勇者の弟が魔王の配下に恋をした

しょうこ

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深夜のティータイム1

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「どうした、食べないのか?」
 ノアは目の前に置かれた温められたミルクらしきものが入ったカップとテーブルの中央に置かれているほんのりと甘い香りを漂わせているクッキーに視線を落とし、それから正面に座っている男を見た。さらりとした髪は高級な絹糸などを彷彿させるかの如く遠目から一目で分かるほど艶めいていて、切れ長の瞳とすっと筆で描いた様な唇に低く落ち着いた声が近寄り難い雰囲気を与えている。
「あ、えっと……」
「人の子は甘いものが好きだと聞いていたんだが」
 違っただろうかと口許で両手を組んだ。その指先一つよく手入れをされているのか綺麗だ。
 ノアは自分の置かれている状況が把握できないまま、ノアの意思など関係なく男に連れられて今に至る。ここは何処なのだろうか、目の前の男の人は誰なのだろう。一体何の目的で連れて来られたのだろうか。そもそもノアは男が部屋に侵入して来た時点で正直に言えば死を覚悟した。それがどうしてこうなったのか。殺されると思っていたものが気がつけば暖かな部屋、しかもノアが見たこともない様な広さで男とテーブルを共にしている。目の前のカップもクッキーが盛られたプレートも見たことがないほどの細やかな細工がされていて触れることさえ憚れた。
「ん?」
 しどろもどろになっているノアに目の前の男は首をかしげる。
「ああ、そういうことか」
 男はノアの態度に合点がいったのか、クッキーを一枚口許に運んで食べてから目の前にあるカップも一口飲み込んだ。
「ほら、毒など入っていないだろう」
 そんなこと微塵も思ってなかったノアは毒という言葉に驚き肩を震わせて俯いた。
「まだ信用ならないか?」
 そうじゃないんですと思いながらも身体は恐怖で動かない。何か言わないと、怒らせてしまったらどうしようと焦れば焦るほどノアは身体も喉も思うように動かせなかった。
「……ふむ、自己紹介がまだだったな」
 見知らぬ人からはものを貰ってはいけないと教わるというしな。男は一人納得したように頷いてから「ノアは教えを守っているのだな」と言った。
「俺はルークという。ここの責任者だ」
 ノアはここってどこ!? と思いながらチラリと視線をルークに向けるとノアの視線に気づいたルークが「これで知らぬものではないだろう」と小さく微笑んだ……気がした。
近寄り難いほどに整った顔で表情も先ほどからほぼ変わることがなかったが、どうしてだろうか、ノアには微笑んだように見えた。
 何が目的なのかは分からないことには変わりないが、もしかしたらそんなに悪い人ではないのかも知れない。
一向に動かないノアにルークは言葉にしなければ何を思っているのか相手には伝わらないと、ノアが今思っていることを教えて貰ってもいいかな? とカップを口許に運んだ。その穏やかな仕草に声に、ノアの緊張が少しだけ解れた気がした。
「……あの……」
「うん」
 ルークはわざとノアの方には向かずにカップに視線をおとしたまま続きを促す。
「その、な、なんでボクを連れてきたんですか……?」 
 恐る恐る窺うとルークはゆっくりとした仕草でカップを置くとうっすらと瞳を細めた。
「ノアと話してみたくてな」
「……ボク、と……?」
 頷くルークになんで自分と? と余計疑問は深まるばかりでノアは思わずルークを見た。
「やっと視線が合ったな」
 くすりと小さく笑うとルークは冷めてしまっただろうとノアのカップを見てから「新しいのを持って来させよう」と言った。
「え、あ、だ、大丈夫ですっ」
 そんな勿体無いと言いきる前に、突然ルークの後ろに黒づくめの男が姿を現して頭を下げていた。
「お呼びですか?」
「新しいものを用意してくれるか?」
 ルークは突如現れた男の方を向くわけでもなく言い渡し、男も御意と更に頭を下げるのにノアは慌てた。
