たゆたう心

かきつばたあやめ

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幼少期

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 さて。彼女の人生の転機はまさしく生まれた時だった。この世に産声をあげ、これから輝く人生を送り出すその瞬間。
「女ん子はいらん。もう朱里がいるのによ、男ん子が良かったんだ」
 生まれたばかりの子供を抱く母に、祖母は言った。小さな田舎町の訛りを添えて飛び出した言葉は、真っ向からの否定である。生まれる前から女の子だと伝えていたのにも関わらず、努力で変えられるものでもない性別を否定。
 祖母は一度言い出すと自分からは折れないので、何を言っても虚しいだけだと母は知っていた。新婚当初から我の強い祖母に振り回されてきたせいか、大半の暴言には慣れたが、我が子に対する言葉となると話は違う。言い返す元気はないものの、母はこの祖母の言葉を根に持つことになるし、彼女の人生にも深く関わることになる。
 彼女は両親に望まれずに生まれた子供ではなかった。母は六人兄弟、父は二人兄妹だったので、朱里が一人っ子になるのは寂しいし、二人は子供が欲しかったからだ。祖父母も子供が生まれることには喜んでいたのだが、昨今では重視されなくなってきている〔男の子が跡取り〕という制度を水野家は取り入れ続けていたためか、そこだけ頑なだったのだ。
 田舎では未だにそんなことを唱える年配者が多く、とても綺麗な逆三角形の年齢層ピラミッド社会を描くからには、年配者の言うことはいつも正しいとされてしまう。
よって両親は、言っても無駄だと反論を諦めていた。
「あんだや、可愛くないな。パッとしない顔だな」
吐き捨てるような祖母の台詞は、どの親が聞いたとしても不愉快な言葉ではあったが、無視することしかできなかった。あと数日で退院したら、この鬼婆の姿は見なくて済むのだ。子供二人と自分、時々旦那が来るだけなら十分なアパートが帰りを待っている。一時間以上かかる旦那の実家から、わざわざ鬼婆が自分の時間を費やして可愛くない赤ん坊のために通ってくるわけでもあるまい。旦那は実家で自営をしているので、アパートに戻れば子供二人の面倒がのし掛かってくるわけだが、そんなの些細なことのように思えた。大人の我が儘と子供の我が儘は雲泥の差なのだ。ふと、祖母の戯れ言を聞き流していると新婚当初の悪夢が蘇り、母は身震いした。生理現象で泣かれ続けるほうが百倍ましだ。あんなのはもう二度と御免よ、と。醜い気持ちを押し殺して、母は祖母から子供を守るように抱き寄せた。
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