうやって屋敷に忍び込み、その金庫を開けるかだ」

レオンハルトが腕を組む。侯爵の屋敷は、王宮並みに警備が固いことで有名だった。

「警備については、策があります」

セレスティーナは、落ち着いた声で続けた。

「数日後、王宮では建国記念の祝賀舞踏会が開かれます。マルティン侯爵も、当然出席するでしょう。それが、チャンスです」

「舞踏会の夜に、決行するということか」

エリアスの言葉に、セレスティーナは頷いた。

「私が、舞踏会の場で侯爵の足止めをします。その隙に、殿下とレオンハルト様で屋敷に潜入していただくのです」

あまりにも、大胆不敵な計画だった。
セレスティーナは、自らが囮になるという、最も危険な役目を買って出たのだ。

「駄目だ!危険すぎる!」

エリアスが、即座に反対した。

「あの男が、君に何を仕出かすか分からん!」

「いいえ。私だからこそ、できる役目です。殿下は、侯爵が最も敵視しているヴァイス家の人間。私が挑発すれば、彼は必ず乗ってくるでしょう。他の誰にも気を配る余裕がなくなるはずです」

セレスティーナの瞳は、真っ直ぐにエリアスを見つめていた。その瞳には、恐怖も迷いもなかった。

「……君は、それでいいのか」

エリアスの声が、わずかに震えた。
彼女を、危険な囮として使う。そのことに、彼は耐えがたい痛みを感じていた。

「殿下。これは、私自身の戦いでもあります。ヴァイス公爵家の名誉を取り戻し、私にかけられた汚名を雪ぐための。ですから、どうか、私を信じてください」

その言葉に、エリアスは何も言えなくなった。
彼女は、守られるべきか弱い存在ではない。共に戦うべき、誇り高きパートナーなのだ。

「……分かった。だが、約束してくれ。決して、無茶はしないと」

「はい」

セレスティーナは、静かに頷いた。
エリアスは、彼女のその小さな肩に、どれほどの重圧がかかっているのかを思い、胸が締め付けられるようだった。

「手を、組まないか」

エリアスは、そっと自分の手を差し出した。それは、ただの協力要請ではない。彼女を守り、支えたいという、彼の心の叫びだった。

セレスティーナは、一瞬戸惑ったようにその手を見つめた後、おずおずと自分の手を重ねた。
エリアスの大きな手に、彼女の冷たい指先が包まれる。

それは、利害の一致から生まれた、ぎこちない同盟の始まりの握手だった。
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