メサイア

渡邉 幻月

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廻り出す運命の輪

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気が付いたら朝だった。

「なあなあ、カイン、あのさ、昨日の夜な、」
並んだベッドの中で目覚めた。
きょろきょろと見渡して、どう見てもここは自分のベッドで、隣には目覚めたばかりの兄弟がいる。
アベルは、夢ともうつつとも判断できず、カインに思うがままを伝えようとした。
「うん。オレも見た…」
二人は顔を見合わせた。
あれは、夢だったのだろうか。確かに、二人で外に出たのに、気が付いたら自分のベッドの中だ。

「夢なのかな? でもおれ、赤い果物もらわなかったぞ…」
「そうだな。夢… だったのかな。でも、外に出たのに、あの、見たこと無いヤツにも会ったし、話したのに…」
狐につままれたような顔で、お互いを見る。

「夢じゃなかったのかな? メサイアに果物をくれたのとは違うヤツなのかな?」
「どうなんだろうな?」
漏れ聞こえてくる、夢の中の男に良く似ていたのだと、カインは今さら思い至る。

メサイアの誰かに話を聞いてみようか。カインがぽつりと言った。
なんで? アベルが聞く。
「オレたちが、昨日見たヤツがさ、みんなが、夢で見たヤツとおんなじヤツか気になるだろ?」
「あー、おれも気になる。おんなじだったら、なんでおれたち果物もらえなかったんだろうな?」
「そうなんだよな。…夢じゃないとダメなのかな…」
昨夜の出来事について考えれば考えるほど、二人はもやもやしたものに支配された。

もういいや! カインが、言った。
「やっぱり、今日はメサイアのとこに行こう。」
「そうだなー。」
考えても何も分からないので、二人はメサイアのギルドに行くことに決めた。
ちょうどその時、
「カイン、アベル、いい加減起きなさい!」
母親の呼ぶ声がした。

「あっ、やば」
「ママ怒ってるー?」
苛ついているだろう気配が、漂う声にカインとアベルは顔を見合わせると急いで身支度をして、慌ただしく部屋を出た。

「おはよう母さん。」
「ママおはよー!」
「おはよ、あんたたち今日に限って起きるのが遅いんだから、もう…」
困ったような顔をして、二人の母親が言った。
「あれ? 今日、なんかあったっけ?」
カインは首を傾げた。
「やぁねぇ。今日はヨナタンが帰ってくる日じゃないのよ。」
「兄ちゃん! 今日、兄ちゃん帰ってくるの?」
「前に言ったじゃないのさ。ちょっと長めの休暇が貰えたから帰るって手紙が来たって。」
「そうだ! 今日だ!」
ぱぁっと、二人の顔が輝く。メサイアになった自慢の兄に久しぶりに会えるのだ。
「ヨナタンを迎える準備があるんだから、早くごはんを食べて手伝ってちょうだい。」
「分かった!」
昨夜の出来事も、兄の前には霞んでいた。二人はヨナタンに会うのを楽しみに、朝食に手をつけた。

数ヵ月ぶりに兄が帰ってくる。

よく噛んで食べなさい! と言う母親の言葉も今日ばかりは二人には届かない。
土産話が楽しみで、朝食がなんだったのかも記憶に残らないような状態だった。
「ごちそうさま!」
「なあなあ、何手伝うんだ?」
目をキラキラと輝かせて、カインとアベルが食いぎみに尋ねる。
いつもこれだけ聞き分けが良かったら、と、二人の母親がため息をついた。

「まずはヨナタンの部屋を掃除してちょうだい。」
分かった! そう言って二人は兄の部屋に向かった。母親が掃除してはいても、人の出入りがない分少し部屋の気配が陰気だった。窓を開けて、それから二人は丁寧に掃除を始めた。

ふと、カインは思い付く。
「アニキが帰ってくるなら、アニキに聞けばいいのか!」
「うん? 何を~?」
「昨日の、あの銀髪のヤツのことだよ。」
「あっ!」
アベルがはっとする。
忘れてたのかよ、まあ、オレもさっきまで忘れてたけどさ… カインが呆れたように言った。
「自分も忘れてたんじゃないか~。」
「悪かったな。ギルドに行く時間なさそうだし、他のメサイアよりアニキの方が何でも話せるしな。」
「そうだなー! 早く兄ちゃん帰ってこないかな。」
帰ってくる前に、掃除終わらせないとな。カインが止めていた手を、動かし始める。
そうだよな、他にも手伝うことあるかもだしな! アベルもまた掃除を再開する。

普段は進んでやりたいと思わない手伝いも、今日だけは楽しい。いつもより手早く終わらせて、次の手伝いへ。今度は食材の買い出しだ。その次は、昼食を済ませてから、兄・ヨナタンも同席する夕食の仕込みの手伝いだ。

「ありがとう。あとはヨナタンが帰ってくるのを待つだけね。」
「兄ちゃん、いつ帰ってくるんだ?」
アベルの問いに、時計を見上げた母親が答える。
「そうね、あと1~2時間後、ってところかしらね。少し遊んできたら?」
どうする? 遊んでる間に帰ってきてたらやだよな。誰に聞かれて困る話題でもないのに、こそこそと相談し合う。たったそれだけで、兄の帰還が秘密の大事件に変わったような気分になって、二人のわくわくした気持ちが大きくなった。カインとアベルは結局、家でおとなしく待つことにした。

じっとしていられない年頃の彼らにとっては、ヨナタンが帰ってくるまでは楽しくもあり、本の少しの窮屈さもあり、そんな時間だった。
ヨナタンが帰ってきたら、何をしようか。二人はそんな話で盛り上がる。

 そして。

「ただいま。」
穏やかな声が、久しぶりに聞く優しい兄の声がした。
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