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第13話
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朝早く目覚めたマコトは、軽く顔を洗って庭に出た。
雑草の一本も生えていない小さな庭で準備運動をし、しっかりと身体を伸ばす。
立て掛けていた木剣を手に取り、正眼に構えて素振りを始めた。
早朝の素振りはマコトの日課となっており、これをする為に庭付きの家を借りていた。
素振りの後はクレイグ直伝の型を行い、ほどよく汗をかいたところで朝練を終えた。
木剣を壁に立て掛けると、マコトは近くにある大衆浴場へ向かった。
家を出てギルドとは反対方向へ歩いて5分。
浴場とギルドが近く、庭があるという条件が、マコトが家を借りるにあたって求めたものだった。
現代日本に生まれたマコトは毎日の風呂だけは譲れなかったのだ。
ともあれ、早朝から浴場に集う物好き達数人に混じって汗を洗い流したマコトは、陽気に口笛を吹きながら家へ帰った。
途中で行き付けのパン屋に寄り、朝御飯として数個のパンを買い、家でそのパンを食した。
ここまでが二ヶ月前からのマコトの日課である。
無事に日課を終えたマコトは、レイラとのデートに向けて準備をするのであった。
昼前に家を出たマコトはゆっくりとギルドへ向かう。
女の子とのデートという事で、いつもの簡素な布の服ではなくジャケットを着用して着飾っている。
その足取りは穏やかなものだが、胸の鼓動はいつもより早くなっていた。
学生の頃に彼女といえる女性がいた事は何度かある。
マコトが初めて女性と付き合ったのは高校一年生の頃だったが、大学を卒業するまでには四人の女性との交際経験を持っていた。
将来を考えるほど真剣に付き合った事もあれば、場の雰囲気や勢いで付き合ってしまった事もあった。
最短記録は三番目の彼女との半年だ。
最長記録は四番目の彼女との三年である。
彼女達と共に良い経験も悪い経験もしてきたマコトは、勿論デートをした回数もそれなりに多い。
今更女の子と出かけるだけで緊張するほど初心ではないが、男として高揚するのはまた別の話だ。
歳を考えたら生涯の伴侶として見るにはまだ若いレイラだが、容姿は完全に美少女のそれだ。
むしろこの世界の価値観で言うならば今すぐに結婚したとしても全く問題はないのだが、マコトとしては高校三年生に手を出すような忌避感があった。
だがレイラの可憐さはマコトも認めるところである。
おまけに自分にはっきりとした好意を示してくれている。
マコトも一人の男として、何も感じずにはいられないのだった。
ともあれ、社会人になってから久しく感じていなかった高揚を楽しみながら歩くこと10分。
ギルドの直近にあるギルド職員寮に到着したマコトは、門の前に立つ守衛に話しかけた。
デートの際はいつもマコトが迎えに来ていた為、守衛もマコトの顔を覚えており、話はスムーズに進んだ。
守衛が寮に入り、マコトが来た事をレイラに伝える。
ややあってレイラが寮から出てきた。
外を出歩いても違和感のない、派手すぎないドレスを身に纏った彼女は、良家の娘然としていた。
思わず一瞬見とれてしまうが、すぐに頭を振って冷静になる。
こちらに向かってくるレイラに微笑みかけ、彼女の手を取った。
片足を引いて屈み、彼女の手の甲に軽くキスをした。
これは婦人を迎える時の作法らしく、初めてレイラとデートした時に習ったものだ。
未だに慣れないこの作法だが、最初に比べると自然に行えるようになった。
「こんにちは、レイラさん。」
「こんにちは、マコトさん。お待たせしてすみません。」
「いえ、お気になさらず。それでは、行きましょうか。」
「はい!」
マコトの優しげな微笑みに嬉しそうに頷いたレイラは、マコトが差し出した腕に抱き着いた。
商業区に近付く程に、人通りは多くなっていった。
道端に敷物を広げる露店商が多くなり、人々は忙しそうにそれらを見ていく。
食べ物の屋台なんかもいくつも出ており、人々の笑い声が絶えなかった。
「凄い人だかりですね。」
「年に一度のお祭りですからね。マコトさん、何か見たいものはありますか?」
