ルナーリア大陸の五英雄 Ⅰ 十年越しの初恋〜荒み切った英雄が最愛に再び巡り合うまで〜 ※旧タイトル:Primo amore

渡邉 幻月

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ふてぶてしい? 誉め言葉として受け取っておくぜ

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「サプフィール様に失礼のないようにな。」
そう言って、護衛の一人はスピネルを馬車に押し込もうとする。馬車の中ではサプフィールが退屈そうに窓の外を眺めているのが確認できた。
「あ? オレ乗っていいの? ご領主サマの馬車に? 一緒に?」
へらへらと、まるで護衛を挑発するようにスピネルは言う。
「致し方あるまい。」
本当に余計なことをするなよ、と念押ししてスピネルを馬車に押し込め、護衛は扉を閉じた。護衛たちがそれぞれ馬に乗ると、馬車が動き出す。

「なあ、アンタ。なんでオレを連れてきたんだ?」
暫く相手の様子を観察した後、スピネルは尋ねた。娼婦達の言っていた通り、男色家なんだろうか。見る限り、そんなニオイはしない。そもそも、なんであんな場末の酒場に乗り込んできたのか。乗り込んできた割には、一言も発せず本人はとんぼ返りだ。
 まあ、オレを連行したか。オレは何のために、どこに連れていかれる最中なのか。敵意はなさそうだし、護衛の連中も微妙に緊張感がない。ような気がする。
 領主サマは相変わらず窓の外を見ているようだ。とスピネルが判断したのは、仮面のせいで視線も表情も読めないからだ。頬杖をついて顔がわずかに窓側を向いているので、外を見ているはずだ、とスピネルは勝手に想像している。何をどう話しかけても彼はずっとだんまりだ。
「は、お偉いさんの考えることは分かんねぇぜ。」
話しかけても何の答えも返ってこない。このまま話しかけても埒が明かないと判断したスピネルは、着いたら起こしてくれ、そう言って瞼を閉じた。
 静かになったスピネルをサプフィールはただ見詰めていた。正直、どうしてこうなったと自分自身が思っている。最初は連れて帰るなんて考えてもいなかったのに。
『…それにしても放っておくと一人で話し続けるのは今も変わってないんだな。』
十年前と変わりない部分を見つけて、ほんの少しサプフィールの緊張は緩む。だけど、それでも。十年前と変わらないのがそれだけとは… 寂しすぎる。サプフィールはそっと唇を噛んだ。

 スピネルは驚いた。
領主の館に到着してみると、客室の中でも位が高そうな者が案内されそうな部屋に通された。お着替えください、と渡されたものも当然既製品であったが上質な素材のものだ。何が起こっているのか理解できない。ついでに執事は渋い顔をしていたので、自分がここに居るのは予定外の事なのだろうと察する。それにしても本当に渋い顔だ。後々タイミングが合ったら揶揄ってやろう。
 スピネルを驚かせた極めつけは、食事だった。軍人時代でも、勿論今も、口にしたことがない豪勢な料理。完全に客人それも最上級の扱いだろう。領主サマは同席しないのか、と料理が並ぶテーブルと、他に誰もいない食堂を交互に確認する。本当にどういうつもりなのか。

「酒場での暴言で処刑される、ってのも考えてたのになぁ…」
部屋に戻って、ベッドの端に腰を下ろしたスピネルが呟く。
暴言を吐いた自覚はある。今日は阿保の集団に絡まれて喧嘩をした。当然勝ったが、義手を壊してしまった。
絶対手を付けるまいと思っていた、ジャーダの叔父がよこした金、それで買った義手だ。当時の技術の最先端の特注品、それも魔工技師ミアハの作品だ。今でもそこら辺の高価な義手でも比べ物にならないくらいの性能の義手。どうせ手を付けてしまうなら、と有り金全て注ぎ込んだ、今でも気持ちの整理がつかないほど複雑な思い入れのあったソレが大破した。
思い入れがある割に大切に扱わなかったツケ問いのかもしれないが、それでも義手を壊され相当頭にきた。近年なかったほど、頭に血が上って思わず暴れまくってしまったが、あれ以上は牢にぶち込まれそうだったから諦めた。むしゃくしゃして仕方がないから、そのまま娼婦たちと飲みに行ったんだ。気分が晴れる前にアイツがきたから、つい絡んだんだ。

