勇者の弟が魔王の配下に恋をした

しょうこ

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暫しの別れ

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 さて、あの雨の日の後も何度かノアはディランと森の中で過ごしたが、季節は巡りブルーベリーもあまり収穫が出来なくなってきた。そろそろ森に入る理由がなくなる、それはディランと過ごす時間がなくなるということ。父も母もきっと理由なく森に入ることにいい顔はしないだろう。
「ノア?」
「あ、ごめんっ」
 なに? とディランの方を振り向くとディランは「手が止まっているよ」と指摘する。
「考えごと?」
「あー……そろそろ森に来ることがなくなるなって……」
「お父さんの調子よくなってきたの?」
「うーん……どうだろ。でも前よりはいいんだと思う」
「よかったじゃないか」
「うん」
「そうだ、ノアに言わなきゃいけないことがあったんだ」
 ディランは思い出したとばかりにノアの横に立って髪の毛をくるりと指に絡めた。ディランがノアの髪を弄るのはいつものことなので好きにさせたまま、ノアは「なに?」と続きを促した。
「ちょっとやらなきゃいけないことが増えそうでね、少しの間ここに来るのは難しくなるかな」
「お仕事?」
「まあ、そんな感じ」
 面倒臭そうな表情を浮かべながらやだなぁ、なんて肩を落としている。
「……おしごと……」
 そういえばノアはディランが普段どこで何をしているのか知らない。
「お仕事ってどんなことしてるの?」
「んー……そうだなあ……」
 ディランは何やら考えるように顎に指をかけて首を傾げる。
「おじいちゃんのお世話とか」
「おじいちゃんいるの?」
「いるよ。しかも結構めんどくさいおじいちゃん」
 困ったもんだよと、はあ、なんてあきらさまな溜め息を吐きながら「ノアに会えないのやだなぁ」なんてノアの頭に顎を置いてぎゅ、と抱き締める。
「で、ディランさん……っ」
「なぁに」
 ぐりぐりと頬で髪の毛の感触でも楽しんでいるのか顎を押しつけられて「……いたい」と文句を言えば「我慢してくださーい」と、ノアを抱き締める腕に力を入れてさらに顎を押し付けてきた。
「ほんっといやになる」
 はあ、と大きな溜め息に普段はあまり見せない疲れた様子にノアは少しでも元気になって欲しくてディランの頭の方へと腕を伸ばした。
「お仕事頑張ってくださいね」
 頭を撫でようしたが手の長さが足りずにディランの耳の辺りの髪の毛を撫でる。
「ボクもそろそろ森に入る理由もなくなるし、丁度いいというか……」
 会えなくなるなと考えていた矢先にディランも森に来れなくなるというのは随分とタイミングがいいなと思いながらも、諦めるには丁度いいとノアは自分に言い聞かせる。遅かれ早かれこうなる予定だったのだ。
「丁度いいってなに?」
「え?」
「ノアは淋しいって思ってくれないの?」
 少し不機嫌そうに低い声で言われてノアはディランの不機嫌さの理由はわからなかったが、「そんなことない……っ!!」と慌てふためいた。
「ボクだって淋しいし、そもそも森に来なくなったらもう会う機会もないだろうし、えっと、だから……」
「うん」
「……ブルーベリー摘むの終わったら森に入れないから、ディランさんとも会えなくなっちゃうの嫌だなって考えてて、そしたらディランさんがお仕事で来れないって、だから丁度いいなって……」
 考えが纏まらない。だけどもディランの不機嫌の理由がノアの言葉に対するもので、ディランに誤解されたままなのが嫌で言葉を必死に探すもなかなかうまく伝えられない。
「だって、ディランさんのことよく知らないし、ボクが森に入る時しか会えないし、これからどうやって会えばいいのかわからないしっ」
 ノアだってこれからもディランと会いたいのだ。だけど今までの様にいかないとなるとどうしていいのかわからない。何時だってディランから約束をしてくれるから。
「どうしたらいいのかわかんない……」
 だんだんと語尾は小さくなり、最後は吐き出すように言ってノアは俯いた。
「……わかんないよ……」
 絞り出す様に吐き出してディランの腕の中から出ようとするも、ディランは腕に込めた力を抜くことはなかった。
「ノア」
「……なに」
「怒んないでよ」
「怒ってない」
 ほんと? と上から囁かれて小さく頷く。怒ってなどいない。ただどうしていいのか分からないのだ。
「嫌な聞き方してごめん」
「うん」
「やっぱ怒ってんじゃん」
「怒ってないってば」
「ほんと?」
 何度も繰り返すディランにノアはしつこいと、本当に怒るよと全く怒ってなどいなのだがそう伝えると、ディランは「ゆるして」とノアを抱き締めている腕に更に力を込めた。
「ノアに嫌われたらショックで仕事できないよ」
「そ、それは困る……っ」