「んー……何があるのかもよくわからないので……レイラさんは何かありますか?」
「いえ、私も特にありません。」
「なら、とりあえず色々と見て回りましょうか。あ、その前にお昼にします?」
「そうですね。あちらに食べ物の屋台などが集まったエリアがあるので、そちらに行きましょうか。」
レイラに教えてもらいながら進み、いくつもの屋台が並ぶエリアに来た。
「おぉ……良い匂いだ……。」
食欲を誘う薫りにマコトは大きく深呼吸をした。
「色んな街や国の郷土料理なんかもあるんですよ!」
「それは楽しみだ。早速行きましょう!」
マコトはレイラと共に様々な屋台を見て周り、あれこれと少しずつ買っては食していった。
羊の肉と玉ねぎを焼いてもちもちとした食感のパンに挟み、ピリ辛のスパイスソースをかけたもの。
海鮮素材と野菜がたっぷり入ったコンソメスープ。
ローストした七面鳥の肉に甘酸っぱい果物のソースをかけてパンに挟んだもの。
ここまではマコトのいた世界でも食べられそうなものだが、他にも異世界特有のものもあった。
汗豚というシロップのように甘い液体を汗のように分泌する豚の肉を、その豚から分泌された液体で煮詰めたもの。
甘い豚の汗、と聞いて若干引いたマコトだったが、レイラや周囲の人々は気にした様子もなく美味しそうに食べていた。
意を決して食べたマコトは、思わぬ美味しさに目を見開いて驚いた。
ボンバートマトという収穫前に強い刺激を与えたら爆発して辺りに中身を撒き散らすトマトを、丁寧に収穫して砂糖に漬けたもの。
ボンバートマトは収穫して三日寝かせると爆発はしなくなるが、収穫前の名残なのか、口の中で噛むと驚くほど多くの汁が飛び出てくるものだった。
泥鮫という湿地の泥の中を泳ぐ小さな鮫の肉を調理したもの。
泥鮫は様々な工程を経てようやく肉の泥臭さが消える面倒な食材らしいが、それだけの労力を費やす価値があるほど美味しいものだった。
レイラの要望でお互いに食べさせあった時は、流石にマコトも恥ずかしさに赤面したが、レイラはそれ以上に顔を赤らめていた。
しかし、赤面しつつも嬉しそうに笑うレイラを見て、マコトは大商市に来て良かったと心から思うのであった。
腹ごしらえをしたマコト達は大商市を見て回った。
価値のよくわからないガラクタのような物から、珍しい魔道具まで様々なものがあちこちで売られていた。
レイラは他国の衣類や装飾具などに興味を示していた。
マコトは珍しくて便利な魔道具をいくつか購入した。
中に入れた液体に炭酸を注入する筒のような魔道具。
あらゆる角度から自分を見る事ができる鏡の魔道具。
手足に付けると設定した重さに変化する訓練用の枷の魔道具。
カメラのように撮影して記録する魔道具。
ストップウォッチのように時間を計れる時計の魔道具。
など、様々な魔道具を手に入れる事ができた。
実際に使うかは別として、マコトは珍しい魔道具を集めるのが趣味となりつつあった。
店を見て回った後は、大きなテントの中で行われていたサーカスのようなものや、舞台演劇のようなものを観た。
気付いた時には空は濃い茜色に染まっており、東の空はほのかに暗くなっていた。
半分ほどの店は既に閉めており、その他の店も店仕舞いの準備を始めようとしていた。道行く人々も少なくなり、歩くのに不自由しなくなった。
祭りの終わりを予感させる寂寥感が場を包む中、マコトは立ち止まり、自分の腕に抱き着いているレイラに顔を向ける。
レイラはマコトの腕を抱いたまま、上目遣いに彼を見上げた。
仄かに瞳を潤ませ、寂しそうな顔をしている。
「………終わってしまいましたね。」
「そうですね……。」
何となく気まずい空気を払拭しようと、マコトは努めて明るく言った。
「レイラさん、今日は誘ってくれてありがとうございました。今日一日、すごく楽しかったです!」
すると、レイラも小さく笑みを浮かべて言葉を返す。
「……はい、私もとっても楽しかったです。ありがとうございました。」
「それで、お礼と言ってはなんですが………これを。」
マコトは紙袋から取り出した小包をレイラに渡す。
「これは……?」
「開けてみて下さい。」
困惑するレイラにそう言うと、彼女は丁寧に包みを剥がし、中に入っていた箱を開けた。