「もう、潮時ってことかぁ?」
ベッドに倒れこみ、短くなった腕を見る。二の腕半分から先が無い。本当は、あの金に手を付けるつもりはなかった。報酬のためにジャーダを助けたわけじゃない。あの金に手を付けたら、金銭目的だったみたいになりそうで、それが嫌で。だからこそギルドの口座に振り込まれたまま、放置していたのに。
 それなのに、ついにあの金に手を付けてしまった時。あの時、オレは死んだんだ、確かに。本当に死んでも良かった。ただ、本当に死んでしまう前に戦争を終わらせたかった。どこかで生きているだろうジャーダのために。
「ジャーダ…」
呟いて、自嘲する。あれは本名じゃなかった。オレが勝手につけた名前だ。いくら探したって見付かるはずがない。本名さえ知らないのだから。
 この、ピオッジャ領にさえいないのかもしれない。ピオッジャ領ネーヴェの豪商、ってのは嘘だったんだろうな、とスピネルは思う。仮に本当だったとして、こんなに探しても見付からないなら、戦争に巻き込まれたか野盗に襲われて命を落としたか。
 何もかも無駄だった。もうどうでもいい。ここの領主サマが何を企んでいようと、もう。スピネルは目を閉じた。

 サプフィールは執務室の机で頭を抱えていた。執事やメイドたちから、やたらと上がってくる苦情が彼を悩ませている。特に執事が多い。
「まさかここに連れて帰られるとは…」
から始まり、やれ態度が悪いだの、マナーが無いだの。
「あのふてぶてしい態度はどうにかなりませんかね。」
そう憤る執事が言うには、スピネルが、
『こりゃイイ待遇だな? 片腕が珍しいのか。それとも銀髪が珍しいか?』
そうニヤニヤと笑っていたそうだ。
「ご主人様の指示通り、十年前のこともここ一年来の送金のことも伝えておりませんが… 私めの堪忍袋の緒もそろそろ切れそうでございます。」
「…明日にはケリをつける。」
サプフィールはそう言って執事を宥めたところだった。
 深い溜め息を吐いた後、サプフィールは意を決して部屋を出た。仮面を着けることも忘れずに。

 どれくらい、そうしていたのか。ノックの音で、スピネルは目を開けた。窓の外の月はほんの少しだけ傾いていた。室内灯を点けて、ドアのもとに行く。
「…アンタか。」
ドアを開けてスピネルは一言。そこには、サプフィールが立っていた。
 男色家ってのは、結局本当の話なんだろうか。夕食の後にメイドに聞いてみたが、男を連れ込んだことは無いと言っていた。護衛たちはちゃんと実力で選んでますよー、美形じゃない人もいますもん。とメイドは笑っていた。美形は目立つからですかねー? その噂、私も聞いたことありますよ。ナイナイ、女好きではないですが、男好きってわけでもないと思いますー。つかみ所のない口調でつらつらとスピネルの問いに答えるメイドに、埒が明かなそうだと判断して適当に礼を言って、スピネルはそれ以上追及するのを止めたのだった。
でも、今ここに居る。オレの部屋の前に。こんな時間に。

「は、結局お気に召したのは何だ? 男色家の領主サマ? まあ、何でもいいけどな。いい待遇で迎えてもらったしな? いいぜ、買われてやっても。オレはどっちやりゃいいんだ? タチか? ネコか? どっちでもいいぜぇ? いい買い物したなあ、アンタ。」
こちらを侮辱しているようでその実自虐を含んだスピネルの言葉に、サプフィールは反論しようとして止めた。代わりに無言で彼の部屋に滑り込む。こんな投げ遣りな言葉が聞きたかった訳じゃない。
 そもそも、オレはどうしたいんだ。なんで連れ帰ったんだ。なんで今この部屋に来たんだ。自分の事も、スピネルの事も、何も分からない。…あとは、、もう成り行きに任せるだけだ。

「まだ、だんまりかよ。」
呆れた様子でスピネルが言った。
 室内灯はうすぼんやりとベッドの周囲を照らしている。カーテンの隙間から漏れる月の光が、スピネルの銀色の髪を照らしていた。
…ああ、月が。サプフィールの胸が痛んだ。月の光が胸に突き刺さる。あの頃と変わらず銀色にきらめく長く伸びた髪が十年と言う歳月を無言のうちに突き付けてくる。

「口もききたくねぇ相手とヤろうなんて、酔狂なことだな。」
そう言ってスピネルはベッドに腰を下ろす。そうは言ってみたものの、実際この領主サマは何を望んでいるんだ? と、彼の動きを視線で追う。
 視線の先の先のサプフィールは、ふらりとバルコニーへ近付く。そうしてカーテンを閉めた。
「んだよ、カーテンなら言やあさっきオレが閉めてやったのに。」
スピネルのその言葉にさえ答えず、サプフィールは続けて室内灯も消した。残るは、サプフィールがここまで来るために持っていた蝋燭の明かりだけだ。それもベッドサイドテーブルに置いた後、吹き消す。

 結局、噂の方が本当だった、ってことか? 一連の動きを観察していたスピネルはそう結論付ける。こんな暗闇で話し合いも交渉もないだろう。

 コトリ、と、何か硬いものを置く音が聞こえた。仮面か? よほど顔を見られたくないらしい。暗闇に沈んだ部屋で、スピネルはサプフィールの次の動きを待った。
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