初代勇者

どこか儚げな美少女

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初代勇者

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 "初代勇者"ハロルド・リベイルは誓う、決してこの罪を忘れず償い続けると………



 これは勇者の物語、そして今は語られぬ昔々の物語……。









 「はぁ………はぁ……はぁ……」

 ハロルドは荒い息遣いで振るっていた剣を地面に下ろす、朝早くから日課の素振りをしていたのだ。

 大剣、それは大きな大剣である。今は亡き父から受け継いだ酷く傷ついた鈍の大剣、それは剣というよりは鈍器に近い、そんな大剣を他人が見れば呆れる程に毎朝振り続ける、父との誓いを守り続ける為に……。

 「今日も朝から頑張ってるね、ハロ」

 「当たり前だ、マリア」

 「そうね、貴方は真面目だものね!」

 そう微笑む魔族の少女、彼女はマリア・センバル、この村の顔役にして40年程前に路頭に迷っていた俺を拾った恩人にして主人でもある。見た目は少女そのものだが、その実100年以上をゆうに生きてきた魔族である。

 魔族は個体差はあるが300年以上を生きる長命種族だ、数十年しか生きられない俺らのような人間とは比べる事もできない。

 と、語っている俺自身も"不老の加護"で普通の人間よりは長く生きてきた。生まれてこの方50年以上は過ぎたが、肉体が老いる事なく今まで生きてきた。そんな俺を不気味に思う奴らもいるが、魔族である彼女からすれば俺に比べて急速に変化していく人間の方が不思議に思うそうだ。

 「ねぇハロ!、もう鍛錬は終わったの?、お願い事があるの!」

 「分かったマリア、何となく言いたい事は分かるがな」

 この村の朝は遅い、朝っぱらから俺に用という事は荒事か力仕事のどちらか、今日の場合は前者のようだった。

 「はーいパリィお爺さん、来たわよ!」

 「おぉマリア、良かった…それにハロルドも」

 「また喧嘩か、今度は何だ?」

 俺の眼前には酒場で言い争う人間と魔族がいる。一人は中年、もう一人は見た目は若いが200歳ぐらいの魔族が口汚く罵り合い、殴り合いでもしたのか周囲のテーブルが無惨に散らばっていた。

 「お前ら魔族みたいな寄生虫がいるから王国から支援が受けられんのだ!、このままじゃ俺らは飢え死にだ!」

 「お前ら人間だって俺の魔法がなきゃ今頃は死んでたんだ、むしろ感謝の言葉が欲しいぐらいだね!」

 魔族は国を持たない、だから人間の村で人間と共に暮らし、見返りに魔族は人々の生活を魔法で助ける。それが今までの暗黙の了解、互いに争わない人間と魔族との約束であった。

 しかし、人間は国を作った。そして技術を発展させて魔法が無くとも暮らして行けるだけの基盤を作った、そして魔族との対立が始まった。人間とは宗教でもそうだが、異なる存在を認めない。人々が作ったのは人間だけの王国であった、魔族の力になど頼る事のない人間だけの居場所。

 王国は周辺の村々を支援している、代わりに魔族の介入を固く禁じており、それが今回の喧嘩の火種になったらしい。

 「お前らのような魔法しか取り柄のない害虫風情がいるから村は平穏にならんのだ!」

 「おい、今なんつった?」

 男の胸元に掴みかかり軽々と持ち上げる魔族、生まれながらに魔法の才覚を持ち、人間など遥かに凌駕した肉体強度を誇る、限りなく完成された種族、それこそが"魔族"である。故に種族に対する蔑視は禁句だ、しかし男は今それを破ったのである。