「あっ……こ、これ!」
レイラが驚きの声を上げる。
中に入っていたのは、深い赤の石がついている銀細工のネックレスであった。
このネックレスは魔道具でもあり、赤い石は魔石を宝石のようにカットして磨いたものであった。
効果は、病気などへの抵抗を高め、疲労を軽減するというものだ。
「レイラさん、それ気に入ってましたよね?今日は本当に楽しかったので、何かお礼をしたいと思いまして。」
「そ、そうですけど………でも、こんな高いものをいただく訳には…!」
このネックレス、魔道具としての効果はなかなかに高いようで、価格もそれに応じて高価となっていた。
レイラもかなり惹かれていたが、その値段を見て諦めていたのだ。
「貰って下さい。レイラさんにはいつも支えられていますから。そのお礼も兼ねているんです。」
「いつもって………私は何もしていません。」
「そんな事はありませんよ。レイラさんが待っていてくれるから、私は迷宮で頑張れるのです。」
その言葉はマコトの本心であった。
マコトは、迷宮の探索を終えてギルドに行った時の、レイラの笑顔を楽しみにしている自分に気付いていた。
それが男として一人の女性に向ける恋愛感情とは少し異なるとは思っているが、自分の生き甲斐の一つになっている事は確かな事実であった。
「そ、そんな………えっと、その…………」
レイラが目に涙を浮かべて俯く。
慌てたマコトが彼女の肩に手を置いた。
「す、すみませんレイラさん。ご迷惑でしたか?」
「ち、違います!違うんです……その、嬉しくて……。」
レイラは涙を拭きながら首を振った。
「私、もしかしたらマコトさんのご迷惑になってるんじゃないかって………私なんかに好かれて、本当は嫌がってるんじゃないかって………そんな事考えて………」
「そんな事ありませんよ!私がレイラさんを嫌うなんて、絶対にあり得ません!」
「良かったです……本当に、良かった…………。」
暫し泣いていたレイラが、やがて顔を上げた。
目は潤んでおり、目元は赤くなっている。
「あの、マコトさん……このネックレス、私に着けてくれませんか?」
「はい、わかりました。」
上目遣いで頼まれてドキッとしたマコトは思わず頷いた。
ネックレスを受け取って留め具を外す。
レイラの首に優しく回し、留め具をつけた。
後ろに下がろうとしたその瞬間、マコトの頬に手をやったレイラは、マコトを引き寄せてその唇に口付けをした。
突然の出来事に驚きを隠せないマコト。
ややあって唇を離したレイラは、これ以上ないほど顔を赤くしていた。
「レイラさん……?」
「ごめんなさいマコトさん。でも、もう我慢できません。マコトさんのせいで、私も本気になっちゃいましたから。」
その瞳は潤みながらも熱く燃え上がっており、決意を秘めた乙女のものだった。
「私、もう諦められませんよ。マコトさんの事、どうしようもなく、好きになってしまいました。」
かつてこれほど真っ直ぐに想いを伝えられた事があっただろうか。
「レイラさん…………その、私は……」
「わかっています。マコトさんが、まだ私を意識してくれていない事。でも、これからは違います。必ず貴方を、振り向かせてみせます。」
「何故、私にそこまで………こんな優柔不断な男を……?」
「優柔不断とはちょっと違うと思います。マコトさんの故郷では、私くらいの年齢はまだ大人とは言われないんですよね?それなら一人の女性として見られないのも仕方ないです。それに、実際に私とマコトさんは年齢が少し離れていますから。」
滔々と語るレイラが大人っぽく見え、マコトは言葉も返せない。
「でも、それでも諦めないと決めました。それに、あまり待つつもりもありません。大人になるまでなんて、もう待てません。一刻も早く、貴方を落としてみせます。」
「落とすって………。」
「それくらい本気だということです。」
レイラの眼差しは真剣だが、恥ずかしい事を言っている自覚はあるのか、顔は赤くなっていた。
その決意の重さを察したマコトは、諦めたように肩の力を抜いた。
「………レイラさん。」
「はい、なんでしょう?」
「貴女は強い人ですね。」
「…………?」
レイラは首を傾げている。
「私も、貴女に惚れそうです。」
目をパチクリとしたレイラは、次第に再び赤面する。
