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人ノ部 其之壱 神々の黄昏を先導する神の子
十. 神殺し
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「…なんてことを。」
昏い目でフシノヤマを睨み、ヒルコは呟いた。
豪雨と暴風がたくさんの人を流していった。イナホの里は壊滅状態で、流されずに残ったのは氏神イナホの側近と、ヒルコの賛同者、そうして幾人かの子供たちだった。
明確な悪意があった訳ではない。だが、目的は明らかだ、そうヒルコは考えている。きっと居なくなっただけ新しく人どもを産めばいいと思っているのだろう。
「吐き気がする。」
同じ胎から生まれたと思いたくない。そう思うと同時に、いつかの憎悪と怨嗟が鮮明に黄泉返る。
和解も説得もあり得ない。ヒルコは、それまでほんの少しだけ残っていた兄弟神への情を綺麗に捨て去った。ヒルコの眼つきが変化したことに、イナホの里の誰も気付かなかった。それが幸か不幸かは誰にも分からない。ただ、ヒルコの暴走を誰も止めることなく、付き従うだけになった。
嵐による惨状は、残った人どもの心を深く抉った。家族を喪った悲しみは、氏神やフシノヤマの神々への信仰心を幾つも折ることになった。それまではヒルコの言葉に懐疑的だった者たちもヒルコの下に集った。
もちろん、その限りで無い者もいた。だが、荒れ狂った天候が里を襲ったように、ヒルコに深く心酔した者たちが暴徒になるまでそう時間は必要なかった。
今や、里人を多く喪ったイナホよりもヒルコの方が強かった。自らの狂信者を効率的に配置しイナホを追い詰めたヒルコは、その首を取った。もとよりケガレなど気にするはずもないヒルコには躊躇いなど無い。
ヒルコの雄叫びに、狂信者を包む熱気と狂気はより一層濃くなっていく。
次の悲劇は、里人の様子がおかしくなったことを不安に思った子供、ホヅミが里の異変をヒノキの里へ伝えるべく脱走したことにより起こった。何人もの大人たちが逃げるホヅミを追い、ついにヒノキの里を目の前にその首を刎ねた。
ヒルコの憎悪と怨嗟に根差した狂気は、人どもを呑み込み次々と氏神を屠っていくことになる。生き残っていた人族はほぼ全てがヒルコの信者となり、亜人たちは戦って果てるか、多くは辺境へと逃げていった。
人が生活しやすい平地のほとんどを掌握したヒルコは、
「人だけの国を造る!」
と高らかに宣言した。そうして城や城下町、城壁などを人どもに造るよう指示を出した後、単身フシノヤマに昇った。
全ての決着をつけるために。
「愚かな兄よ、なぜここへ来た。」
三貴神の一柱、大海原を支配する弟神が問う。
「そうだなあ… 復讐のため、と言えば納得するか?」
憎悪に染まった双眸が弟神たちを捉えている。人族以外を駆逐していった際に手に入れた、十拳剣を手にしている。少し切れ味が良いだけだったその剣は、幾柱もの神を屠ったことにより禍々しいほどの力を宿している。
「邪神に身を堕としてまで?」
月夜を支配する弟神が哀れなものを見るように、目を細め眉根を下げている。
「神などこの世に要らぬだろう。」
ヒルコは十拳剣を構えるや否や辺りを薙ぎ払う。そのひと振りで数柱の神々が屠られる。
「神殺しの邪神めが…!」
忌々し気に吐き捨てられた言葉に、ヒルコは不思議と胸が躍った。貶しているのだろうが、どうにも可笑しくて仕方がない。そうさせたのは自分たちだというのに。
高笑いながら、次々と兄弟神を殺していく。自分が生まれ変わっていくようだとヒルコは感じていた。まさしくそうだったのだろう。禍々しい邪神へと。八百万の神々の一柱を屠る度に力が漲り、何か違うモノへと変わっていく。良く分からない高揚感がヒルコを支配していた。
「…これはいかん。」
天地を照らす大神は呟いた。地獄のような有様に、大神は決心した。
「皆の者、岩屋戸へ!」
そうして大神はそう号令を下した。
生き残っていた神々は次々に岩屋戸へ逃げ込んだ。逃げるのか、と言うヒルコの言葉を無視し、挑発にも乗らずに。最後の一柱の神が逃げ込むと大きな岩でその入り口を固く閉じる。
「畜生が!」
全ての兄弟神を手にかけるつもりでこのフシノヤマに来たと言うのに、とヒルコは地団駄を踏むが、岩屋戸は固く閉ざされびくともしない。
暫くじっと岩屋戸を睨んでいたヒルコだったが、次第に冷静さを取り戻した。そうして改めて自分が邪神へ成りかかっていることに気付く。
これではいけない、とヒルコは思うが神殺しを成した今、放っておいても邪神化は進むだけだろう。
思い悩んだ末、ヒルコは神としての力を捨てることにした。今ある神としての力の全てを使い、岩屋戸に封印をしようと思い至ったのだ。逃げ込んだというなら、それはそれで好都合ではある。二度と出られぬよう、全ての力を使い切ればよい。
