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第一章 幼少期編
20 アルベルトとの対峙
しおりを挟むアルベルト・フォン・ヴァレリア
誉あるヴァレリア帝国の第三皇子として生まれた彼の人生には平凡という言葉が付きまとっていた。
勉学も並み程度、武芸も並み程度、人望も並み程度。皇族という尊い生まれからは想像もつかないほどに彼には平凡という言葉が似合っていた。
唯一恵まれているのはその生まれくらいだろう。彼の母は国内妃でその実家も侯爵家であり、内政面に影響力を持っている。その程度だ。
周りの者達からも平凡、凡庸と評される毎日。それらの投げかけられる言葉に怒りを覚えようとも、生まれ持った才能というものはどうしようもない。どれだけの努力を重ねようとも平凡という言葉からは脱却できなかった。
そして、アルベルトにとって更に不幸だったのは彼の兄たちである第一皇子と第二皇子が優秀な事であった。
特に長兄である第一皇子は文武ともに優れ、幼い頃から次期皇太子は確実とまで謳われていた程だ。また、アルベルトのもう一人の兄である第二皇子も第一皇子ほどではないが優秀であり、アルベルトが敵う相手ではなかった。
彼も人並み以上に努力をしていたが、才能の壁というものは恐ろしいまでに残酷である。努力をすればするほど、自分と優秀な兄たちとの差が理解できてしまう。自分の平凡さが嫌でも思い知らされる。自分は兄たちには敵わない事をこれでもかというほどに理解させられた。
やがて、彼は努力する事を辞め、自分の人生のすべてを諦めた。
――――――平凡な自分はこのまま何者にもなれず、死んでいくのだろう。
何時の頃からか、彼は自分の未来を悟っていた。
だが、そんな彼の人生はある一つの出来事をきっかけに大きく変わる事になる。
それは彼の兄であり皇太子であった第一皇子の戦死である。ある戦場にて軍勢を率いて戦っていた際に敵国の奇襲を受け、そのまま敵将に討たれてしまったのだ。
将来を嘱望されていた優秀な兄が死んだ事で嘆き悲しむものは大勢いた。しかし、常に優秀な兄と比べられたアルベルトからすれば、その心の内には兄がいなくなった事への喜びと解放感しかなかった。
そして、彼の幸運は更に続いた。第二皇子もまるで兄の後を追うかのように流行り病に倒れ、そのまま没してしまったのだ。
そうして、気が付けば彼の皇位継承権は第一位、次期皇太子最有力候補と言われるようになっていた。
そうなったからというもの、彼の周囲の環境は大きく変わった。
兄に仕えていた者達、自分を蔑んでいた者達が揃って自分に媚を売るようになっていたのだ。今まで自分たちを貶していた者達が自分に揃って擦り寄ってくるのは爽快であった。
無論、そんな者達に対しては当然の様に門前払いをしていた。
今まで自分を蔑んでいた者達が媚びてきた時に門前払いをした男が後日絶望顔で自分の足元に縋ってきたのを見下ろした時は最高の気分だった。
だが、未だに自分を蔑んでいる者達も大勢いる。そのような者達の中には自分の弟を担ぎ上げようとする者が数多くいる事も知っている。
自分の弟たちは自分とは違い、実家や婚約者が強い地盤を持っている為、厄介な敵になるだろう。
しかし、自分が皇位継承権第一位という事実は変わらない。その最強のカードがある限り、次の皇帝が自分だ。
彼はそう信じていた。
そして、今も自分を蔑む者達も皇帝になれば、揃って自分に媚を売ってくるに違いない。
皇帝として玉座に座りながら今迄自分を蔑んでいた者達の姿を見下ろす、そんな光景を夢想する度、彼の心は高鳴りを抑える事が出来ないほどに脈打っていた。
そして、彼は皇帝になり、全ての上に立つその日を一日千秋の思いでずっと待っていたのだ。
しかし、そんな彼の夢想する未来図は現皇帝の一言によって呆気なく吹き飛んだ。
「結論から言おう。お前を皇太子にするつもりは一切ない」
父のその言葉を聞いた彼の内心は激怒という言葉すら生ぬるい程の怒りに支配されてしまった。
納得出来なかった。出来る筈がなかった。
そして、聞けば父は自分ではなく、アルメリアという小娘を後継者にするのだという。しかし、彼にとってみれば自分以外の者が皇帝になる事など、彼にとって決して、絶対に認められなかった。
だからこそ、怒りのままにアルメリアに面会し、直後に自らの側近に命じて一つの計画を実行に移した。
その計画とはアルメリアの暗殺計画である。
アルベルトは昔の経験から知っていた。どれ程優秀な者であっても、死ねばそれまで。
自らの前に立ち塞がっていた巨大な壁であった優秀な兄たち。自らにとって決して超えられぬ壁だった筈のそれが、死によって呆気なく消え去り、同時に明るい未来に繋がったのだ。
だからこそ、再び現れた自分の前に立ち塞がった壁、それを今度は自らの手で破壊する事を選んだのである。
そして、彼は自室でアルメリア暗殺成功の報告を待っていた。
「まだか、報告はまだなのか!?」
手筈通りならそろそろ報告が来る筈の時間である。しかし、どれだけ待ってもアルメリア暗殺成功の報告は一向に自分の元へと来る事が無い。
流石に我慢の限界だった。失敗する可能性はあり得ないだろう。相手は箱入りの小娘の筈だ。
―――しかし、もし何らかの手違いで暗殺に失敗していたのだとすれば?
