メサイア

渡邉 幻月

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マルクト商店街

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「じゃー、明日から開始できるように装備揃えに行こう!」
リリンは既に机から離れ、ドアノブに手をかけている。市街地図を手に、慌ててカインはドアへ向かって歩き出す。

「装備品だと、西の目抜き通りらしい。東は日用品とか雑貨とかの商店だってさ。」
宿を出て、さて、となってカインが地図を広げて言う。
「そうなんだ。じゃあ西側に行ってみよーか。」
カインは地図を丁寧に折りたたんで、いつでも取り出せるようにと革のベストのポケットにしまう。その間にリリンは目抜き通りの西へと歩き出していた。

 西の目抜き通りも、当然のように賑わっていた。
とは言え、生きる上でなくてはならない食料品と違い、こちらの客層には偏りがあったし南北の通りに比べて人数も少なく感じられた。
 それでも、カインが故郷では目にしたことが無いくらいの人で溢れている。

「ここは重戦士用のお店っぽいね。」
看板を見上げ、店の入り口に展示してある商品とを見てリリンが言った。
「ここは関係ないから次行こ。」
「お、おう…」
あまり見かけない装備品が開け放しの入り口の奥に見える。カインはそれが気になったものの、リリンが先に進んでしまうので諦めてその場を離れた。
まあ、装備できないんじゃあな… と、酸っぱいブドウの狐のように、自分に言い聞かせる。
「ここは術士用だね、違う。そっちが軽戦士系! と思ったけど女性用かー。」
何件か素通りして、やっぱり興味深い物を見かけても関係ないとばっさり切り捨てるリリンに、買い物っていうより作業だな、と思うようになったカインだった。

「あ、ここ!」
リリンが立ち止まった。
カインが店を窺う。入り口には胸当てとハーフグリーブが展示してある。
「さ、行こ。」
リリンは店内に入っていった。カインは商品を眺めつつゆっくりと中へ進む。
 ここは軽戦士用の防具の店だ。重戦士のようなフルアーマー等は当然取り扱っていない。あるのは胸当て、ブーツ、ハーフグリーブ、帽子やサークレット、肘と膝用のプロテクターだ。あとはそれらの下に身につけるインナー。通常のものよりは丈夫に造られている物だ。それらが、用途や効果、素材で様々なものが揃えられている。
 店内には数人の客が商品を吟味していた。店員に熱心に相談している者から、一人でじっくり選んでいる者、様々だったが。
「胸当ては必須でしょ、ハーフグリーブとブーツか… グリーブはちょっと重そうだよね。」
「え? でもコレ、カッコいいよね?」
実用重視で装備品の候補を選んでいくリリンに対し、その重要性がイマイチ分かっていないカインはデザイン重視で装備品を見ている。
「んー、あ、店員さん、試着ってできる?」
カインの言葉に、説明より装備させた方が早いな、と睨んだリリンは近くに控えていた店員に声をかけた。
「大丈夫ですよ。どちらを試着されますか?」
恰幅の良い穏やかな雰囲気の女性が、にこやかに答えた。
「後から色々出てくると思うんだけど、まずはこのハーフグリーブとブーツを。」
と、手近にあった二つを指して、リリンが店員に答える。そうして、
「ちょっと両方試着してみてよ。動きやすい方で探そう。」
と、カインに提案する。
「動きやすい方?」
「カッコイイだけで選ぶと後で後悔するよ。キミはスピードがキモの軽戦士なんだから。」
リリンのセリフに釈然としないまま、カインは店員の手を借りながらまずはハーフグリーブを、次いでブーツを装備することになる。

