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再会を夢見ているのは、おれだけなんだろうか
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サプフィールは、いつもの夢に苛まれて目が覚めた。あの時の、スピネルの顔がちらつく。不義理をしたと思っている。本当の事を何一つ話さぬまま、逃げるように彼の許から去った。
嫌いだったわけじゃない。憎んでいたわけでもない。そうじゃない、そうじゃなくて、おれは。
サプフィールはゆっくりと首を振った。今更だ。ただの言い訳だ。本当は、ずっと傍にいて欲しかったのに。
ここ最近、あの時のスピネルの顔を夢に見る。原因は分かっている。ベッドから滑り出して、サプフィールは溜息を吐いた。
「十年…」
もう、十年が過ぎた。叔父は三年前に隠居すると宣告して、二年ほど引き継ぎの時間をかけサプフィールに領主の座を譲った今は悠々自適の隠居生活を送っている。フィルマメント領は戦禍に焼かれ破壊し尽くされ復興は難しいだろうと判断した叔父の厚意でもあった。
サプフィールが領主の座について真っ先にしたことは、スピネルの消息を調べる事だった。調べてどうするかまでは考えてはいなかった。ただ、あんな別れ方をしたのに、それでも、心のどこかでまた会いたいと思っていた。
今さらなのかもしれない、そう思いながらも。そもそも叔父の手前、それまでスピネルに関することは発言さえ控えていた。いや、全部言い訳だ、とサプフィールは首を振った。
「傷付けたのは、おれなのにな…」
身支度を済ませたサプフィールが自嘲気味に呟く。あんな顔をさせてしまったのだ。今さら会いたいなんて言ったところで、きっと謝罪の言葉も何もかも受け入れてもらえず彼に一笑に付されて終わりだ。
まして、今のスピネルは――…
後悔している。もっと、他に出来ることがあったんじゃないだろうか。あの時、あんなにも自分に尽くしてくれた彼に対して。確かに言葉通り、叔父は報酬を弾んだ。けれど、そんな事じゃなかったはずだ。
スピネルが本当に金銭目的でおれに優しくしていたのなら、叔父が贈った報酬で今頃もっとまともな生活をしているはずなのだ。あれは、傷付いたからなのだろう。心が誇りが。だからあんな――…
スピネルのことを考える度、サプフィールはいつも泣きたくなる。今さらどうにもできないことだと言うのに、否だからこそ圧し潰されてしまいそうだ。鏡の向こう側には、あの日の火傷の痕を遺した自分が映っている。火傷の痕は、消そうと思えば消せた。治癒師の下に行くくらいのことは何でもないのだと、このピオッジャ領に着いてから何度も叔父に言われた言葉だ。でも、サプフィールは火傷の痕を消さないことを選択した。
火傷の痕まで消えてしまったら、スピネルとの繋がりまでもが消えてしまいそうで。
「我ながら女々しいな…」
火傷の痕に触れながら、鏡の向こうの自分に呟いた。
サプフィールは朝食を済ませると執務室に向かった。領主になってからのルーチンだ。食事も仕事も、ただの作業だ。思い入れも無く、ただ、淡々とこなすだけの。
いずれはこの領地を今はまだ幼い叔父の子に引き継ぐ考えでいる。以前はフィルマメント領の復興を考えていたこともあったが、今はそんな気も無くなった。何をしたい訳でもない。スピネルを不幸にしたまま自分のことだけを考えて生きていけない。ならばこの身分さえ余計なものだ、そう感じている。彼に対して何かが出来るわけでもないのにサプフィールは思い悩んでいた。ずっと。
「ご主人様。」
ノックの後に、ドアの向こう側で執事の自分を呼ぶ声がした。ノックだけで返事を待たず、声をかけてくるときは決まって急ぎの案件が舞い込んだ時だ。それか、スピネルに何かあったか。
「入れ。」
「失礼いたします。ご主人様、スピネル殿に付けている密偵より連絡がございました。こちらをご確認ください。」