 俺は魔族の肩に触れた。

 「待てノブル、お前が暴れると止めるこっちが苦労する、前にお前が酔った時の話でもするか?」

 「なんだよハロ、俺に説教か?」

 「違う、忠告だ」

 俺の肉体に魔力が走る、魔法を使える人間は一握りだが、魔力の感知や物に纏わせる程度ならば普通の人間でも訓練次第では出来る。

 魔族の目がハロルドを見つめる。

 「やめだ、お前とは争いたくねぇからな」

 魔族は掴んでいた男を放す、男は床に大きく尻餅をついた。

 「だが、場合によっては…だ」

 魔族はそう言い残し、去っていく。この場は一旦収まった、マリアが床に落ちた男を宥めていた。

 彼女には魔族という身でありながら魔法の才覚が一切無い、魔法が使えない魔族とは珍しい事もあるものだ。しかし、彼女は魔法に頼らずとも人々を惹きつける魅力があり、村を治めるに足りる器がある。

 だからこそ俺は今まで彼女に付いてきた、今思えばそうであったのかもしれない。

 俺の普段の仕事はマリアの護衛兼使用人、護衛と言っても先程のような村の厄介ごとを押し付けられているだけなのだが、形式上は護衛である。

 あとは掃除に洗濯、買い出しに薪割り、彼女は俺がこの村に初めて来た時から家族が居ない。だから使用人を雇っているが、普通の人間では直ぐに寿命が来る、しかし同じ魔族は誰かの下で働く事はしない。そこで歳を取らない俺が適任であった、同じ時を長いこと歩み続ける事のできる存在を彼女は求めていたのである。

 「マリア、今度はこれをどうするんだ?」

 「あっ!、ありがとう!、村の人達にお裾分けしようかと思って!」

 「またクッキーか?、俺はもう食い飽きたぞ」

 「ふふん、今度はケーキにしてみようと思うの!、それもとっても甘いケーキに!」

 「そうか、じゃあ出来たら呼んでくれ、俺は寝る」

 「ハロ、貴方も作るのよ?、とっても甘くて美味しいケーキを!」

 「はぁ!?、俺も!」

 「そうよ!、全員分を作るんだから人手が必要なの」

 「あー分かった、だけど俺にはいっぱい食わせろよ」

 「もちろん!、飽きるまで食べさせてあげるわ」

 そんな日常、こんな日々が永遠に続けばよかったのに…………




















 とうとう王国と魔族の争いが本格的になってきた。先に仕掛けたのは王国側、圧倒的な数を誇る組織化された人間どもが個において優る魔族を次々に駆逐して回っていた。最初は王国周辺の村々から始まり、それは段々と範囲を拡大していき俺とマリアが暮らす村にまで魔の手が迫って来ていた。

 いざという時は俺は彼女と一緒に逃げる覚悟までしていた、しかし偶然通りかかった魔族の避難者一行が村にいた魔族を率いて去っていった、この村でも魔族に対する風当たりは悪くなっており、こうなる事は仕方がなかった。俺は彼女を追いかけた、しかし俺は人間であり、彼女は魔族。そしてこの争いは人間と魔族によって勃発した戦争、俺は……また一人になっていた。

 この村はいずれ滅びる、おそらく少し経てば飢えた者で溢れかえり餓死者で埋め尽くされるだろう。この村は魔族の力で支えられてきた、今は王国の支援が受けられると言っても戦争中、まともな支援など期待するだけ無駄である。

 俺は村を離れた、マリアと暮らした思い出の残る村を後にする。彼女が居ない生活が…、あの場所が俺にとっては苦しくて仕方なかった……













 俺は王国に来ていた、さすが人間の国、見渡す限り人々が活気よく行き交っている。俺は、この国の騎士団に入団する事にした。腕に自信はあったし、人より長く生きてきた分だけ知識や経験は他人より多い、それに酔って暴れる魔族を止めたり、たまに喧嘩をする事もあった、魔族との争い事には慣れているつもりだ。

 俺は、騎士になった。階級は低い、雇われ傭兵と変わらぬ歩兵の身で魔族と戦った。

 さすがは魔族、歴戦の戦士を軽々と屠る姿には感嘆の声をあげるしかない。しかし、人間も馬鹿正直に突っ込まない、戦略を駆使して魔族を翻弄して倒す。力無き種族だからこそ辿り着いた戦法、弱者の知恵で魔族と渡り合う。