先程よりも赤くなって目も潤んでいるが、次には嬉しそうに笑みを浮かべた。
それに返すように微笑んだマコトの顔も、レイラに負けず劣らず赤く染まっていた。
雑草の一本も生えていない小さな庭で準備運動をし、しっかりと身体を伸ばす。
立て掛けていた木剣を手に取り、正眼に構えて素振りを始めた。
早朝の素振りはマコトの日課となっており、これをする為に庭付きの家を借りていた。
素振りの後はクレイグ直伝の型を行い、ほどよく汗をかいたところで朝練を終えた。
木剣を壁に立て掛けると、マコトは近くにある大衆浴場へ向かった。
家を出てギルドとは反対方向へ歩いて5分。
浴場とギルドが近く、庭があるという条件が、マコトが家を借りるにあたって求めたものだった。
現代日本に生まれたマコトは毎日の風呂だけは譲れなかったのだ。
ともあれ、早朝から浴場に集う物好き達数人に混じって汗を洗い流したマコトは、陽気に口笛を吹きながら家へ帰った。
途中で行き付けのパン屋に寄り、朝御飯として数個のパンを買い、家でそのパンを食した。
ここまでが二ヶ月前からのマコトの日課である。
無事に日課を終えたマコトは、レイラとのデートに向けて準備をするのであった。
昼前に家を出たマコトはゆっくりとギルドへ向かう。
女の子とのデートという事で、いつもの簡素な布の服ではなくジャケットを着用して着飾っている。
その足取りは穏やかなものだが、胸の鼓動はいつもより早くなっていた。
学生の頃に彼女といえる女性がいた事は何度かある。
マコトが初めて女性と付き合ったのは高校一年生の頃だったが、大学を卒業するまでには四人の女性との交際経験を持っていた。
将来を考えるほど真剣に付き合った事もあれば、場の雰囲気や勢いで付き合ってしまった事もあった。
最短記録は三番目の彼女との半年だ。
最長記録は四番目の彼女との三年である。
彼女達と共に良い経験も悪い経験もしてきたマコトは、勿論デートをした回数もそれなりに多い。
今更女の子と出かけるだけで緊張するほど初心ではないが、男として高揚するのはまた別の話だ。
歳を考えたら生涯の伴侶として見るにはまだ若いレイラだが、容姿は完全に美少女のそれだ。
むしろこの世界の価値観で言うならば今すぐに結婚したとしても全く問題はないのだが、マコトとしては高校三年生に手を出すような忌避感があった。
だがレイラの可憐さはマコトも認めるところである。
おまけに自分にはっきりとした好意を示してくれている。
マコトも一人の男として、何も感じずにはいられないのだった。
ともあれ、社会人になってから久しく感じていなかった高揚を楽しみながら歩くこと10分。
ギルドの直近にあるギルド職員寮に到着したマコトは、門の前に立つ守衛に話しかけた。
デートの際はいつもマコトが迎えに来ていた為、守衛もマコトの顔を覚えており、話はスムーズに進んだ。
守衛が寮に入り、マコトが来た事をレイラに伝える。
ややあってレイラが寮から出てきた。
外を出歩いても違和感のない、派手すぎないドレスを身に纏った彼女は、良家の娘然としていた。
思わず一瞬見とれてしまうが、すぐに頭を振って冷静になる。
こちらに向かってくるレイラに微笑みかけ、彼女の手を取った。
片足を引いて屈み、彼女の手の甲に軽くキスをした。
これは婦人を迎える時の作法らしく、初めてレイラとデートした時に習ったものだ。
未だに慣れないこの作法だが、最初に比べると自然に行えるようになった。
「こんにちは、レイラさん。」
「こんにちは、マコトさん。お待たせしてすみません。」
「いえ、お気になさらず。それでは、行きましょうか。」
「はい!」
マコトの優しげな微笑みに嬉しそうに頷いたレイラは、マコトが差し出した腕に抱き着いた。
商業区に近付く程に、人通りは多くなっていった。
道端に敷物を広げる露店商が多くなり、人々は忙しそうにそれらを見ていく。
食べ物の屋台なんかもいくつも出ており、人々の笑い声が絶えなかった。
「凄い人だかりですね。」
「年に一度のお祭りですからね。マコトさん、何か見たいものはありますか?」
「んー……何があるのかもよくわからないので……レイラさんは何かありますか?」
「いえ、私も特にありません。」
