10 / 44
アンチ・メサイア
しおりを挟む
ヨナタンは三日ほどすると、友人の所に顔を出す約束をしているから、と言って荷物をまとめ始めた。
我ながら苦しい言い訳だな… とヨナタンは溜息を吐いた。だが、それでも。
とてもじゃないが、弟二人への負の感情を抱えたまま今まで通りの優しい兄を演じ続けることはできない。そうヨナタンは思った。同時に、メサイアへ弟たちのことも報告したくない。そうも考えていた。結局逃げ出すように家を出ることしか、今のヨナタンには選択肢が無いように感じられたのだ。
「なんだい、もっとゆっくりしていくんだと思っていたのに。」
母親が残念そうに言う。
「ごめん母さん、次の休暇はそいつ連れてきても良いかな?」
「構わないけど…」
ありがとう、ヨナタンは答える。
弟二人から逃げたいとは、さすがに両親にも弟たちにも言えないと思っていた。言えば理由も聞かれるだろう。それだけはどうしても、誰にも言いたくなかった。
「ホントにもう行っちゃうのか?」
双子が悲しそうに見上げてくる。
ちりちりと嫉妬の炎に胸を焼かれながら、ヨナタンは二人の頭を撫でた。
「次の休みはゆっくりするからさ。」
嫉妬と憎しみを呑み込んで、ヨナタンは笑顔を作った。
誰を恨めばいいのか。
生まれつきの勇者、ってことは、本人も知らぬ間の事だ。今も自覚は無い。それなら、可愛い弟を、邪魔だと思うのは…
罪悪感はある。
だけど、それでもこの負の感情は消えない。
お前達が会った、銀髪の男の事はちゃんと調べるから。誰にも言うなよ?
ヨナタンは、二人だけに囁いた。
「じゃあ、また帰ってくるまでいい子にしてるんだぞ?」
そう言ってまた、くしゃくしゃに二人の頭を撫でる。
「じゃあ、父さんも母さんも、元気で。」
精一杯明るく振る舞って、ヨナタンは家を後にした。
一歩ごとに、笑顔が無くなっていくのを、本人は気付いていただろうか。
町を出た頃には、ヨナタンの両目は深い闇を湛えていた。
やはり、納得は出来ない。
メサイアとして、それも討伐隊の一員として前線に出ていたヨナタンには、自分こそが人々の安全を守っていると言う自負があった。
なれるものなら、自分こそが勇者に。
そう思って、日々精進してきた。
それが、まさか一回りも違う弟が。まだ、怪物と戦う能力も無い弟が。
悪魔ノ囁キ
ヨナタンは、友人の所でもなく、メサイアの本部でもなく、別の所へ足を向けた。
噂でしか聞いたことがない、そこは、メサイアの中でも過激派が集まる場所であった。
クーデターの話も、元は彼らの存在故に語られるようになったものだ。
名を、不滅の魂。
神を拒絶し、勇者の存在を否定し、夢の中の男からも独立しようとする集団。
弟たちへの愛憎に苛まれながら、ヨナタンはペルペテュエル・アムの門戸を叩いた。
勇者など居ない。
そう思わなければ、気が狂れそうだった。
ペルペテュエル・アム。
不滅の魂と名乗る彼らは普段、何食わぬ顔でメサイアとして行動する。
より慎重により狡猾に、虎視眈々と権力の転覆を狙っていた。
勇者など居ない。
それは予言から月日が経ちすぎた、からではない。自らが選ばれし者ではない、と言う不満からの、屁理屈に過ぎない。
屁理屈に過ぎないが、今のヨナタンにとっては居心地の良い思想であったのだ。
このペルペテュエル・アムの中で、ヨナタンが頭角を現すまでそう時間はかからなかった。
もとより、傲慢さが背中合わせに在るほど優秀ではあったのだ。
より狂暴な感情が芽生えることによって、皮肉にも彼の力は花開いたのだった。
やがて、彼は。
ヨナタンが組織のトップへと上り詰め
『アンチ・メサイア』
と、呼ばれるに至るまで、あと──…