 だが、それだけでは足りなかった。人智を超えた敵を倒すには、こちらも人智を超える必要性が生じてきた。

 日に日に増えていく負傷者、死体の山が積み重なっていく。魔族を一人倒すだけでも相当の人数が必要だ、それが複数の相手となると被害の規模は著しく増していく。これを危惧した王国側は呪術に手を出したのである。

 呪術とは、代償や条件を満たせば必ず発動する呪いの事である。魔法とは異なり俺の加護のように永続的に発揮する代物だ、それが魔力に乏しく魔法を使えぬ一般兵士であったとしても魔法に匹敵する力を容易に得られるのである。

 "不死の呪い"『かりそめの不死を得る代償に、己の寿命を代価とした呪い』

 正直、馬鹿げている。たしかに今は魔族にすら勝てる不死身の軍隊だが、いつかは限界がくる。傷を負えば癒える代わりに寿命が削られる、魔族に勝つ事は出来ても勝ち続ける事はできない。マリア、彼女が今この国に居ればこんな事は許さなかっただろう。激戦の果て、数年後には死んでしまうのがオチである。


 しかし、そんな呪いも俺にとっては転じて祝福となる。俺は不老の身、呪いの代償によって寿命が尽きる事はあり得ない。

 不老不死の完成、俺はいつの頃からか英雄となり、騎士団とは別に魔族を狩り尽くす事を命じられた専門部隊"勇ましく死に向かう者"『勇者』の初代団長となっていた。

 俺には家族や仲間がいる、マリアの事など忘れかける程に俺は魔族共を殺し続ける。決して朽ちぬ肉体に魔法など意味を成さない、それに俺には村に居た頃に魔族から教わった魔力操作の基礎がある。今では我流ではあるが幾度にも渡る戦いの末に己の武器に魔力を纏わせる事にも成功した。

 俺はいつしか魔族に恐れられる存在となっていた、しかし魔族側も時代と共に変化してきた。最近では"魔王"と呼ばれる存在が率いる魔王国が台頭、戦略を取り入れて組織化された魔族の群れが、次々に歴戦の兵士を苦しめる。

 戦況は互角、いや……少し人間側が押されてきている。先日、俺の親友も死んだ、仲間も次々に殺されていく。全ては魔王国、魔王の存在がこのような事態を引き起こしてきたのだ。俺は憎かった、魔王の存在が憎くて仕方なかった……。










 俺の耳に驚くべき報せが入る、王国側から魔王国に対しての和平条約を持ちかけたのである。つまりは実質的な敗北宣言という事だ、俺は王を問いただす為に城へと足を運んだ。

 「こちら側からの和平の提示、それは自ら敗北したと言っているようなもの!、王よ…貴方は狂われてしまったか、それとも悪魔に耳を貸したのですか!」

 「まぁ待てハロルド……ちょうど良い、君に頼みたい事がある」

 王は手招きをして勇者と庭を散策する、そして誰も居ない庭園でこう告げる。

 「和平の日、君には魔王を殺してもらいたい、君にはそれを実行するだけの力がある。了承してくれるだろ、君ならね?」

 願ってもない王の頼み、俺は直ぐに了承した、大いに承諾したのである。必ずや魔王を討ち倒すと我が王に誓ったのである。

 復讐を果たす、それだけが俺の心を支配していた。魔王を倒す、そうすれば魔王国など恐れるに足らず。こちら側が干渉せずとも魔族どもは勝手に争い合って瓦解していく。魔族とは、そういう種族なのである。






















 俺は勇者としてではなく王国側からの使者として派遣された王国使節団に扮して魔王国を訪れていた。魔法が使われているのか魔王城の至るところに光が届き、床や天井、壁や窓に至るまで全てが洗練されていた。

 いつでも剣は抜ける……この退魔の剣があれば如何なる魔法も貫通する。俺は、隠し持っていた剣に思わず指先が触れていた。

 大広間に通された俺たち一行は魔王の玉座を凝視する、玉座の上に鎮座していたのは女……それも、見た目は年端もいかぬ少女の姿であった。

 「いらっしゃいませ、お客人方!、私は魔王っ!、この国を代表して皆様にご挨拶を……ッ!?」

 紛れもなく少女が俺を見ていた、その表情は驚きと笑顔が混じっており、俺に向かって走り出す。

 まさか暗殺がバレた……いや、それなら今この瞬間に切り伏せるだけだ!

