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幼少期2
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香と命名された彼女は、喘息持ち故にかアレルギー体質で体は弱かったものの、すくすくと育った。よく寝るため母にとっては楽でもあった。まだ歩けるようになったくらいの朱里が、ヨタヨタと昼寝もせずに歩き回るほうが余程体力を奪われる。
「いいこ、いいこ」
母は香にいつも口癖のようにそんなことを言った。田舎過ぎず都会すぎない千葉県の某所にアパートをかりて良かったと思う。母の実家から時折祖父母がやってきて、朱里も香も平等に可愛がってくれることが救いでもあった。
利発的な朱里と比べて、香は大人しくじっとしている子供ではあったのだが、人並みに自我は持っているのだ。差別されていては可哀想、そんなことをいつも思っていた。
「人の話が聞こえてるのかもわがんねぇな。朱里はこのくらいのとき、もっと反応してただよ。香はバカだ」
例のごとく、祖母は香には冷たい。こんな言葉は実に中学入学までの十二年間続くことになるのだが――――それはさておき、父方の祖父母とは距離を置いて数年がたった頃。小学二年生になる春休みのことだった。
「朱里、香。転校するよ」
荷物整理をしながら、母は告げた。
「転校?なんで?」
朱里の言葉に、母はいつもと変わらない様子で口を開く。
「お父さんね、病気なんだって。だからおばあちゃんたちの家に引っ越して欲しいって。学校変わるけど、我慢してね」
病気、という単語に娘二人は黙った。朱里は父との記憶にあまり良い思い出がなかったが、我が儘を言うべきときではないのだと、漠然と感じ取っていた。香は何をいうでもなく、自分のおかれた状況もたいして理解はしていなかった。そもそも、父親という存在は香にとって身近なものではなかったからだ。いつもアパートにいるのは母と姉と自分だけ。夜中になると希に男性の声がしていたが、わざわざ見に行こうという気もしなかったので、それが誰なのか確認した試しがない。友達が父親の話をするので、そんな存在が自分にもいるのか程度の認識だった。いつも母しかいないのは、母がスーパーで父を買ってこないからだとも思っていた。
「……みんなと会えなくなる?」
朱里は活動的で友達も多かったので、拗ねたように口を尖らせていた。
「そうだね、でも友達はまたできるから」
母は言い聞かせるように朱里に言う。香はただ無言のままだった。
「ほら、自分のものは箱に入れて。あ、香、だきちゃんは入れなくていいから。手で持ってていいから」
二人の様子を伺いながら、いつも大事に持ち歩いているくたびれたウサギの抱き枕をしょんぼりとダンボールに入れようとしていた香は、ほっとしたような顔をする。
「ほんと?」
「だきちゃんだけね。他のは入れてね」
「うん」
抱き枕のだきちゃんは、香にとってかけがえのない存在だ。洗濯することもあまり許さず、デパートでおねだりして買って貰ったその日から、手を離すのは学校にいくときだけ。もとは綺麗な薄ピンクだった布地は色褪せて擦りきれ、手足と耳のフェルトはどこかへ消えていってしまった。それでも手放さないのは、だきちゃんの刺繍された茶色い瞳だけが、どんな香でも静かに受け入れてくれると幼心に思っているからだろう。
「進級したら、新しい学校になるからね」
忙しなく動く母に、自分の人生を決めることすらできない娘二人は従うしか生きるすべはない。
こうして、三人の平和なアパート生活は終わりを告げることになったのだ。
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