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第六章 弔いの業火
第六章(04)
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次の日の昼過ぎ。カイナが隊を率いて国から離れていくのを、ルチフはあのバルコニーから見届けた。『雪車』が国を離れ、白い世界へと消えていく。
ふと空を見上げれば、雲は厚く色濃く、風がこんなにも吹いているのに動くことがなかった。吹雪く寸前のような空で、『雪車』が丈夫といえどもルチフは少し不安を覚えた。
『雪車』の隊列が完全に見えなくなっても、ルチフはその場から動かなかった。やはり不安で、心細くて。村にいた時には、あまり感じられなかった心地に、ふと疑問を抱く。しかし気付く。これは血の繋がった家族であるカイナに出会えたからこその心地なのだと。
――大丈夫、無事戻ってくる。
カイナが強いことは十分に知っている。だからこそ、そう信じてバルコニーを後にした。
その時にルチフは気がついた。
「……消えてる」
バルコニーにある、あの赤い石の灯り。それが消えていることに。いままでは昼でも光が灯っていて温かかった。それが今日は、凍りついたように輝いていなかった。
玉の中を見れば、そこにあったはずの赤い石は、それこそ凍りついたかのように白くなっていた。と、ぽろぽろと崩れていく。ルチフが軽く玉を叩くと、石は風に吹かれた粉雪のように儚く散ってしまった――どうやらこの石にも寿命はあるようだ。永遠ではないらしい。
やはり不思議な石だ。カイナが戻ってきたら、もっとこの石について教えてもらおう――そう思い廊下を進んだ。さて、今日はこれからどうしたものか、と考える。
――その最中だった。
先の方が騒がしく、ルチフは足を止めた。数人が揉めているようだった。目を凝らしてみると、見知らぬ服装の兵士二人がいた。どうやら彼らと、ルチフももう見慣れたこの塔の兵士達が、何か揉めているらしい。
と、見知らぬ兵士の一人が、ルチフに気がついた。
「――いたぞ! 捕まえろ」
とたんにその兵士は、この塔の兵士を力尽くで払い、ルチフへ走ってきた。
油断していたルチフは何もできなかった。
「な、何だ……!」
剣に手を伸ばすこともできず、兵士に腕を掴まれたかと思えば、背で縛られる。
「放せ! 何なんだお前達……!」
もがいても兵士はルチフを放さない。引きずるようにどこかへと連れて行く。
「――やめろ! 勝手に塔に入ってきて! 一体何のつもりだ!」
揉めていたこの塔の兵士が、ルチフを捕まえた兵士に迫ろうとする。けれども、別の見知らぬ兵士が剣を抜き、その顔の前に切っ先を突きつけた。
「お前こそ何様のつもりだ! 我らはエンパーロ国王ロザ様の兵だ、見てわからないのか! この少年は連れて行く……これはロザ様のご命令だ、逆らおうものなら、反逆と見なすぞ!」
そう言われてしまえば、カイナの兵士達はもう動くことができなかった。それを見て、国王の兵士だという彼らは冷笑する。そしてルチフは連れられていく。
「放せ! どこへ連れていくつもりだ!」
どれだけもがいても、兵士から逃れることはできなかった。やがて先に光が見えてきて、冷たい空気が流れ込んでくる。
そこは塔の出入り口だった。この国の中心、王の塔へと続く渡り廊下が先に伸びている。
「一体何なんだ!」
叫んでも凍てついた空気に響くだけで、兵士はルチフを見ようともしない。ただ王の命令に従っているだけのようで、かつかつと進む。抵抗も虚しくルチフは引きずられていく。
――しかし、王の塔に入った直後だった。
背後で軽やかな足音が聞こえた。それと同時に鈍い音がして、後ろを歩いていた兵士が声を漏らして倒れた。
「何者だ――」
一瞬遅れて、ルチフを掴んだままの兵士が片手に剣を握り、振り返る。だが驚いて一歩退いた。そしてルチフも目を疑った。
「ベアタ様!」
――兵士の叫んだ通りだった。
……ベアタが、そこにいた。火のついていない松明を持って。
「ベアタ……」
その名を、ルチフは口にする。
間違いなくベアタだった。銀の長い髪は乱れているものの、繊細な編み込みがされていた。青いドレスは汚れていたものの、それでも輝いているようで、美しさにルチフは目を見張った。
まさにベアタは「王女」だった――だがいまは、そう思っている場合ではない。
「何故ここに! 昨日、牢に入れたはずなのに……」
兵士の虚をつかれた言葉。それを聞いてルチフはさらに驚いた――牢。ベアタは王女であるから、ひどいことはされないのではなかったのか。
「まあいい。ちょうどよかった……あなたも地下に行きましょう……」
兵士はルチフを突き飛ばし、剣を構えてベアタへと迫った。床に転がったルチフは手を縛る縄を解こうとするものの、縄は鉄のように固かった。
「ベアタ! 逃げろ! そんなのじゃかなわない!」
だから叫んだものの、ベアタは逃げようとしなかった。兵士と対峙したまま、松明を固く握りしめている。と、兵士の剣が風のように動いた。
とっさにルチフは目を瞑り、顔をそらした。
それはベアタも同じで、風を切る音に身をこわばらせた。だが痛みがないことに気付いて目を開けると、手にしていた松明が、その手の上ぎりぎりで切り落とされていた。
――その隙に、ベアタは兵士に腕を掴まれてしまった。
「嫌! 放して!」
その悲鳴を兵士は聞かず、ルチフ同様に、ベアタの手を縛ろうとする。
「やめて!」
ベアタの悲鳴が、ルチフの耳を貫く。
「やめろ……」
そう漏らしたルチフの声は、怒りに満ちていた――兵士はベアタを縛るのに忙しく、ルチフが縛られたままでも立ち上がったことに、気付けなかった。
「――やめろ!」
起き上がったルチフは、勢いのままに兵士の背に体当たりした。どん、と鈍い音。ベアタのかすかな悲鳴。兵士もルチフも、ベアタまでもが床に倒れ込む。
すぐに起きたのはベアタだった。
「ルチフ!」
「剣を! 俺の縄を切ってくれ!」
言われてベアタは、すぐにルチフの剣を抜いた。慌てながらも、その刃で縄を切る。
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