執事は恭しく一礼をし、サプフィールに一通の報告書を差し出した。サプフィールはトレイからそれを取り上げると、中身を確認する。
どうせなら、何か領地などに係わる火急の要件だったらよかったのに。今さらスピネルに何かあっただなんて、悪い予感しかない。
報告書に目を通したサプフィールの顔色がサッと悪くなる。
『スピネル氏、喧嘩にて義手を損傷』
また、喧嘩だ。義手をそれも最高級の魔導具の義手を損傷するだなんて、いったいどんな大立ち回りをしたのだ。軽くめまいを覚えて、サプフィールは背もたれに身を預けた。
「差し出がましい発言をお許しください。」
執事は言った。
「なんだ。」
「スピネル殿がご主人様の命の恩人でいらっしゃることは、先代からも伺っております。ですが、もう十分感謝の意を示したのでは無いでしょうか。ご主人様が今も気にかけられる必要な無いのではありませんか。」
「…言いたいことはそれだけか?」
「スピネル殿がまっとうな生活をされた上で困っていらっしゃるのであれば、私めも何も申し上げることはございません。しかし…」
「ああ、いい。分かった。…これで最後にする。」
うんざりした様子で、サプフィールは執事の言葉を遮った。
うんざりしているのは、執事の言葉にか、今のスピネルにか、自分に対してなのか。サプフィールには分からない。だが、確かに今のままでは良くないことは理解出来る。彼の惨状を考えれば。
「護衛を何人か用意しろ。」
サプフィールは執事に命じた。
「ご主人様、まさか…」
執事はサッと顔色を変えた。続く彼の言葉を遮り、
「返事は?」
サプフィールは有無を言わせぬ一言を。ぴくりと肩を震わせ、
「…かしこまりました。」
一言答え恭しく一礼し、執事は執務室から出ていった。納得できないと、彼の顔には書いてあったがそれを主に見せる前に退出した。
「…。これで最後にするんだ、文句は無いだろう?」
サプフィールは執事の背中に向かって呟いた。最後に、一目見て、それで終わらせる。今までは、ずっと密偵からの報告書を読んでいただけだ。どれほど酷い有様なのか、この目で確かめたらこの行き場の無い気持ちにも決着がつけられるかもしれない。
「スピネル…」
サプフィールは彼の名を呟いて、目を閉じた。
嫌いだったわけじゃない。憎んでいたわけでもない。そうじゃない、そうじゃなくて、おれは。
サプフィールはゆっくりと首を振った。今更だ。ただの言い訳だ。本当は、ずっと傍にいて欲しかったのに。
ここ最近、あの時のスピネルの顔を夢に見る。原因は分かっている。ベッドから滑り出して、サプフィールは溜息を吐いた。
「十年…」
もう、十年が過ぎた。叔父は三年前に隠居すると宣告して、二年ほど引き継ぎの時間をかけサプフィールに領主の座を譲った今は悠々自適の隠居生活を送っている。フィルマメント領は戦禍に焼かれ破壊し尽くされ復興は難しいだろうと判断した叔父の厚意でもあった。
サプフィールが領主の座について真っ先にしたことは、スピネルの消息を調べる事だった。調べてどうするかまでは考えてはいなかった。ただ、あんな別れ方をしたのに、それでも、心のどこかでまた会いたいと思っていた。
今さらなのかもしれない、そう思いながらも。そもそも叔父の手前、それまでスピネルに関することは発言さえ控えていた。いや、全部言い訳だ、とサプフィールは首を振った。
「傷付けたのは、おれなのにな…」
身支度を済ませたサプフィールが自嘲気味に呟く。あんな顔をさせてしまったのだ。今さら会いたいなんて言ったところで、きっと謝罪の言葉も何もかも受け入れてもらえず彼に一笑に付されて終わりだ。
まして、今のスピネルは――…
後悔している。もっと、他に出来ることがあったんじゃないだろうか。あの時、あんなにも自分に尽くしてくれた彼に対して。確かに言葉通り、叔父は報酬を弾んだ。けれど、そんな事じゃなかったはずだ。
スピネルが本当に金銭目的でおれに優しくしていたのなら、叔父が贈った報酬で今頃もっとまともな生活をしているはずなのだ。あれは、傷付いたからなのだろう。心が誇りが。だからあんな――…
