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第六章 弔いの業火

第六章(12)

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「――よくも……よくも、俺を騙しやがって!」

 雄叫びを上げて、ルチフは剣を大きく振りかぶった。隙の大きい動き。

「お前さえ来なければ! みんなあんな石ころにならなくてよかったんだ! お前さえ来なければ! ベアタだって死ななくてよかったんだ!」

 全力で振り下ろした剣は、いとも簡単にカイナの剣に受け止められた。力をこめるが、カイナの剣を圧しきれない。だからルチフは、一度引けば、今度は横から切り入れる。

「どうして……どうして黙ってたんだ、『薪の石』のことを! そのために村に来たことを! 何が皆で国を作る、だ! お前達は、人を道具だと思ってたくせに!」
「――ルチフ、私は」

 再び振るった剣も、また受け止められる。だからルチフは、また振りかぶって下ろすものの、やはり受け止められ、そして圧しきれない。
 ……しかし、ルチフの剣同様、カイナの剣も震えていた。

「――どうして!」

 ルチフの上擦った声は、渦巻く熱気を切り裂く。
 ……カイナは寂しいと言っていた。それは自分も同じだった。
 血の繋がった家族に会えて嬉しいとも言った。それも自分も同じだった。だが――。

「――どうして父さんと母さんのことを、ばらしたんだ!」

 ――瞬間、カイナの剣が、ルチフの剣に圧された。
 ルチフの剣が、カイナの身体を袈裟懸けに走る。血の線が生まれる。

 その時のカイナの顔を、ルチフは見ていた。
 自分に似た顔。瞳は潤んでいた。
 同じ血の流れる唯一の家族だった。その血が頬に飛ぶ。

 ……抱きしめられて染み込んだ温もりは、確かなものだった。
 それでもルチフは剣を振るうのをやめなかった。また振り上げれば、とどめを、と。

 ――家族に会えたと、思ったのだ。
 涙に歪んだ視界の中、ルチフの剣の動きは鈍った。

「――許してくれ」

 カイナの小さな声。だが対照的に、その手は素早く動いた。
 ……振り下ろした剣を、ルチフは最後まで下ろせなかった。

 ――カイナが素手でその刃を握り、受け止めたのだ。手のひらに刃が食い込み、血が滴った。
 ルチフはただその赤色を見ていた。その手も切り落としてやると剣を握り続けるものの、もう力が入らない。刃はひどく震えていたものの――力んで震えているわけではなかった。

「ルチフ……悪かった……ただ私は」

 それ以上を、カイナは言わなかった。口を閉ざせば、握ったままのルチフの剣を、ゆっくり、下ろしていく。
 ……もう抵抗ができなかった。されるがまま、ルチフは剣を下ろす。
 果てに、刃からカイナの手が離れると、ルチフは耐えられず、剣を投げ捨てた。

「どうして……」

 ……もう何もかもが、嫌だった。
 後ずさりをして、カイナから距離をとる。もう近くにいたくなかった。
 カイナは何も答えてくれなかった。ただ潤ませた瞳を閉じれば、頭を横に振った。
 ……どこかから悲鳴が響いてくる。どこかが崩壊する音が聞こえる。

「……その先へ行きなさい。そこからなら、国を出られる」

 それでもカイナは、剣で廊下を示した。ルチフの背後にある、道を。
 ルチフは動けなかった。言葉を発することもできなかった。ただ立っていた。

 ――何もかもがどうでもよかった。消えてしまいたかった。
 崩壊する王国から出たところで、どうする。もう何もないのだ。
 意味も何もかも、消え去った。カイナに復讐する気も、もう死んでしまった。

 ――一人だ。

 目を閉じる。二度と開きたくなかった。

 ……皆、死んだのだ。
 一人になってしまった――。

 ――頭上で鈍い音がした。悲鳴というよりも、喚き声のように思えた。
 熱気が激流のように渦巻くのを肌で感じる――。

「――ルチフ!」

 カイナが名前を呼んでいる。からん、と剣の投げ捨てられる音。

 そして強い衝撃に襲われた。背後へと、突き飛ばされる。

 続いて鼓膜を破くかと思うほどの轟音と、鳥肌が立つほどの振動。炎が燃え上がる。

 ――熱気が沈み込み、倒れていたルチフは、埃っぽさと煙にせき込みながら目を開けた。
 何が起きたのかわからなかった。目を瞑っていて、何が起きたのか見ていなかった。

 ――しかし目を開けて、理解した。
 見えたそこは、先程までいた大広間。ルチフは大広間の入り口に倒れていた。

 大広間はすっかり様変わりしていた。先程まではなかった瓦礫の山ができていたのだ。炎も激しく燃え上がっている――天井が崩れてきたのだ。

 そして瓦礫の山の下に、うつ伏せのカイナの姿があった。下半身は瓦礫の下敷きになってしまっている。顔を伏せたまま、起き上がろうとはしない。
 ――天井が崩れてきたため、ルチフを突き飛ばし守ろうとしたカイナは、自身が瓦礫の下敷きになってしまったのだ。

「……はは」

 その光景を前に、ルチフは愕然としていたが、やがて乾いた声が漏れてきてしまった。

「ははは……ざまあみろ……」

 カイナという男は、なんて愚かな人間なのだろうか。

「ざまあみろ!」

 乾いた笑いに、喉が痛む。それでもルチフは笑い続けた。

「当然の報いだ……そうだろ……」

 けれども思い出されるのは――寂しそうな顔をする、カイナの顔だった。
 やっと出会えた家族。いままでずっとほしかった温もりを与えてくれた――。
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