水底の歌

渡邉 幻月

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 波の音と、深い闇。ただ、それだけ。
…それだけ?
波の音に紛れて、聞こえてくるのは。
怨嗟の声か。嘆きの歌か。
 波間に見えるのは、あれは…

「…っ!」
薄気味悪い夢に飛び起きる。呼吸が苦しいほどに鼓動は乱れている。

闇夜にたゆたう波間に見えたのは。

「…こんな夢に限って、起きても覚えてるなんて。」
嫌な汗まで吹き出してきた。

 今日で十六になる。そんな日に、こんな目覚め。体力までこそげ落ちるような。
なんて最悪な、十六才の幕開け。

 この嫌な夢自体は、ここ数日見ていた。と、思い出してまた陰鬱な気分になる。寝るのが怖いとまではいかなくても、休めた気はしない。何のために眠るのかと疑問が湧くくらいには。
ただ、今までは、ひたすら続く闇夜の海原と波の音。時々聞こえてくるすすり泣きのような音。ただそれだけだった。
 それだけでも十分、薄気味悪い夢ではあったけれど。

 悪夢を見たあと特有の、精神的にも身体的にも消耗させられた感じにうんざりしながら、時計を見る。
 午前六時。微妙な時間、と、呟く。
もう一度寝るには時間もない、それにまたこんな気味の悪い夢を見ても困る。今日はもう、早いけれど女学校へ登校する準備でもしてしまおうか─…
 いろいろ諦めて、身仕度をしようと立ち上がる。ふと、鏡が視界に入る。いつものこと。

うん?
 いつもの部屋、いつもの鏡、なのに、見知らぬ影がそこにあった。

 寝惚けているのか、いつもより早く目覚めたし、夢見も悪いし寝起きも最悪。だから。鏡に写るのは自分の姿のはず。
それが、あんな、あんな─…

「~~~~~~ッ!?」
声にならない悲鳴が出た。

 鏡の中には、見覚えのある私の顔、のような別人。瞳の色は血の色が透けて見え、肌の色もいつもより白くなっているように見える。
「まるで、ばけもの」胸の内に浮かんだ言葉を飲み込む。瞬間、恐怖が支配する。
 部屋の外に出れるはずもない。こんな姿、見られたら。茫然と立ち尽くす。

 穴の空くほど鏡を見つめても、何も変わらぬまま刻一刻と過ぎていく。

 今は昔か、それとも夢か。
現世うつつでないことを願うばかりと。
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