スピネルのことを考える度、サプフィールはいつも泣きたくなる。今さらどうにもできないことだと言うのに、否だからこそ圧し潰されてしまいそうだ。鏡の向こう側には、あの日の火傷の痕を遺した自分が映っている。火傷の痕は、消そうと思えば消せた。治癒師の下に行くくらいのことは何でもないのだと、このピオッジャ領に着いてから何度も叔父に言われた言葉だ。でも、サプフィールは火傷の痕を消さないことを選択した。
火傷の痕まで消えてしまったら、スピネルとの繋がりまでもが消えてしまいそうで。
「我ながら女々しいな…」
火傷の痕に触れながら、鏡の向こうの自分に呟いた。
サプフィールは朝食を済ませると執務室に向かった。領主になってからのルーチンだ。食事も仕事も、ただの作業だ。思い入れも無く、ただ、淡々とこなすだけの。
いずれはこの領地を今はまだ幼い叔父の子に引き継ぐ考えでいる。以前はフィルマメント領の復興を考えていたこともあったが、今はそんな気も無くなった。何をしたい訳でもない。スピネルを不幸にしたまま自分のことだけを考えて生きていけない。ならばこの身分さえ余計なものだ、そう感じている。彼に対して何かが出来るわけでもないのにサプフィールは思い悩んでいた。ずっと。
「ご主人様。」
ノックの後に、ドアの向こう側で執事の自分を呼ぶ声がした。ノックだけで返事を待たず、声をかけてくるときは決まって急ぎの案件が舞い込んだ時だ。それか、スピネルに何かあったか。
「入れ。」
「失礼いたします。ご主人様、スピネル殿に付けている密偵より連絡がございました。こちらをご確認ください。」
執事は恭しく一礼をし、サプフィールに一通の報告書を差し出した。サプフィールはトレイからそれを取り上げると、中身を確認する。
どうせなら、何か領地などに係わる火急の要件だったらよかったのに。今さらスピネルに何かあっただなんて、悪い予感しかない。
報告書に目を通したサプフィールの顔色がサッと悪くなる。
『スピネル氏、喧嘩にて義手を損傷』
また、喧嘩だ。義手をそれも最高級の魔導具の義手を損傷するだなんて、いったいどんな大立ち回りをしたのだ。軽くめまいを覚えて、サプフィールは背もたれに身を預けた。
「差し出がましい発言をお許しください。」
執事は言った。
「なんだ。」
「スピネル殿がご主人様の命の恩人でいらっしゃることは、先代からも伺っております。ですが、もう十分感謝の意を示したのでは無いでしょうか。ご主人様が今も気にかけられる必要な無いのではありませんか。」
「…言いたいことはそれだけか?」
「スピネル殿がまっとうな生活をされた上で困っていらっしゃるのであれば、私めも何も申し上げることはございません。しかし…」
「ああ、いい。分かった。…これで最後にする。」
うんざりした様子で、サプフィールは執事の言葉を遮った。
うんざりしているのは、執事の言葉にか、今のスピネルにか、自分に対してなのか。サプフィールには分からない。だが、確かに今のままでは良くないことは理解出来る。彼の惨状を考えれば。
「護衛を何人か用意しろ。」
サプフィールは執事に命じた。
「ご主人様、まさか…」
執事はサッと顔色を変えた。続く彼の言葉を遮り、
「返事は?」
サプフィールは有無を言わせぬ一言を。ぴくりと肩を震わせ、
「…かしこまりました。」
一言答え恭しく一礼し、執事は執務室から出ていった。納得できないと、彼の顔には書いてあったがそれを主に見せる前に退出した。
「…。これで最後にするんだ、文句は無いだろう?」
サプフィールは執事の背中に向かって呟いた。最後に、一目見て、それで終わらせる。今までは、ずっと密偵からの報告書を読んでいただけだ。どれほど酷い有様なのか、この目で確かめたらこの行き場の無い気持ちにも決着がつけられるかもしれない。
「スピネル…」
サプフィールは彼の名を呟いて、目を閉じた。
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