メサイア

渡邉 幻月

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嫉妬

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「なんでだ!」
吐き捨てるように、ヨナタンは言った。

夕食を済ませ、久しぶりの家族の団らんも終わり、部屋に戻った後。
真夜中過ぎになっても寝付けず、ベッド上で独り。目が冴えているのは、持て余している感情のせいだ。ヨナタンは行き場のない感情を込めるように、握った拳に力を込めた。

独りになったヨナタンの頭の中を巡るのは、夕方のカインの言葉だった。

アベルと家を抜け出した夜、町中で出会った相手。銀色の長い髪の男の話。

「なんで、俺じゃないんだ。」
呟くヨナタンの声は、負の感情に染まっていた。

メサイアの組織には、幾つかの機密事項があった。 
重要度はピンからキリまであるが、その中でメサイアのメンバー全員に通達されていることがある。

『勇者について』

いずれ現れる勇者、彼を見付け出し保護するのもまた、メサイアの任務でもあった。

メサイアのメンバーに真っ赤な果実を与えた男は、夢の中に再び現れて言った。
「予言を一つ、君たちにあげよう。」
と。
男は言った。
やがて、勇者が生まれると。それによって、世界が救われると。

「勇者が生まれ、育ったら、私はいずれ彼に会いに行く。私と現実世界で出会った者が、勇者だ。」
勇者の印は? と、聞かれた男がそう答えた。
この話は、メサイアの組織内で共有された。
それがもうずいぶんと昔の出来事で、組織の中でもちらほらと勇者の存在は現実味を失っていた。

だからこそ逆に誰しもが、我こそは、と思うに至った。
メサイアとしての力は、彼らに万能感を与えていた。だが、それを上回る『勇者』が居る。今さら二番手になど甘んじられぬ。
自分こそが特別でありたかった。

それは、ヨナタンも同じだった。
もともとは、穏やかな性格だった。家族思いで、それでいて芯の通った少年だった。

十六の時、夢を見た。その時、真っ赤なリンゴに魅入られてしまったのだろう。
それでも、メサイア自体は何人も居る組織の一人でしかない。
選ばれた人間の傲慢さは、誰にも気付かれないほど(それは本人にさえ)ゆっくりと育つことになる。

そうして。

弟二人が、あの男に会ったのだ。
きっとどちらかが、勇者なのだろう。

勇者だから果実が要らないのか、二人居たから渡さなかったのか。
それは分からない。
だが、間違いなく弟が勇者なのだ。

ヨナタンが自ら気付けなかった、
優越感、万能感、傲慢さ、そう言ったものが、夜の闇にのように広がる。
そうして、それは嫉妬となり、憎しみに変わるまでそう時間はかからなかった。
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