境界を飛ぶリス

じゅうごにち

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10.時は繋がり...。

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「ここはどこだ?」
僕はマントに向かって問う。マントは大きく破れていたが、かろうじて滞空できている。
『こ…は、二〇XX年……区…す。』
「十六年前か。」
人工知能は声を途切れさせながら答えた。
上空からの町並みは、言われてみればその年代のものだった。低空飛行なので、懐かしいアニメのテーマ曲なんかが聞こえる。その懐かしい雰囲気に浸っていたら、
『対象者の脳波が感じ…れ…す。』
なんてことを言い出してくるやつがいた。
「えっ。」
彼女の脳波をたぐって境界トンネルをくぐってきたので、ここで見つかってもおかしくはないのだが。
『ガイド…続行でき…す。』
「続けてくれ。」
僕の呼びかけに応じて人工知能はガイドを続けた。きらびやかな装飾のビルや、『冬の安売りセール開催中!』なんて文字につい目を止めてしまうのだが、そのたびに人工知能はせかしてくる。どうやら、季節は冬で、クリスマスが近いよう。子どもへのプレゼントだろうか、大きな包みを抱えた中年夫婦の姿を目にした。僕はまだ、現世への未練たらたらなのかもしれない。雪こそまだ降っていないが、外は寒く、コートを着こんでいる人がほとんど。そんな中、自分の格好はというとマントの下に薄い黒のスーツだけ。季節外れのハロウィンの、ヴァンパイアコスプレみたいで少し恥ずかしいが、ともかく寒くないのが不思議だ。しかしそれ以前におかしいことはたくさんあるので、考えることを放棄してしまった。彼女に会いたい、今はただその一心だった。会ってどうするのか、自分はもう死んでしまったというのに、想いを伝えるべきなのか。このときの自分は、よく考えていなかった。
『着き…した』
そうこうしているうちに目的地にたどりついたようだ。
「ここか?」
目の前にあるのは、五十階はありそうなマンション。でも普通のマンションだ。ここに彼女が居るというのか? なにかに惹かれるようにして僕は、多くの窓の一つに着地、いや張り付いた。
カーテンは閉められていなかった。部屋の中央には六、七歳ほどの幼女がぺたんと座りこんでいた。瞳は長いまつげに伏せられ、腰までつややかな黒髪を伸ばしている。
幼女はしばらくして瞳を開き、つけていたテレビの存在を思い出したようにリモコンを手に取った。僅かな間眺めて、消す。その表情は百年生きてしまったかのような疲労感が張り付いている。
彼女だ。ずいぶんと幼いが彼女だ。僕は美しさについ見とれてしまった。
「やっと会えた。」
思わず感嘆の言葉がもれる。
それに気づいたかのように彼女がこちらを見る。驚いた顔も可愛くて、僕は微笑む。
僕はたまらなく彼女と話したくなって、窓を叩く。
その後一度こちらを無視するが、やっぱり気になったようで、向かってきて言うのだ。
「入れてほしいの?」


「あなたの名前は?」
「僕の名前? それはデナイアルだよ。」
「ふうん。変わった名前ね。」
 「そうかな。」
 『デナイアル』。僕はこのときそう名乗る。しかし日本人の僕がそんな名前のはずはない。この名前には意味があるのだ。

デナイアル――拒絶。
彼女には何も知らないで、泣いてるような顔で笑っていてほしいから。
このおかしな世界の仕組みを知ってほしくないから。
――ずっとあなたが好きでした。
そんな言葉さえも、言えないまま。
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