ヒルコは十拳剣を構えた。
昏い目でフシノヤマを睨み、ヒルコは呟いた。
豪雨と暴風がたくさんの人を流していった。イナホの里は壊滅状態で、流されずに残ったのは氏神イナホの側近と、ヒルコの賛同者、そうして幾人かの子供たちだった。
明確な悪意があった訳ではない。だが、目的は明らかだ、そうヒルコは考えている。きっと居なくなっただけ新しく人どもを産めばいいと思っているのだろう。
「吐き気がする。」
同じ胎から生まれたと思いたくない。そう思うと同時に、いつかの憎悪と怨嗟が鮮明に黄泉返る。
和解も説得もあり得ない。ヒルコは、それまでほんの少しだけ残っていた兄弟神への情を綺麗に捨て去った。ヒルコの眼つきが変化したことに、イナホの里の誰も気付かなかった。それが幸か不幸かは誰にも分からない。ただ、ヒルコの暴走を誰も止めることなく、付き従うだけになった。
嵐による惨状は、残った人どもの心を深く抉った。家族を喪った悲しみは、氏神やフシノヤマの神々への信仰心を幾つも折ることになった。それまではヒルコの言葉に懐疑的だった者たちもヒルコの下に集った。
もちろん、その限りで無い者もいた。だが、荒れ狂った天候が里を襲ったように、ヒルコに深く心酔した者たちが暴徒になるまでそう時間は必要なかった。
今や、里人を多く喪ったイナホよりもヒルコの方が強かった。自らの狂信者を効率的に配置しイナホを追い詰めたヒルコは、その首を取った。もとよりケガレなど気にするはずもないヒルコには躊躇いなど無い。
ヒルコの雄叫びに、狂信者を包む熱気と狂気はより一層濃くなっていく。
次の悲劇は、里人の様子がおかしくなったことを不安に思った子供、ホヅミが里の異変をヒノキの里へ伝えるべく脱走したことにより起こった。何人もの大人たちが逃げるホヅミを追い、ついにヒノキの里を目の前にその首を刎ねた。
ヒルコの憎悪と怨嗟に根差した狂気は、人どもを呑み込み次々と氏神を屠っていくことになる。生き残っていた人族はほぼ全てがヒルコの信者となり、亜人たちは戦って果てるか、多くは辺境へと逃げていった。
人が生活しやすい平地のほとんどを掌握したヒルコは、
「人だけの国を造る!」
と高らかに宣言した。そうして城や城下町、城壁などを人どもに造るよう指示を出した後、単身フシノヤマに昇った。
全ての決着をつけるために。
「愚かな兄よ、なぜここへ来た。」
三貴神の一柱、大海原を支配する弟神が問う。
「そうだなあ… 復讐のため、と言えば納得するか?」
憎悪に染まった双眸が弟神たちを捉えている。人族以外を駆逐していった際に手に入れた、十拳剣を手にしている。少し切れ味が良いだけだったその剣は、幾柱もの神を屠ったことにより禍々しいほどの力を宿している。
「邪神に身を堕としてまで?」
月夜を支配する弟神が哀れなものを見るように、目を細め眉根を下げている。
「神などこの世に要らぬだろう。」
ヒルコは十拳剣を構えるや否や辺りを薙ぎ払う。そのひと振りで数柱の神々が屠られる。
「神殺しの邪神めが…!」
忌々し気に吐き捨てられた言葉に、ヒルコは不思議と胸が躍った。貶しているのだろうが、どうにも可笑しくて仕方がない。そうさせたのは自分たちだというのに。
高笑いながら、次々と兄弟神を殺していく。自分が生まれ変わっていくようだとヒルコは感じていた。まさしくそうだったのだろう。禍々しい邪神へと。八百万の神々の一柱を屠る度に力が漲り、何か違うモノへと変わっていく。良く分からない高揚感がヒルコを支配していた。
「…これはいかん。」
天地を照らす大神は呟いた。地獄のような有様に、大神は決心した。
「皆の者、岩屋戸へ!」
そうして大神はそう号令を下した。
生き残っていた神々は次々に岩屋戸へ逃げ込んだ。逃げるのか、と言うヒルコの言葉を無視し、挑発にも乗らずに。最後の一柱の神が逃げ込むと大きな岩でその入り口を固く閉じる。
「畜生が!」
全ての兄弟神を手にかけるつもりでこのフシノヤマに来たと言うのに、とヒルコは地団駄を踏むが、岩屋戸は固く閉ざされびくともしない。
暫くじっと岩屋戸を睨んでいたヒルコだったが、次第に冷静さを取り戻した。そうして改めて自分が邪神へ成りかかっていることに気付く。
これではいけない、とヒルコは思うが神殺しを成した今、放っておいても邪神化は進むだけだろう。
思い悩んだ末、ヒルコは神としての力を捨てることにした。今ある神としての力の全てを使い、岩屋戸に封印をしようと思い至ったのだ。逃げ込んだというなら、それはそれで好都合ではある。二度と出られぬよう、全ての力を使い切ればよい。
ヒルコは十拳剣を構えた。
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