「そのグリーブはどんな感じか、歩いてみて。」
リリンに言われ、店内の限られたスペースの中でカインは動いてみる。初めて装備するハーフグリーブは少しの違和感と重さが気になった。
「うん… なんか、重いな、コレ。あとなんか、固いっていうかなんか歩きにくい。」
基本、軽くなるように軽金属を素材にしているとは言え、金属は金属である。重さは当然無くならないし、他の素材に比べ固さもある。体の動きに合わせ柔軟に変形しない。防御力には優れるが、扱いにくさ故に熟練者向きの装備と言える。
「だよねー。じゃあ、こっちのブーツ。」
ブーツに履き替え、同じように店内を歩き回る。元々革製のブーツを装備していたのだ。強いて欠点をあげるなら新品ゆえの固さくらいだろう。
「うん、まあ、今までのと素材? が違うくらい? 履きなれてる分特に違和感とかは…」
「ね! あとは素材でどのブーツにするかなんだけど。」
リリンはブーツが並んでいる一角に視線を向ける。
「あ、このブーツにするわけじゃないんだね。」
自分のブーツに履き替えながら、リリンの視線を追う。
 よくよく見ればたくさんの種類があるようだ。ショートブーツからロングを通り越してサイハイブーツまで。デザインが微妙に違うし、素材も色々あるようだった。
「そうそう。とりあえず一式見繕った上で、素材とかで詰めてくよ。で、胸当て、ブーツ、ブーツだから膝のプロテクターでしょ、肘のプロテクターでしょ。頭は… サークレットかな。」
リリンがカインの装備品一式を決めていく。自分の好みが使えるとは限らないことを知ったカインは、この段階ではもう全てリリンに任せた方が良いな、と言う結論に至った。

…が、
「サークレット?」
これまたカインが聞いたことが無い言葉を、リリンが発した。
「ほら、あれ。」
リリンが鍵付きのショーケースを指して言う。そこには、宝石のついた輪っか(カインにはそう見える)が幾つも並べられていた。
「あれは?」
「こう、頭っていうか額に装備するやつね。宝石みたいなのはタリズマンみたいだから、帽子より良さそう。邪魔にもならないし。」
と、手振り付きで装備のイメージを説明するリリン。
「ちなみにタリズマンは知ってる?」
リリンの問いにカインは首を横に振る。
「元々は何でもない鉱石に、魔力とか霊力を籠めて何らかの効果が発現するように加工してあるんだよ。ねえ、店員さん、あのタリズマンはどこから流れてきたの?」
カインに軽く説明をしたリリンは、店員に確認を取る。
 そんなに簡単に手に入る物では無い。実際、タリズマン付きのサークレットだけが鍵付きのショーケースの中にある。細工が見事なだけのサークレットは他の商品のようにすぐ手に取れるよう陳列されているのにもかかわらず、だ。
「メサイアの皆様がご利用になられていた物、としか… より効果の高いタリズマンが手に入ると、皆さま売りに出されるんですよ。あの一角だけは、まあ、言い方は悪いですが全て中古品となります。」
店員が説明する。別に中古品に抵抗がある訳でもないのに何で困った顔をしたのかと、カインは不思議に思うがふと視界に入った値段を見て納得する。
タリズマン無しの新品より高い。
その辺りを気にすることなく、リリンは店員に答える。
「メサイアが使ってたなら、安心だね。」
「そうですね。中古でも、メサイアの皆様がご利用になっていました商品は人気が高いですね。」
ホッとした様子で、店員が答える。
「ありがとう。じゃ、選んでくよ。」
リリンとカインは商品に向き直る。時々店員のアドバイスを受けながら、試着も繰り返し各装備を絞り込んでいく。

 最終的に、霊力を上げる効果のあるタリズマンのついたサークレット、銀の胸当て、ロングブーツは革は革でも固さと軽さに定評のある怪物の皮が原料の物がリリンによって選ばれた。
 そして肘と膝のプロテクターは可動域重視で銀糸(銀を特殊な加工で糸のように細くしたもの・元が金属なので布等より防御力が高い)と柔軟さと軽さを出すために絹の糸を織り込んで作られたもの。
 怪物の皮は、メサイアが討伐した後に市場に流通させているのである所にはある物なのだと説明された。カインは自分が今まで身に着けていた動物の皮が原料の物と比べてみて、リリンに実戦向きじゃない、と言われたことに納得するのだった。
 結局、サークレットの他、肘と膝のプロテクターもメサイアが使用していた物を選んだ。金属製では重いし、革製では防御力が心許ないというのがリリンの意見だった。
「このプロテクターね、かなり上等品だよ。店員さんは霊力無いから気付いてないみたいだけど、銀糸は霊力で特殊加工されてる。」
こそっとリリンがカインに耳打ちした。教えないのか聞いてみると、見えない人に説明のしようがないとリリンは肩を竦めた。
 正直、そんなことはどうでも良いと言いたいくらいにはカインは動揺していた。
胸当てとブーツは新品だし、中古品のはずのサークレットとプロテクターは新品の物より高い。
幾らかの手持ちはあるが、とてもじゃないが全部の支払いができるほどではない。
流されるようにあれよあれよと決められ、値札を合計して今さらながらのことではあったが。
…失敗した。オレがしっかりしないとって思ったばっかりだったのに。
後悔しても今さらであるが。