 「ねぇハロ!、ハロだよね!?、私だよ!、嬉しい!、50年ぶりぐらいだねっ!」

 少女は俺に飛びつき嬉しそうに跳ねている。周囲は人間も魔族、そして俺も含めて困惑していた。少女は笑う、俺に満面の笑みを向ける。

 「あれ…?、覚えて…ないの……」

 少し、少女の表情が曇る。いや、本当は怯えたように首を左右に振っていた、まるで捨てられた子猫のように涙を堪え、潤んだ瞳が俺の顔を見つめていた。

 勇者は考える、この少女の仕草や表情、とても甘い声や吸い込まれるような瞳が勇者の記憶の奥底から一つの名前を引っ張り出した。

 「マリア……、マリア・センバルなのか…」

 すると少女は微笑む、それは心底嬉しそうに微笑んだ。

 「やっぱり覚えててくれた、ハロなら忘れないって信じてたから」

 少し安堵した様子で更に強く抱きつく少女、やっと会えたと涙を流したのである。それに反して勇者は困惑していた、彼女が魔王……憎き魔王、そんな筈はない、そんな事があって良いわけが……

 「ごめん、急に一人で泣いてておかしいよね。でも、良かった…あの時、村を離れてからハロの事が忘れられなくて、でも戻れた頃にはハロは居なくて、わたし…寂しかった……怖くて、仕方がなかった。ハロが死んじゃってたらどうしようとか、これからどうして生きてきたら良いかとか、沢山…悩んでた。でも、もう一度会えて良かった、私はこの日を決して忘れない、だって再び貴方に会えたのだから」

 魔王は笑う、笑いながらも泣いた。しかし、悲しいからでは決してない、嬉しくて涙が止まらないのだ。戦争が起こした悲劇は、魔王である事の重みは、彼女が一人で背負うにはあまりにも大きすぎたのである。

 「行こうハロ!、貴方にこの国を案内したいの!」





















 その後の事はあまり覚えていない、俺は勇者……魔族は殺すべき害獣…、でもマリアは…彼女はどうなんだ……彼女は決して悪ではない、悪である筈がない…。

 魔王は、殺すべき敵。俺は勇者として魔族を殺さなければならない、魔族である彼女を無慈悲にも殺さなければならないのだ!

 今までそうしてきた、魔族は区別なく殺してきた、子供だろうと無差別に殺した。俺は…俺は……!!