「なら、とりあえず色々と見て回りましょうか。あ、その前にお昼にします?」
「そうですね。あちらに食べ物の屋台などが集まったエリアがあるので、そちらに行きましょうか。」
レイラに教えてもらいながら進み、いくつもの屋台が並ぶエリアに来た。
「おぉ……良い匂いだ……。」
食欲を誘う薫りにマコトは大きく深呼吸をした。
「色んな街や国の郷土料理なんかもあるんですよ!」
「それは楽しみだ。早速行きましょう!」
マコトはレイラと共に様々な屋台を見て周り、あれこれと少しずつ買っては食していった。
羊の肉と玉ねぎを焼いてもちもちとした食感のパンに挟み、ピリ辛のスパイスソースをかけたもの。
海鮮素材と野菜がたっぷり入ったコンソメスープ。
ローストした七面鳥の肉に甘酸っぱい果物のソースをかけてパンに挟んだもの。
ここまではマコトのいた世界でも食べられそうなものだが、他にも異世界特有のものもあった。
汗豚というシロップのように甘い液体を汗のように分泌する豚の肉を、その豚から分泌された液体で煮詰めたもの。
甘い豚の汗、と聞いて若干引いたマコトだったが、レイラや周囲の人々は気にした様子もなく美味しそうに食べていた。
意を決して食べたマコトは、思わぬ美味しさに目を見開いて驚いた。
ボンバートマトという収穫前に強い刺激を与えたら爆発して辺りに中身を撒き散らすトマトを、丁寧に収穫して砂糖に漬けたもの。
ボンバートマトは収穫して三日寝かせると爆発はしなくなるが、収穫前の名残なのか、口の中で噛むと驚くほど多くの汁が飛び出てくるものだった。
泥鮫という湿地の泥の中を泳ぐ小さな鮫の肉を調理したもの。
泥鮫は様々な工程を経てようやく肉の泥臭さが消える面倒な食材らしいが、それだけの労力を費やす価値があるほど美味しいものだった。
レイラの要望でお互いに食べさせあった時は、流石にマコトも恥ずかしさに赤面したが、レイラはそれ以上に顔を赤らめていた。
しかし、赤面しつつも嬉しそうに笑うレイラを見て、マコトは大商市に来て良かったと心から思うのであった。
腹ごしらえをしたマコト達は大商市を見て回った。
価値のよくわからないガラクタのような物から、珍しい魔道具まで様々なものがあちこちで売られていた。
レイラは他国の衣類や装飾具などに興味を示していた。
マコトは珍しくて便利な魔道具をいくつか購入した。
中に入れた液体に炭酸を注入する筒のような魔道具。
あらゆる角度から自分を見る事ができる鏡の魔道具。
手足に付けると設定した重さに変化する訓練用の枷の魔道具。
カメラのように撮影して記録する魔道具。
ストップウォッチのように時間を計れる時計の魔道具。
など、様々な魔道具を手に入れる事ができた。
実際に使うかは別として、マコトは珍しい魔道具を集めるのが趣味となりつつあった。
店を見て回った後は、大きなテントの中で行われていたサーカスのようなものや、舞台演劇のようなものを観た。
気付いた時には空は濃い茜色に染まっており、東の空はほのかに暗くなっていた。
半分ほどの店は既に閉めており、その他の店も店仕舞いの準備を始めようとしていた。道行く人々も少なくなり、歩くのに不自由しなくなった。
祭りの終わりを予感させる寂寥感が場を包む中、マコトは立ち止まり、自分の腕に抱き着いているレイラに顔を向ける。
レイラはマコトの腕を抱いたまま、上目遣いに彼を見上げた。
仄かに瞳を潤ませ、寂しそうな顔をしている。
「………終わってしまいましたね。」
「そうですね……。」
何となく気まずい空気を払拭しようと、マコトは努めて明るく言った。
「レイラさん、今日は誘ってくれてありがとうございました。今日一日、すごく楽しかったです!」
すると、レイラも小さく笑みを浮かべて言葉を返す。
「……はい、私もとっても楽しかったです。ありがとうございました。」
「それで、お礼と言ってはなんですが………これを。」
マコトは紙袋から取り出した小包をレイラに渡す。
「これは……?」
「開けてみて下さい。」
困惑するレイラにそう言うと、彼女は丁寧に包みを剥がし、中に入っていた箱を開けた。
「あっ……こ、これ!」
レイラが驚きの声を上げる。
中に入っていたのは、深い赤の石がついている銀細工のネックレスであった。