 仕事が出来ないと言うディランにノアは焦った。自分が原因でそんなことになるのは困ると慌てていると頭の上でディランが震えている様な気配がした。もしかして泣いている……!? と思い顔を上げるもディランの顎の辺りしか見えない。どうしたら良いのかと上を向いたりディランの腕を引き剥がそうとしたりディランの腕の中で忙しなく動いていると、ディランは堪えきれないとばかりに吹き出した。
「……え?」
「あっはは、もうだめっ」
 ディランはノアを解放すると自分の腹に腕をまわして笑いだした。
「ノアってばほんとかわいい」
「な、なな、なにっ!?」
 突然意味も分からず笑われてノアはかぁっと顔が赤くなるのを感じながらもディランを睨み付けた。
「ごめんごめん」
 はぁ笑ったと一息吐けた後、ディランはいつもの様にノアの頭に手を置いて優しく撫でた。
「ノアも淋しいって思ってくれて嬉しいよ」
「……淋しいと思ってたけどディランさん笑ったからやだ」
 悔し紛れに言えどもディランは小さい子にするみたいにノアの頬をぷにっと摘まんでまた笑った。
「あはは、そんな意地悪言わないでよ」
「いひゃい」
 楽しそうに摘まんで手のひらで包んでその感触を楽しんでから穏やかに瞳を細める。
「落ち着いたらノアに会いに行くから待ってて」
「会いに……」
 それはどうやってだろうか。疑問に思ったがディランの優しげながらも真っ直ぐなアイスブルーの瞳がノアの言葉を奪う。吸い込まれそうだとその瞳に視線を、思考を奪われる。
「ノア……」
 触れている手のひらがゆるやかに頬を撫でながら下りて人差し指がノアの唇に触れる。ふに、と思ったよりも冷たく硬い感触に驚いたがスキンシップの多いディランなので、ノアはこんなところまで触らなくても…と困った様にディランを見た。
「抵抗しないの……?」
 抵抗とは……? ノアはじっとディランを見つめたまま首を傾げる。
「あ~……うん、そうだよねぇ……」
 ディランは困った様な、けれどもゆるりと瞳を細める。どこか色気のある瞳にノアの心臓がどきりと跳ねた。
「あ、あの……っ」
「ん?」
 そんな愛しそうに瞳を細められてはノアは勘違いしてしまいそうだとディランの胸の辺りを押したがびくりともしない。
「なぁに?」
 いつものからかう時の様な声ではなく、コットンキャンディの様な柔らかく甘い声色にノアの心臓がどくどくと早鳴り顔全体が熱くなる。恥ずかしいからそんな瞳で見ないで欲しい。
 ディランの視線から逃れる様に俯くと唇に当てていた指の先が鼻頭に触れてくすぐったい。
「んっ」
ぴくり、息を詰めて身体を強張らせてしまう。どうしよう、どうしたらいいのだろう。
「ノア」
 そんな蕩ける様な声で名前を呼ばないで欲しい。なんでこんなにもドキドキしてしまうんだろう。
「ノア、こっち向いて?」
 優しいのに、どこか有無を言わさぬ強さがある声で、指で顎を軽く持ち上げられノアの意思など構わずに顔をディランの方へと向けられてしまう。
「かお真っ赤だよ?」
「み、見ないで……っ」
「見せてよ」
 恥ずかしいのに、見ないで欲しいのにディランはノアの赤く染まった頬を両手で包んで緩やかに微笑む。
「お仕事頑張れる様にご褒美ちょうだい」
「……ごほうび?」
「うん」
先程までの蕩ける様な雰囲気から一転して、ディランはいつもの様子で包んだノアの頬をふにふにと撫でるので、その様子にノアも先程からの羞恥心が僅かに薄れ始めてきた。
「いい?」
 じっと不思議そうに見つめるだけで何も言わないノアにディランはただ笑うだけだ。
 ご褒美といってもノアは今はブルーベリーを摘みに来ているのでディランに渡せる様なものは何一つ持っていない。
「ご褒美になるようなモノなんてないよ?」
「そんなことないさ」
 ノアが一言いいよって言ってくれたらそれだけでご褒美だよと笑うディランにノアはよくわからないが、そんなので良いのならと「いいよ」と返す。
「ありがとう」
じゃあ少しの間目を瞑って? と言われてノアは瞼を閉じた。一体何なんだろうか。
 目を閉じて待つこと数秒、ディランの視線は感じるが何も起こらない。
「ま、まだ……?」
「んー? もう少し」
 じっと目を瞑っているのも何だか恥ずかしくなってくる。もういいかなと薄目を開いて確認しようとするとディランの端正な顔が目の前にあった。
「っ」
「あ、目を閉じてって言ったのに」
 ふふ、とディランの吐息が唇にかかり、あと数センチで唇が触れてしまいそうだ。吸い込まれそうなアイスブルーの瞳がノアの瞳を射貫いて視線が離せない。ほんの数秒、だけどもノアには途方もない時間に感じた。じっと動かないディランにノアも金縛りにあったかの様に身体が動かない。
 それからゆっくりとディランの瞳が近付くと、柔らかいナニかが唇の端に触れた。
「……え……?」
「ちゃんとしたのはまた今度ね」
 ディランはこれでお仕事頑張れるよと、ノアの頭をいつものようにふわりと撫でて、「 だけどノアはちょっと素直すぎるから心配だなぁ」と、「もう少し人を疑うことを覚えた方がいいかもよ」と笑いながら言った。
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