眷属のススメ

岸 矢聖子(きし やのこ)

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それからのこと ①

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心が身体に戻って3日。まだ退院の許可が下りず、俺はベッドの上で、これからするべき事を思いあぐねながら焦燥感に苛まれていた。

原因不明で倒れ。そのまま10日間も眠りこけていたら、「おはよう!」即、退院とはいかないのかもしれない。
実際には、たった10日間だったが、俺にとっては家族のルーツをたどった数年間だった。あれが事実だったと俺は信じている。その確認のために、退院したらするべき事が3つある。

入院中、たくさんの見舞客が来てくれた。
俺が寝ている間に、スマ眷のカヲルさんとケンタロウ。高梨さん。ハビブ。職場からは、常盤さん、山田さんが代表で来てくれたらしい。母は、予想外にたくさんの友人が、俺を心配して訪ねてくれたことに驚いていた。

倒れた当日。お見舞いする予定だったノエルは既に退院していたが、目を覚ました後で逆に見舞いに来てくれた。
「一宇。10日間も寝てるって、どんだけ寝不足してたのぉ?マジうけるんですけどぉ。」
と俺を笑って帰って行った。

アヤメは、俺が眠っている間中、俺の実家に泊まって、毎日病院に通っていたと後から母に聞かされた。その時、母にたくさんの時代劇のDVDを貸してくれたらしい。

俺が目を覚ました時、
「目を覚ましたんだからもう安心ね。私も忙しいから、病院には来られなくなるかも。」
と言っていたのに、

一昨日は、「これ高梨さんが、一宇に食べさせたいって言ってクッキーを焼いたから。」と言って。
昨日は、「宗助兄さまから、これ持って行けって言われたから。」と翁饅頭を持って現れた。
俺自身、アヤメが来てくれるのが嬉しかったので、そのことを指摘するのはやめている。

今日も、なにかしらの理由をつけてきてくれるのではないかと期待していた。

「職場から、頼まれて書類を持って来たわ。」
そう言ってアヤメが現れる。アヤメの持ってきた書類は、署の庶務課で出しているヴァンパイアポリス通信と言う署内報だった。
アヤメが、ここに来るためのネタが尽きかけているのかもしれない、、、。
一日も早く退院しなければ。

アヤメの話では、俺が寝ている間に司さんから、武藤に関する脳内報告書が届きいろいろな事が判明したらしい。ただし、入院中の俺がゆっくりと養生できるようにと、俺が退院するまでは内容は秘密にするように半沢主任からかん口令が敷かれていた。

俺自身も、過去で体験した話を、どこからどこまでアヤメに話すのか迷っていた。
もちろん割愛するべき話もある。でも、俺がヴァンパイアのクォーターであることや、白鬼の事は早めに話さなければと思っている。

でも、過去に起こったことを見て来た、と俺がいくら確信していても、証拠は何もない。今の時点では、荒唐無稽な夢の話だ。

実際、アヤメは忙しいらしく。病院に30分ほどいて帰って行った。
たった30分の為に時間をかけて来てくれた、その気持ちがうれしかった。

夜の9時頃、ヴァンパイア医の回診があり、俺は思い切って診察に来た若い医者にお伺いを立てる。

「あの~。俺、実際に元気なんですよね。いつ退院できるんですか?」

「だよね~。実際に眠っている時も、一宇君の体に異常は全くなかったんだから。今回の入院も原因を突き止めて、再発予防のための入院なんだよ、、、、。表向きはね。」

「は?表向きはってなんですか?」

「どういう事って、、、。君ってヴァンパイアのクォーターなんでしょ?それって、医師としては気になるじゃない。ヴァンパイア同士のカップルが子供を持つことも難しいって事は一宇君も知ってるよね?最近では、人工授精なんかの研究でだいぶ解消されてきたけどね。」