 俺は彼女から…魔王から充てがわれた寝室を飛び出した、一緒に持ってきた不恰好な鈍の剣を掴んで飛び出した。

 魔王城の庭園、真夜中にも関わらず俺は剣を振り下ろす、何度も何度も止める事なく幾度も剣を振り続けた。いっそ狂ってしまいたい程に乱暴に素振りを続けた。

 「あら、こんな時間に日課なんて珍しいわね!、やっぱり王国の朝は早いのかしら?」

 ___ッ!?

 背後からの声、俺は思わず剣を振り下ろす。すんでのところで剣を止める、彼女の髪が風圧で乱れる。

 「マリアか……」

 しかし、彼女は驚いた様子もなく勇者を向く。

 「あはは、もう驚かせないでよ、ほんとにびっくりしたんだから」

 「悪い、つい癖でな……」

 不意に今まで殺してきた魔族が脳裏を駆け巡り、マリアと重なる。血まみれの彼女を想像し、勇者はそれを視界から振り払う。

 「お前こそ、何故こんな時間に?」

 「魔王は忙しいんだぞ~、行政に法政、あとは戦争……は、もう終わるから少し楽になるけど、やるべき事は私にはまだあるの」

 そう言って屈託のない笑顔を見せるマリア、彼女の笑顔が勇者の心を酷く締め付ける。

 「俺は…守るべき者の為に戦い、守るべき者の為に敵を殺してきた……だが、今の俺は違う」

 守りたい者を殺さねばならない、勇者は心でそう呟く。泣きそうな顔でそう呟いた。

 「‥‥‥私は…貴方の選択を肯定する、だから貴方は貴方だけが信じる道を……私はその選択を受け入れるわ」

 ___ギュッ…

 勇者に抱きつく魔王、彼女の抱擁には覚悟があった。魔王として、そして一人の魔族としての覚悟があった。

 「そうか……」

 勇者は、そう言い残して去っていく。手を振って見送る彼女に振り向く事なく去っていく。

 覚悟は決まった、勇者は心でそう呟いた。



















 「あ~、今日も一日大変だったなぁ……でも、ハロに会えて嬉しかった……でも…………」

 魔王は寝室に向けて歩いていた、心情を吐露しながら歩いていた。そして廊下の先に視線を向ける、視線の先には怪しげな影、顔をフードで隠した者が廊下の先に立っていた。

 「誰……とは、言わない…私を殺したいって事よね」

 ___ダッ…!

 刺客は迫る、魔王へと迫る。一振りの剣を携えて廊下を駆け出す、魔王の瞳は一筋の光を捉えた。

 ___シュ…タッ…!

 魔王は一撃を避けた、謎の刺客からの一撃を掻い潜り背後へと回り、十分な距離を取る。

 「凄いでしょ!、昔ハロに教わったの!、そうでしょ……」

 "ハロ…"

 刺客はフードを取る、勇者の姿がそこにはあった。

 「バレていたか…マリア、いや……魔王、お前は昔から物事を見通す事に優れていた、気付かれるのも仕方がない事か……」

 俺は苦笑する……一人で納得したように笑う。勇者の剣が、魔王へと向けられる。

 「これが貴方の選択、という事でいいのかしら?」

 「あぁそうだ、俺は…俺ら王国は始めから和平を結ぶ気はない、ただ魔王を殺す事、それだけが和平を提案した理由だ!」

 勇者は告げた、全てを打ち明けた。罵倒されようが、失望されようが仕方ない。彼女にはその権利があり、義務がある。だから勇者は受け入れる、どんな罵詈雑言であっても受け止めると心で誓った。

 「私は、貴方の選択を肯定する。」

 魔王は微笑む、そう言って微笑んだのだ。予想外の事に勇者は激怒する。

 「ふざけるな!、俺を憎め!、軽蔑しろ!、俺を見下して…その果てに俺を嫌悪するべきだ!、何が肯定!?、ふざけるな魔王!、俺は勇者!、お前の…お前らの宿敵だぞ!、何千人の魔族を俺が平然と殺してきたと思ってる!、それなのに……俺を肯定するだと…」

 勇者は困惑する、いっそ見放された方がどんなに楽であった事か、こんなにも………辛くはなかっただろう。

 「ハロ、私は」

 「やめろッ!、マリア!」

 「ハロ……私は知ってる、全てを知ってた……貴方に再会できる事も、貴方がどう選択するかも全て……」

 魔王は、悲壮な表情で俯く。小さな背が更に小さく感じられ、勇者は訳が分からず混乱していた。

 「なッ……!、はっ!?」

 「私の瞳は未来すら見通す"看破の瞳"、この神眼で全部知っていた、王国が和平を望んでない事も…貴方が……勇者だって事も、全部…」

 少女の瞳が少し潤む、しかし毅然と勇者を見つめる。勇者は困惑する、頭が混乱して視界が定まらない。

 「でも、貴方と再会できた時…分かってたのに泣いちゃった、嬉しくて……本当に嬉しくて…」

 魔王は両手で顔を押さえた、しかし溢れた涙が両手では収まらず、床にポタポタと垂れ落ちる。魔王は震えていた、決して恐いからではない。ただ、涙が止まらなかったのだ。今は泣きたくて、仕方がなかったのである。