「店員さん、現金の持ち合わせじゃ足りなそうなんだけど、この宝石で支払いでもいい?」
気が付くとけろっとした様子でリリンが交渉している。
「換金するの忘れちゃったんだよね。」
と肩を竦めて続けた。
「え? まあ、大丈夫ですけど… それなら換金されてからお支払いされますか? 商品はお取り置きしますよ。」
「いいの?」
「うちでは宝石の鑑定が難しいですから。それによくいらっしゃいますよ。現金だとかさばって旅には不向きだからと宝石に変えたはいいけど、換金を忘れてお買い物される方。」
慣れた様子で、商品を一つの籠にまとめながら店員は言う。
こちらで確保しておきますね、と、そのまま籠を店の奥にある棚にしまう。
「ホントー? うっかりがアタシだけじゃなくてよかったー。」
「宝石の換金は東の通りのすぐにありますよ。」
「ありがとー。ちょっと行ってくるね。」
そう言ってリリンはカインの袖を引いて、店を出るとそのまま東の目抜き通りを目指して歩く。

「ちょっと待った、え? お金?」
慌ててカインはリリンに声をかける。
「コレ、換金した方が良いみたいだから。」
立ち止まって、どこから出したのか巾着を開けて見せる。
大小さまざまな宝石が詰め込まれていた。
このまま買い物できるかなって思ってたんだけど、物々交換みたいに。ダメだったねー。と、軽くリリンは言うが、カインには見たことも無いくらいの量の宝石だ。
「これは…?」
恐る恐るカインは質問した。どっかから盗ってきたわけじゃありませんように。と、こっそり願いながら。
「マーモン様からお預かりした魔界産の宝石。あ、マーモン様はルシフェル様の下で財務管理してるお方。アタシよりずーっとずっと高位の魔王様。」
「使っていいの? それ。」
とりあえず正当な方法で入手したらしい。カインはほっと胸を撫で下ろす。が、換金すればかなりの金額になるだろうそれ。自分の装備品のために使っていいものなのだろうか、と言う不安も生まれてくる。
「キミの強化に必要なら幾らでも、とは言われてる。渋い顔してたから、本人の意思じゃなくてルシフェル様の命令かな?」
マーモン様って宝石とか貴金属が大好きなんだよねー、宝物庫がお宝でいっぱいなのを眺めるのが趣味なんだって。変だよねー。と、言いながらリリンは歩き出した。
なんて至れり尽くせりなんだろう。そして上司相手にけっこうボロクソ言ってるけど良いんだろうか。リリンの後を追いながらカインは思った。

 全部を換金しても持ち歩くのに不便、という結論から当座必要になりそうな文だけ換金することにしたリリン。自分の財布ではないので、特に意見を出すことも無く従うカイン。
すぐに先ほどの防具を扱う店に戻り、支払いを済ませる。
「ブーツは交換しちゃえば?」
と言うリリンの提案で、ブーツはその場で履き替える。今までの物は買い取ってもらうことにした。

 そのあと、軽戦士用の武器を取り扱う店を探し出してちょうどいい得物を探す。大ぶりのダガーから片手剣まで様々なものが整然と並べられていた。
 こちらは刃物だからだろう。全て鍵のかかったショーケースか、棚や壁にベルトで固定されている。
「何かお探しで?」
細身の初老の男性が声をかけてきた。物静かでバーテンの方が似合いそうな物腰柔らかな店員だな、とカインは思う。
「初心者も使いやすくて攻撃力もあるものかな。あ、装備するのは彼ね。」
リリンが店員に答える。
「然様で、そうですね。こちらは如何ですか。」
そう言って、店員は幾つかの得物を選び黒い無地の布が敷かれた台の上に丁寧に並べた。
柄にタリズマンがはめ込まれた大ぶりのダガーが一振り、レイピアが二振り、片手剣が一振り。
黒い生地の上で、細工の細部までが良く見えた。
「勝手には触れないの?」
店内に並ぶ他の商品に視線を向け、リリンが聞いた。
「そうですね。以前、お怪我をされたお客様がいらっしゃいましたので。」
「…ズブの素人がいたのね。」
リリンの一言に笑顔だけで返す店員にカインはますます故郷のバーテンダーの姿を重ねるのだった。
「ところで、どれにするの?」
カインは居た堪れなくなって、リリンに声をかけた。
「そーだね、片手剣かそっちの青い刀身のレイピアかな。あとはキミが使いやすいと思う方。」
リリンはさらっとカインに答える。
また、何かみえてるのかな? とカインは考えつつ、店員に確認して片手剣とレイピアをそれぞれ手に持ってみる。
重さは僅かに片手剣の方が重く感じられた。レイピアも片手剣も初めて扱うので、使い易いも何もカインには判別つけがたい。

「奥に、素振りができるスペースをご用意しておりますよ。」
決めかねていると、店員が穏やかに声をかけてきた。どのみちこのままでは決められないので、そのスペースを借りて素振りまでしてみることにした。
 慣れた手つきで選ばれなかった方のレイピアとダガーを元の場所に戻すと、店員は残った二振りを丁寧に持ち上げると、こちらへどうぞ、とカインに声をかけ店の奥へ歩き出した。カインとリリンは後についていく。
「素振りの時にね、重さだけじゃなくて、こう… 握った時の手の馴染み具合とか、こう… 振ってみて、腕に負担が無いかとかを確認してね。」
リリンが不安そうにしているカインに、手振り付きでアドバイスをする。
「ありがとう。触ったことも無いからさ、使い易いってどんな感じかも分かんないからどうしようかと思ったよ。」
あー、そんな顔してたね、とリリンが笑う。
衝立の向こう側に、店よりも一回り狭いくらいの空間があった。素振りのため、だからなのだろう。壁に全身鏡が一枚かかっているだけで、何もない。
「片手で失礼しますね。」
そう言って店員がカインにレイピアを手渡した。

 レイピア、片手剣、とそれぞれ順番にリリンのアドバイスのように振ってみる。
やっぱりレイピアの方が良いのかな? なんとなくカインは感じる。ほんの少しの軽さだけではなく、彼には言葉で説明できなかったが、相性の良さのようなものを感じていた。
「うん、うまく説明でき人だけど、レイピアの方が良いかな。」
「じゃあ、レイピアにしよっか。このスペース貸してくれてありがとう、あのレイピアにするね。」
カインの答えを聞いて、リリンが店員に購買の意思を伝える。
「ありがとうございます。」
穏やかな笑みを浮かべて、店員が答えた。
支払いを済ませ、店を出る。

「良い買い物したね!」
宿へ向かいながら、リリンがカインに話しかけた。
「うん? 費用もビックリするくらいしたけどな…」
カインは引きつった笑みを浮かべて答える。
「もとはじゅーぶん取れてるから! 実はそのレイピアも結構な掘り出し物だよ! 値段以上の価値があるよ。」
「…また、霊力で特殊加工されてんの?」
「そんな感じ。誰が作ったんだろうね?」
そう言えば、このレイピアは出所を聞かなかったな、とカインは思う。が、リリンが満足そうなので、選択に間違いは無かったんだな、と思うようにした。
金額は考えない。考えたら胃が痛くなるから。

「これで明日からの実戦もダイジョーブだね!」
「そうかぁ?」
いくら装備が良くても、中身はオレなのになぁ。と、カインの気分は重くなる。無傷かぁ。と、ため息を漏らす。
「まー、多少のケガは覚悟してね。」
「うん? 無傷じゃなくていいのか?」
あんまりにもインパクトが強すぎて、いつの間にかカインの中では期限の事は頭から消えていた。兎にも角にも、マルクトエリアは無傷でクリア、と印象付けられてしまっていた。
「初日からは期待してないから安心してよ。明日はとりあえず装備に慣れて?」
「それなら… 頑張るよ。キャラバンの人も、最初はケガいっぱいしたって言ってたしな。」
カインはティファレトまでの道中、キャラバン隊員と交わした会話の内容を思い出す。
強くなりたい。そう言ったカインとアベルに、その隊員は豪快な笑顔で応えてくれた。そうして自分の体験を道すがら二人に話してくれたのだった。
それは、選ばれた存在のメサイアであるヨナタンの話に比べ泥臭い印象が付き纏う。選ばれなかったが故の、苦悩と、地を這うような努力と。
何度も怪物に対峙して、何度も怪我をして、ようやくキャラバンの一員になれたこと。
今のカインには、ヨナタンの話より彼の話の方が役立ちそうに思われた。
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