そんな事まで考えてしまい、彼の内心では焦燥感が募っていく。
「くそっ、平民出身の女など使うべきではなかった。こんな事も出来ないとは使えん女だ!!」
「あら、わたくしの可愛い侍女にそんな事を言うなんて失礼ですわね」
「っ、誰だ!?」
その声がする方を向くと、そこには月光が差し込む窓際に腰かけるアルメリアの姿があった。
月の光に照らされるアルメリアの姿はとても神秘的で美しく、彼は一瞬だけ心を奪われそうになるが、それ以上にアルメリアが生きている事に彼は驚きを隠せなかった。
「ふふっ、お兄様、お久しぶりですわ」
「なっ、何故お前がここにいるのだ!? お前は既に死んでいる筈だ!!」
「ええ、危うく殺されかける所でしたわ。ふふっ、ですがこうしてわたくしは生きておりますわよ」
そんなアルメリアの言葉を聞いたアルベルトは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。しかも、アルメリアがここにいるという事は今日の暗殺計画の黒幕が彼である事を既に彼女に知られているという事に他ならない。
それを悟ったその瞬間、アルベルトの心はアルメリアに対する怒りに支配された。
「くそっ、つまりはあの女は失敗したという事か。だが、お前が直接この場に現れてくれたのは好都合だ。こうなった以上は私の手でお前を葬ってやろう!!」
そして、彼はその怒りのままに壁に掛けられている剣を手に取り、その勢いのままアルメリアの元まで駆けて行った。
「はああああっ!!」
「ふふっ、甘いですわよ」
だが、アルメリアの手には先程までなかった筈の漆黒の剣がいつの間にか握られていた。
そして、アルメリアはまるでアルベルトに合わせるかのようにその漆黒の剣を彼に目掛けて振るう。
その一方でアルメリアのその様子を目にしたアルベルトはまさか彼女が反撃をしてくるとは思わず動揺するが、それも一瞬だけの事。
―――非力な女が持つ剣など弾き飛ばし、そのまま奴を切り捨ててやろう。
そう考えたアルベルトは勢い任せで剣を振るう。しかし、彼の予想とは裏腹にアルメリアの振るった一撃によってアルベルトの持つ剣の方が勢い良く弾き飛ばされたのだ。
「なぁっ!?」
その強い衝撃はアルベルト自身にも伝わり、そのまま彼の体も弾き飛ばされてしまった。また、その勢いで思わず膝から崩れ落ちてしまう。
そして、彼の手から弾き飛ばされた剣が大きな物音を立てて、地面に落下した直後、アルメリアは自らの兄の元まで歩みを進めると、そのまま彼を見下ろしながら黒剣の切先を向けた。
「はぁ、呆気ないですわね」
だが、その直後の事だった。
「殿下、先程大きな物音が聞こえましたが、何かありましたか!?」
「……少し失敗してしまいましたわね。やはり、これだけ大きい音を出してしまうと外の者達にも気付かれてしまいますか。お兄様には色々とお聞きしたい事もありましたのに……」
部屋の外から騒がしい話し声が聞こえ始めたのだ。恐らく、先程の衝撃音で外にいる護衛達に気付かれたのだろう。しかし、この部屋の入り口には鍵が掛かっている為、外にいる護衛たちがこの部屋に入ってくるまでにはまだ少しだけ時間がある筈だ。
「では用件を手早く済ませてしまいましょうか」
そして、アルメリアは黒剣を消し去り、未だ立ち上がる事が出来ない彼に歩み寄っていく。
「お兄様、今夜の騒動、中々楽しめたので今回だけは許して差し上げますわ。優秀で可愛らしい子も見つけられた事ですし」
そう告げる彼女の表情は誰もが思わず見惚れてしまうほどの微笑みを浮かべていた。そして、アルメリアは彼の足元まで着くとそのままアルベルトの目線に合わせる様にしゃがみこんだ。
「ですが、二度目はありませんわ。もし、今後同じ事をするようであれば、今度は容赦しませんわよ」
「あっ、あああっ……」
アルメリアの笑みを見た彼はその姿に何故か自らの父の姿を重ねてしまった。そして、アルベルトはアルメリアに対して怯えを隠せなくなってしまった。
「殿下、失礼ながらお部屋に入らせていただきます!!」
部屋の入り口の扉からはドンッドンッという激しい音が何度も響いている。おそらく、外にいる者たちが扉を無理矢理に開けようとしているのだろう。
それを察したアルメリアは「時間切れ、ですわね」と呟くとおもむろに立ち上がった。
「では、用件も済んだ事ですし、わたくしはここでお暇させていただきますわ。お兄様、ごきげんよう」
そして、アルメリアは華麗なカーテシーをした後、部屋の窓から飛び降りるのだった。
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