このネックレスは魔道具でもあり、赤い石は魔石を宝石のようにカットして磨いたものであった。
効果は、病気などへの抵抗を高め、疲労を軽減するというものだ。
「レイラさん、それ気に入ってましたよね?今日は本当に楽しかったので、何かお礼をしたいと思いまして。」
「そ、そうですけど………でも、こんな高いものをいただく訳には…!」
このネックレス、魔道具としての効果はなかなかに高いようで、価格もそれに応じて高価となっていた。
レイラもかなり惹かれていたが、その値段を見て諦めていたのだ。
「貰って下さい。レイラさんにはいつも支えられていますから。そのお礼も兼ねているんです。」
「いつもって………私は何もしていません。」
「そんな事はありませんよ。レイラさんが待っていてくれるから、私は迷宮で頑張れるのです。」
その言葉はマコトの本心であった。
マコトは、迷宮の探索を終えてギルドに行った時の、レイラの笑顔を楽しみにしている自分に気付いていた。
それが男として一人の女性に向ける恋愛感情とは少し異なるとは思っているが、自分の生き甲斐の一つになっている事は確かな事実であった。
「そ、そんな………えっと、その…………」
レイラが目に涙を浮かべて俯く。
慌てたマコトが彼女の肩に手を置いた。
「す、すみませんレイラさん。ご迷惑でしたか?」
「ち、違います!違うんです……その、嬉しくて……。」
レイラは涙を拭きながら首を振った。
「私、もしかしたらマコトさんのご迷惑になってるんじゃないかって………私なんかに好かれて、本当は嫌がってるんじゃないかって………そんな事考えて………」
「そんな事ありませんよ!私がレイラさんを嫌うなんて、絶対にあり得ません!」
「良かったです……本当に、良かった…………。」
暫し泣いていたレイラが、やがて顔を上げた。
目は潤んでおり、目元は赤くなっている。
「あの、マコトさん……このネックレス、私に着けてくれませんか?」
「はい、わかりました。」
上目遣いで頼まれてドキッとしたマコトは思わず頷いた。
ネックレスを受け取って留め具を外す。
レイラの首に優しく回し、留め具をつけた。
後ろに下がろうとしたその瞬間、マコトの頬に手をやったレイラは、マコトを引き寄せてその唇に口付けをした。
突然の出来事に驚きを隠せないマコト。
ややあって唇を離したレイラは、これ以上ないほど顔を赤くしていた。
「レイラさん……?」
「ごめんなさいマコトさん。でも、もう我慢できません。マコトさんのせいで、私も本気になっちゃいましたから。」
その瞳は潤みながらも熱く燃え上がっており、決意を秘めた乙女のものだった。
「私、もう諦められませんよ。マコトさんの事、どうしようもなく、好きになってしまいました。」
かつてこれほど真っ直ぐに想いを伝えられた事があっただろうか。
「レイラさん…………その、私は……」
「わかっています。マコトさんが、まだ私を意識してくれていない事。でも、これからは違います。必ず貴方を、振り向かせてみせます。」
「何故、私にそこまで………こんな優柔不断な男を……?」
「優柔不断とはちょっと違うと思います。マコトさんの故郷では、私くらいの年齢はまだ大人とは言われないんですよね?それなら一人の女性として見られないのも仕方ないです。それに、実際に私とマコトさんは年齢が少し離れていますから。」
滔々と語るレイラが大人っぽく見え、マコトは言葉も返せない。
「でも、それでも諦めないと決めました。それに、あまり待つつもりもありません。大人になるまでなんて、もう待てません。一刻も早く、貴方を落としてみせます。」
「落とすって………。」
「それくらい本気だということです。」
レイラの眼差しは真剣だが、恥ずかしい事を言っている自覚はあるのか、顔は赤くなっていた。
その決意の重さを察したマコトは、諦めたように肩の力を抜いた。
「………レイラさん。」
「はい、なんでしょう?」
「貴女は強い人ですね。」
「…………?」
レイラは首を傾げている。
「私も、貴女に惚れそうです。」
目をパチクリとしたレイラは、次第に再び赤面する。
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