 「マリア……、じゃあ何で俺を殺そうとはしない?、抗わねば自分自身が殺されるのだぞ!」

 勇者は乞う、魔王の口から命乞いが溢れる事を願う。しかし、勇者の望みは打ち砕かれる。

 「私は魔王、貴方の憎き宿敵にして打ち取らねばならぬ誓いの怨敵」

 勇者は駆け出した、気づくと駆け出していたのである。魔王の腑に向けた剣、魔王は微笑む、そして瞳を閉じた。

 「魔王ォーーーッッッ!!!」

 ___ドシュ…ッ!!

 勇者の一撃が…、魔王への一撃が深々と腑を突き刺し、鮮血が勇者の両手を染める。勇者は気づく、後悔しても遅い、過ちは……取り戻せない。

 「マリア!、マリア!?、しっかりしろ!」

 ___ギュッ…

 「ハロ…、よく聞いて……」

 魔王は薄れゆく意識の中、勇者を抱きしめ耳元で囁いた。それは弱く、今にも消え入りそうな程にか細い声であった。

 「貴方は…間違っていない、だから後悔しなくてもいい……きっと戦争は激化し、果てしなく続く……だけど…!」

 「マリア………?」

 息も絶え絶えに苦しそうに呼吸する魔王、しかし決して口を噤む事なく言葉を紡ぐ。

 「きっと平穏をもたらす存在が現れる、それは長く厳しい先の事だけれど、必ず現れて皆を救ってくれる!、必ず戦争を止めてくれるから、貴方を救ってくれるから!、貴方は後悔しなくていい……これは、今はただ空が晴れるまでに起きた嵐に過ぎない、だから…貴方の選択は……間違っていない…から、必ず正しかったと…証明してくれる誰かが、現れる……から…………」

 "貴方は貴方だけの道を信じて進んで、ハロ…!"

 魔王の手が勇者の肩をすり抜ける、力尽きた魔王、今では動かなくなった魔王の亡骸を勇者は見下ろす。視界が定まらない、息が苦しい、勇者は絶望に崩れ落ちる。膝が…震えて立てない、両手が血に染まって握れない……

 誰かの叫ぶ声、時間がない……ここは、この城は直ぐに戦場と化すだろう。俺は咄嗟に魔王の髪を切り裂いた、愛するマリアの髪を両手に掴み、俺は廊下を走り抜ける。衛兵の怒鳴り声を背にして廊下を駆け抜けた。

















 程なくして魔王暗殺の報せが大陸中を駆け巡る、王国側は躍起になって魔王国に攻め入るが、統制の取れた魔王国を攻め落とす事は叶わなかった。

 それは勇者が不在であったからだ、王国の要であった勇者が行方不明となったからである。王は怒り、蔑み、勇者を罵倒した。魔王を殺した勇者を酷く口汚く蔑如したのである。

 勇者は今、彷徨っていた。昔のように救ってくれた彼女はもういない、いや……己の手で、自らの手で殺したのだ。両手には長く、それは綺麗な髪の束を抱えていた。

 勇者は今や"魔王殺しの英雄"と讃えられ、その物語はいつも"悪しき魔王"を撃ち倒す、文句の付けようがない勧善懲悪の英雄譚、その一つ一つが勇者の心を酷く締め付けた。

 人々は知らない、勇者を知らない、魔王を知らない、真実を知らない。

 勇者は絶望し、後悔し、懺悔する。取り返しのつかぬ過ちを、過ぎ去りし愚行を、忘れもしない罪を背負って彷徨い続けていく。

 いつか必ず救いの手が訪れる勇者は、希望を抱かず前へと進む。



 これは勇者の物語、そして誰も語れぬ魔王との物語……。

 そして始まる魔王の物語、しかしそれは今はまだ先の物語である。








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