「まぁ、はい。」
俺は彼が何を言いたいのか計りかねて曖昧に答える。

「じゃあ。人間とヴァンパイアのカップルから生まれた子どもは、君のお父さんだけって事は知ってた?」

「俺、父さんがヴァンパイアのハーフだったって事も最近知ったんで。でも、日本中、いや世界中のどこかにはいるんじゃないですかね?ハーフヴァンパイア人間が。」

「答えはノーだ。僕は断言する!人間とヴァンパイアの遺伝子上子供を作るのは無理!」

「だって、実際に俺の父さんが生まれたじゃないですか。」

「そこだよ!生命の神秘とでもいうのかな~。ありえない種族間に生まれた”奇跡の子”!残念な事に一宇君のお父さんも。おじいさんも、おばあさんもすでに亡くなっている。諦めたところに”奇跡の孫”が僕の前に現れた。これも奇跡だと思わないかい?ね、一宇君。」

「それじゃ、なんですか?先生俺を実験動物にしてるんですか?」

「いやだなぁ。実験動物なんて身も蓋もないこと言わないでよ~。」

「実際そうじゃないですか!」

「頼むよ~。僕の純粋な医学的な謎の解明に協力してよ~。痛いことはしないからさぁ。」

「嫌です!退院させてください!」

「だ~め。」

ダメってなんだよ。若い医者の名札が目に入る。「秦」
秦一族か、、、、、。前にアヤメから、秦と言う苗字を持つヴァンパイアがすべて同じ一族だと聞いたことがある。秦宗助・平助兄弟といい、この医師といいなんという個性派ぞろい。恐るべし秦一族。

運命のいたずらか、回診の直後に。もう一人の秦一族が俺の病室を訪ねて来た。

「あ~らまぁ、一宇君。元気そうじゃないですか~。」

「宗助所長。わざわざスミマセン、こんなところまで。」

「アタシの方こそ、お見舞いがこんなに遅くなって。一宇君の事は気になってたんですがね、ちょっとばっかり野暮用があって。」

「そんな、いいんですよ。ちょっと10日間眠ってたってだけで、すっかり元気なんですけど、医者が個人的な理由で退院させてくれなくって。」

「カヲルとケンタロウから一宇君が元気そうだって聞いて安心はしていたんですけど、今日はちょっと時間があったんで顔を見に来ました。実際、一宇君の顔を見て安心しましたよ。」

「ありがとうございます。」

「ところで、さっきの医者の個人的な理由ってのは何なんですかねぇ。聞かせてもらえますか?」

俺は、さっき秦医師との会話の内容を簡潔に話した。

「へぇ~。そうだったの。ちょっと、一宇君、そこのナースコールで誰か呼び出して。」

俺は宗助所長に言われた通りナースコールで看護師を呼び出す。病室にやって来た看護師は、宗助所長の顔を見るとひどく恐縮した様子で頭を下げる。平助首相と勘違いしてるのか?

「ごめんなさいね。あなたも忙しいのに呼びつけたりして。アイツいるんでしょ?アタシがここにいるってのは内緒にして、ちょっとここに連れて来てくれる。」

「はい、かしこまりました。」看護師は慌てて病室を飛び出していく。

程なく、秦医師が病室に現れたが、そこに宗助所長を見つけひどく狼狽してる。

「一宇君。酷いよ~。宗助さんに告げ口するなんて。」

「お黙り、恭介!」
秦医師は見る影もなく小さくなった。

「あんた、この一宇君がアタシの眷属紹介所の登録者だってしってたのかい?」

「え?じゃ、宗助さんの紹介で刑部家に?」

「まぁ、それはいい。でも、アタシの見た感じ一宇君は、すっかり元気なように見えるんだけど。あんたの見立てではどうなの?」
宗助所長の目つきがやや鋭くなったような気がしたが、気のせいか?

「はい、一宇君はもうすっかり大丈夫だと思います。」

「それじゃ明日退院しても問題はないよね?」

「はい!明日退院できるように、今夜中に手続します!それでは、私は、退院の手続きがありますので、この辺で失礼します。」

秦医師は逃げるように病室を去って行った。

「良かったじゃないですか~。一宇君。明日退院だそうですよ。」
いつもの飄々とした宗助所長に戻っている。

「頭の中を読まれたら、どうせバレるんで聞いちゃいますけど、宗助所長って何者なんですか?」

「あら、嫌だな~。いっつも覗いてるわけじゃないんですよぉ。私はね、スマイル眷属紹介所の所長です。」
そう言って笑った。彼については、今だ謎が多い。

でも、彼のお陰で、退院にこぎつけた、明日から少しだけ忙しくなるだろう。
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