我ながら苦しい言い訳だな… とヨナタンは溜息を吐いた。だが、それでも。
とてもじゃないが、弟二人への負の感情を抱えたまま今まで通りの優しい兄を演じ続けることはできない。そうヨナタンは思った。同時に、メサイアへ弟たちのことも報告したくない。そうも考えていた。結局逃げ出すように家を出ることしか、今のヨナタンには選択肢が無いように感じられたのだ。
「なんだい、もっとゆっくりしていくんだと思っていたのに。」
母親が残念そうに言う。
「ごめん母さん、次の休暇はそいつ連れてきても良いかな?」
「構わないけど…」
ありがとう、ヨナタンは答える。
弟二人から逃げたいとは、さすがに両親にも弟たちにも言えないと思っていた。言えば理由も聞かれるだろう。それだけはどうしても、誰にも言いたくなかった。
「ホントにもう行っちゃうのか?」
双子が悲しそうに見上げてくる。
ちりちりと嫉妬の炎に胸を焼かれながら、ヨナタンは二人の頭を撫でた。
「次の休みはゆっくりするからさ。」
嫉妬と憎しみを呑み込んで、ヨナタンは笑顔を作った。
誰を恨めばいいのか。
生まれつきの勇者、ってことは、本人も知らぬ間の事だ。今も自覚は無い。それなら、可愛い弟を、邪魔だと思うのは…
罪悪感はある。
だけど、それでもこの負の感情は消えない。
お前達が会った、銀髪の男の事はちゃんと調べるから。誰にも言うなよ?
ヨナタンは、二人だけに囁いた。
「じゃあ、また帰ってくるまでいい子にしてるんだぞ?」
そう言ってまた、くしゃくしゃに二人の頭を撫でる。
「じゃあ、父さんも母さんも、元気で。」
精一杯明るく振る舞って、ヨナタンは家を後にした。
一歩ごとに、笑顔が無くなっていくのを、本人は気付いていただろうか。
町を出た頃には、ヨナタンの両目は深い闇を湛えていた。
やはり、納得は出来ない。
メサイアとして、それも討伐隊の一員として前線に出ていたヨナタンには、自分こそが人々の安全を守っていると言う自負があった。
なれるものなら、自分こそが勇者に。
そう思って、日々精進してきた。
それが、まさか一回りも違う弟が。まだ、怪物と戦う能力も無い弟が。
悪魔ノ囁キ
ヨナタンは、友人の所でもなく、メサイアの本部でもなく、別の所へ足を向けた。
噂でしか聞いたことがない、そこは、メサイアの中でも過激派が集まる場所であった。
クーデターの話も、元は彼らの存在故に語られるようになったものだ。
名を、不滅の魂。
神を拒絶し、勇者の存在を否定し、夢の中の男からも独立しようとする集団。
弟たちへの愛憎に苛まれながら、ヨナタンはペルペテュエル・アムの門戸を叩いた。
勇者など居ない。
そう思わなければ、気が狂れそうだった。
ペルペテュエル・アム。
不滅の魂と名乗る彼らは普段、何食わぬ顔でメサイアとして行動する。
より慎重により狡猾に、虎視眈々と権力の転覆を狙っていた。
勇者など居ない。
それは予言から月日が経ちすぎた、からではない。自らが選ばれし者ではない、と言う不満からの、屁理屈に過ぎない。
屁理屈に過ぎないが、今のヨナタンにとっては居心地の良い思想であったのだ。
このペルペテュエル・アムの中で、ヨナタンが頭角を現すまでそう時間はかからなかった。
もとより、傲慢さが背中合わせに在るほど優秀ではあったのだ。
より狂暴な感情が芽生えることによって、皮肉にも彼の力は花開いたのだった。
やがて、彼は。
ヨナタンが組織のトップへと上り詰め
『アンチ・メサイア』
と、呼ばれるに至るまで、あと──…
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる