メサイア

渡邉 幻月

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修行:マルクトエリア編

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遅い昼食を、南の目抜き通りの喫茶店で取ることになった。
一度、購入した装備品を置きに宿に戻る。宿の食堂も含め目抜き通りの食堂やレストランは、夕食時の開店向けて仕込みをしているようでほとんど閉まっているか喫茶のみの提供だった。
コーヒーとサンドイッチと言う典型的な軽食で小腹(と言うにはカインの腹は減りすぎていたが)を満たすと、ほんの少し空いた時間について話し合う。
霊力をあげるトレーニングは寝る前に、今の時間はカインはレイピアに慣れるために使うことにした。

部屋に戻ると、
「レイピアはね、こう、利き手側の足が前で…」
リリンは実際に構えて見せる。
右足はつま先を正面にして前に、左足は後ろに下げつま先は外側に向ける。レイピアは切っ先を標的に向けて構える。
「これが基本ね、真似してみて。あ、キミはちゃんとレイピア構えて。」

「慣れたら、左は持ってたダガーも使えるようになれば良いなって思ってるよ。」
「ああ、それでブーツとかみたいに売らなかったんだね。」
「取り合えず今はそのレイピアに慣れてね。」
リリンはカインの構えがある程度様になったと見て取ると、アタシは少し外に出るね、と部屋を出て行った。キミも好きにしていいよ、と言い残して。
カインは外に出る気分では無かったので、そのままレイピアに慣れようと自分なりにあれやこれやと部屋の中で可能な限り動いてみることにした。

夕食の時間に近付いた頃、リリンはカインを迎えに宿に戻ってきた。
今日はリリンが見付けてきた店で夕食を取ることになる。
エスニックな雰囲気の店に連れていかれる。既に、店の外までスパイシーな香りが漂っていた。
「戻ったら霊力を上げるトレーニングだから、消化の良さそうなものにした方がいいんじゃないかと思って。慣れるまではね。」
「ふうん? お腹いっぱいで眠くなるとか?」
「それもある。眠くならなくても集中しにくくなるし。」
それで香辛料とハーブの自己主張激しい料理なんだろうか、とリリンの話を聞きながら、目の前の料理を見るカインだった。
肉があるのは嬉しい。昼食が何だか分からないままに過ぎ去ったから。別に香辛料もハーブも嫌いじゃないが、程度の問題だとも思っているカインにとってメインも副菜もスープも香辛料とハーブに乗っ取られたような食卓は一瞬目を疑った。
が、それにも意味があるというのなら致し方あるまい、とカインはフォークを手にする。

宿に戻って、胃の中身もこなれてきた頃、
「トレーニングなんだけど。最初はアイテムの力を借りるよ。」
と、どこからともなくリリンは指輪を出して言った。
「それは?」
「千里眼の効果があるタリズマンが嵌められた指輪。コレ使っても疲れるから、千里眼は基本使わないことにしてるんだよねー。」
口ぶりから、あの指輪はリリンの私物なのかな? とカインは受け止める。どちらかと言うと、指輪の所有者よりも千里眼と言う聞きなれない言葉の方が気になった。
「千里眼って?」
「簡単に言えば遠くの物が見えたり隠されたものが見えたりする能力。この指輪使って閉じている眼を開くことで、霊力の流れを活性化させるのが今日の目的ね。これ身に着けたら横になって。」
カインはリリンの指示に従って指輪を身に着けると、ベッドに横たわった。
初回はぐらついて危険な場合がある、と言うのが理由だ。仰向けになったカインは胸のあたりで手を組む。
「じゃあ、目を閉じて。意識を眉間のあたりに集めて。」
リリンの指示に従って目を閉じる。集中してみる。
目を閉じたカインは気付けなかったが、指輪の宝石が輝きだした。

目を閉じているはずなのに、視界がぼんやりと光を帯び始めたことに、カインは気付く。
ああ、これが千里眼とかいうヤツなのかな、そう考えていると、爪先から額のあたりに向けて何かが流れていくような感覚を覚える。
「何か、が、一方通行に流れてる感覚あるよね? その流れを止めて、体中に均等に流れを変えて。」
リリンの声が遠くから聞こえる。
流れを止める? そして流れを変える? どうやって?
声を出そうとして、出ないことにカインは気付く。体がだんだん重くなっている。
「カイン! イメージして。流れを。水でも風でも炎でも、何でもいいから。流れに姿を与えてコントロールして!」
遠くでリリンが叫んでいる。さっきまで近くに居たはずなのに。
眉間の光が強くなって、何かが映っているみたいだ。ぼやけていてそれが何かまでは分からない。体が重くて、なんだか疲れてきた。
そう言えば、リリンが叫んでいた。流れに姿を与えろって。そうカインは思い至る。
体が焼けるようだ。それなら、コレは炎が良い。足元から、炎が。
「カイン! 早く!」
リリンの悲鳴が聞こえた。

あ、これを止めるんだっけ? どうやって? 止まれ! で止まるんだったら楽だけど…
うん? 動きが鈍くなった? じゃあ、止まれ!
カインは夢とも現とも分からない状況で、炎の流れが止まるよう命令する。
実際はその言葉がカインに炎が制止するイメージを持たせ、それによって流れが止まり炎はカインの体を包むに至った。
ええと、それで、どうするんだっけ? なんだか疲れて眠いんだけど… ここで寝たら後でリリンに怒られるよな。あ、そうだ。この炎が全身を流れるようにするんだっけ。
カインは疲労と睡魔に抗いながら、炎が全身を巡るイメージを何とか思い浮かべる。ゆっくりと、炎が巡り始めた。
きらきらと、炎が輝く。綺麗な赤い色に変化していく。
疲労と睡魔の間から、何か未知の力が湧いてくるようだった。
「カイン、もういいよ、起きて。」
リリンの声が、さっきより近くで聞こえた。
未知の力に後押しされるように、疲労と睡魔をかき分けてカインは目を開けた。

「良かった。」
リリンがほっとした表情を見せる。
カインはまず起き上がろうと体を捩るが、それだけで強い眩暈に襲われた。
「あ、しばらくそのままの方がいいよ。霊力が暴走しかかってたから。」
慌ててリリンがカインの上体をベッドに戻す。
霊力が暴走すると、魂が傷付いて最悪死んじゃうんだよね。とはリリン談。
「そういうことは先に言ってくれる?」
結果オーライではあるが、あのリリンの悲鳴と疲労の理由を知ってカインはため息を吐いた。

少し休んで調子が戻った後、カインはちゃんと寝るためにシャワーも着替えも済ませる。まだほんの少し怠い。明日に不安を抱きつつ、ベッドに入った。
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