眷属のススメ

岸 矢聖子(きし やのこ)

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旅の終わり

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その後、爺さんは安芸を探しに来た杜人家の者に送られアパートに帰って来た。

爺さんの変わり果てた姿に、里美は全てを察し泣き崩れる。
幼い幸雄は、母の死など理解できるわけもなく「ママは?」と爺さんにたずねる。

「ママは。遠いところに行ったんだ。」

「遠い所ってどこ?」

「ものすごく、遠い所だよ。だから、暫くの間、ママとは会えないんだ。」
爺さんがそこまで言った時点で幸雄が「ママ、ママ。」と言って泣き始めた。

「でも、ママとは必ず会える。幸雄が大人になって、結婚して、おじいさんになって。そしたら、ママのいるところに行くんだ。ママはお前が来るのを待ってるってパパに言ってたぞ。」

「僕がおじいさんになったら、ママに会えるの?僕、いつおじいさんになるの?」

「まだまだずーっと後だよ。でも、ママは幸雄の笑った顔が好きだから、おじいさんになるまで、笑っているんだよって言ってたぞ。」

「笑っていたら、早くおじいさんになれる?」

「そうだな、笑って楽しいと時間が経つのが早いだろ。笑っていた方が早くおじいさんになるかもな。泣いてばっかりいたら、おじいさんになるのが遅くなって、ママに会うのが遅くなっちゃうぞ。」

幸雄はパジャマの袖で涙を拭いて、笑顔を作る。
そんな幸雄を見ていた爺さんの目に涙があふれる。

「あ、パパ。泣いてばっかりだと、僕の方が早くおじいさんになっちゃうよ。」

「そうだな、幸雄が先におじいさんになったら、困っちゃうよな。」

爺さんはそう言って、涙をぬぐった。残念ながら、父さんは爺さんよりも先に亡くなっている。爺さんは、安芸との約束を守り、陽気で、みんなに愛され、みんなを愛し、82歳で天寿を全うした。爺さんの死に顔は安らかで本当に笑っているようだった。安芸に会えるのを楽しみにしていたのだろうか。

その後、安芸の遺体は帰ってこなかった。特別な葬送の儀の為と杜人家の使者は言ったが、詳しい説明はなかった。安芸の形見として、爺さんのところに届けられたのは、爺さんが初デートでプレゼントした「梅の花」の髪飾り一つだった。爺さんの葬式の時、棺桶にこの髪飾りが入っていて、男なのに髪飾り?と俺は不思議に思っていた。

それと、幸雄を杜人家の跡取りとして育てたいと申し出が杜人家からあった、ヴァンパイアの特徴を多く持つ幸雄にもそのほうが幸せだろうと説得されたが、爺さんは安芸との約束があるからと言って決して首を縦に振らなかった。ただし、病弱な幸雄の医療面と学習面での協力依頼は了承した。

安芸はの死は、ヴァンパイアの息のかかった病院が手続きを行い、病死として届けが出された。
これで、なぜ祖母が里美として、病死したことになっていたのかの謎が解けた。

里美は、白神が嘘で勝也を誘い出し、今回の事件が起こったことを知った後、一時的に散乱状態となり病院に入院した。爺さんが見舞いに行くと、病院のリノリウムの冷たい床に頭をつけ、爺さんに謝る。「私が、騙されて勝也さんを誘い出さなければ、こんな事にはならなかった」と。

爺さんは、騙されたのは自分も同じで、あの時は里美も自分も、安芸の事が心配で正常に物事は考えられなかった。と言った。そして、安芸の最後の言葉を里美に伝える。

「安芸様が私に。」
里美は、爺さんの話を聞いて、また涙を流したが、それは悲観に暮れた悲しい涙ではなかった。

それからの爺さんと幸雄の生活は、まるで走馬灯のように、まるで、早回しの映画みたいに流れていく。幸雄が少年になり、青年になり、お袋と出会って結婚する、そしてお袋が妊娠し、出産の場面で映像がストップする。

爺さんが、病院の廊下をウロウロと歩き回る。

「おじいちゃん。生まれましたよ。」廊下で孫の誕生を待つ祖父を、看護師が呼びに来た。

「お義父さん、男の子ですよ。」
お袋が、爺さんにそう告げた。

「男の子か、キミヨさんよく頑張った。幸雄は日が暮れたら飛んでくると思う。」

「名前は、お父さん考えてくれた”一宇”にします。一つの宇宙で、一宇。素敵な名前だわ。」

「一宇と言う名前は、この子の祖母の願いだったんだ、彼女は、一つの宇宙で、すべての種族が共に暮らすことを願っていたから、、、。」

「安芸生まれたぞ。俺たちの孫だ。お前の願いが、この子の名前になって希望を繋いでいくんだ。」爺さんが小さな声でつぶやいた。

そこで急に目の前が暗くなった。話しをしていた爺さんの声も、お袋の声も聞こえない。
アヤメの声が聞こえる。そんなわけはない、この時、アヤメとはまだ誰も出会ってない。

「一宇、起きなさい。いつまで寝てるつもりなの。あなた、もう10日間もズル休みしてるのよ、、。」

「アヤメ?」

目を開けると、そこにはアヤメがいた。俺はアヤメの顔を見て安堵と喜びの感情が自分の中に湧きあがるのを感じた。

「一宇!あんた、あんた、、。」

アヤメが握っていた俺の手を放し誰かを呼びに部屋を出て行く。

「ちょっと、アヤメ待てって。」

俺は、病室のような部屋にいた。体中がぎしぎしと痛む。

「一宇!」

アヤメと一緒に飛び込んできたお袋から、買い物から帰ってきたら、俺が仏間で伸びていてそのまま10日間も意識がなかったと説明された。いろいろ検査をしたが、体に異常はなくただ眠っているだけだと医師からは説明されたらしい。

「たった、10日間だったんだ。」
俺が爺さんの目を通してみていた世界は、もっと長かったように思ったが、現実の時間はたった10日間だけだった。

「たった?たったって何なのよ、全く日本語を知らないバカ息子ね。10日も!でしょ。あんたの周りの人がこの10日間、どんだけあんたの事を心配したかわからないでしょ!」

「ごめん。」

そう言うつもりで言ったんじゃないんだけど、、、。説明が難しそうなので、俺は謝ってごまかした。

俺の首には、あの日のまま、安芸の赤いペンダントが掛けられていた。


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