「そ、そんなっいいですっ! 勿体無いのでっ!!」
 少しだけ声を張り上げてしまい、しまったと口を両手で押さえる。ルークは少しだけ瞳を開くも直ぐにもとに戻って「遠慮するな」とこちらの意に介することもなく、甘くないものも用意しようと言い出す始末だ。
「あ、あのっ甘いもの好きですっ」
「そうか?」
「は、はいっ!」
 なら飲み物だけでいいなと一人納得するルークにほっと胸を撫で下ろしていると、強い視線を感じてふと、ルークの後ろに視線を移した。
「……っ!?」
 むこうも大層驚いているのであろう、そんな顔も出来たんだと先日の無表情が嘘の様な表情を浮かべるヒューゴが居た。
「どうかしたのか?」
 驚いた表情を浮かべるノアにルークか尋ねると、ヒューゴが首を横に振って言うなとばかりに睨み付けてきた。それがどうしてなのかは分からないが、ノアは「な、なんでもありません……」とそれだけをなんとか絞り出すとヒューゴはほっと息を吐いて去って行った。
 しばらくしてヒューゴが新しいカップを持って「お待たせ致しました」と頭を下げながらルークとノアのカップを新しいのに取り替えた。
「人はミルクを飲むと背が伸びるのだろう?」
 ノアはたくさん飲んだ方がいいと言うルークにノアは「へっ!?」と思わず変な声を上げてしまった。
「違ったか? 小さいのを気にしていると」
「え、いいえ、その……き、気には……っ」
 気にしてないと言えば嘘になるが何で初対面の人に言われなきゃいけないし、心配されてミルクなんか用意されてるんだよとどこから突っ込んでいいのか分からない。
「直ぐ大きくなる」
 大丈夫だと、父親のようなことを言ってくるのでノアも反応に困ってしまうしヒューゴの視線も突き刺さる。
「あの……」
「なんだ?」
「ボクと話してみたいって、どうしてですか?」
 恐る恐るカップを持って、カップから伝わる熱が手のひらを温めて少しだけ緊張が解れていく。
「ボクなんて何もないですよ……?」
 兄の様にタレントがあるわけでもない、世間で勇者と呼ばれる存在でもないどこにでもいる冴えない簡単に騙されるどうしようもないやつなのに。自分で言って少しだけ悲しくなる。ここにヒューゴがいるということはディランもどこかにいるのだろう。ディランに騙されたことを思い出して鼻の奥につんとした痛みが走る。
「何もなくはないだろう?」
 ルークは不思議そうにしながらクッキーに手を伸ばし、ノアにも美味しいから食べるといいとノアの方へクッキーを寄せる。
「ボク、兄が調査隊とはいえ国のやろうとしていることとかよくわからないですよ……」
 ヒューゴがいるということはルークも魔物だろうし、きっと聞きたいというのはそういうことだろう。
「そんなことは今はどうでもいい」
「どうでもいいなんて……」
 大切なことではないのだろうか。それとも魔物にとって人なんてやはりどうでもいい存在なのだろうか。
「ノアの気持ちが聞きたくてな」
「……ボクのきもち?」
「ああ」
 ルークは今さらだか俺は人ではないと言うのにノアは頷く。それを確認してから怖いかと問われてノアは言葉に詰まった。
「ふむ、そうか」
 何もこたえないノアにルークは特に何も言わなかった。
ノアは魔物が怖いかと問われて父や兄たちから聞く魔物は恐ろしいと思う。人を襲うものを怖く思わない方がおかしいだろう。だけどもディランをはじめとする目の前にいる魔物たちはどうだろうか。突然連れ去られて初めは混乱と殺されるかもしれないという恐怖でいっぱいだった。でも僅かな時間であれどもルークはノアに対して敵意はないのは明白だ。
「悩ませてすまなかった」
「っ、いいえっ! そんな……ッ」
 何か言わなくてはと思えども言葉が見つからない。
「ちがうんですっ、その……ボク……」
 何が本当かわからないんですと小さな声で吐き出すと、ルークはそうかと小さく微笑んでおかわりを用意しようとヒューゴに目配せをした。
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