境界を飛ぶリス

じゅうごにち

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2.星空を飛ぶ

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気づけば、マントはできあがっていた。つたない縫い目が目立つが、縫えただけでも文句は言わないでほしい。私は少年にそれを返す。
「できたわ。さあ、行きましょう。」
「じゃあ、一緒に来てくれるの?」
躊躇した。怖くもあった。家に帰れば、私などもう要らなくなっているかもしれない。でも。
「……お願いするわ。」
私は少し悔しそうにしたが、少年は顔を輝かせた。さっそくというふうに、ふわりとマントを羽織る。その優雅な仕草と子供っぽいアップリケが似合わなくて、少し笑えた。窓を全開にし、その縁に二人で器用に立つ。
「手を繋いで。」
「わ、わかったわ。」
少年の手は私の小さな不安をそっと包み込んだ。久しぶりに人の心の温かさに触れた気がする。私の心は、少なくとも三年分は冷えていた。
風が入り込んできて、少年のマントがはためく。私の小枝の勇気を吹き飛ばすように。私は急に怖くなってしまった。膝が笑っている。だって下をのぞき込んだら、そこはもう―。
「これって、落ちたらどうなるのかしら。」
そう、つぶやく。こんなことを言うのは、反則だろうか。
「そろって心中ってことになるけど、それは無いと僕が保証する。」
少年は、きわめて真面目な声で言った。
「高いところ、苦手?」
「これは、そうじゃなくても遠慮したくなる高さだわ。」
「そうだね。」
少年はしばらく考えた後、
「じゃあ、目を瞑って。」
私は不思議と少年を信用していた。いや、少年には簡単に信用させてしまう何かがあったのか。躊躇うことはもう無い。きっと。
「わかった。」
ふわりと体が浮いた。そうして、急降下の感覚が襲ってくる。このまま、落ちてしまうのかとひやりとしたが、やがて急降下は止まり、心地のよい浮遊感に包まれた。おそるおそる目を開く。
「……きれい。」
遠く離れた地面では、無数の光が星のように散らばっていた。地面にも星があるなんて。
しっかりと繋いだ手を意識しながら、隣を見ると、少年が微笑んでいた。
「空を飛ぶなんて、あり得ないと思ってた。」
「僕も最近まではそう思っていたさ。でも、理屈では説明できないことが、世界では意外と普通に起こっているんだ。」
「確かに。」
私も笑う。誰も知らないところで私たちは、空を飛ぶ。誰も邪魔なんかできない。そのことが心地よかった。がんじがらめだった何かが、心地よい風に解かれていく。
「あなたは、どこに帰るの?」
「僕は……どこだろうね。そろそろ、天に帰ろうかな。君を送り届けたら。」
「どういうこと?」
「ふふ、君はわからなくていい。」
分からなくていいことは、知るべきでないのだ。全てを理解するには、人の人生は短すぎる。それが逆に清々しい。
「そっか。ありがとね、私を連れ出してくれて。たぶんあなたが居なかったら、一生狭い部屋に籠もっていたわ。」
「僕も助かったよ。このマントが無いと飛んで帰れない。」
夜景がきれいだった。誰も知らない夜間飛行は、しばらく続いた。最後にこんな会話をしたのは、覚えている。
「あなたの名前は?」
「僕の名前? それは――だよ。」
「ふうん。変わった名前ね。」
「そうかな。」

これはすべて幻想だったかもしれない。でも、行方不明になった少女が三年後に戻ってきたというのは、本当の話。
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