深い青を愛してる

あおなゆみ

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知ってほしい

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 誰にも言った事のない一番好きな小説の話を、どうしてか彼女にはしたくなった。

「これ知ってる?」

そう聞く僕をただ見つめる彼女。

「あんなに本の数がある図書館でも僕は、何度も読んだこの小説を選んで読んでたよ。僕が好きな小説なんだ。読んでから、一番好きな小説ががこの物語に変わった」

「そうなんですか」

彼女はどこか上の空だった。
僕はこれまで誰にも話さなかった分があるせいか、話し続けた。

「もしかしたら、この物語に出てくる図書館がここなんじゃないかなと思って、来てみたんだ。読んだ事はない?」

「はい...ないです」

「もしよかったら読んでみてよ。図書館にもあるし。著者の情報がほとんどないんだけど、この町の出身なんじゃないかと思って。新作がないから、待ってはいるんだけど...」

「読んでみますね。私はここに生まれた時から住んでるので、この町の描写があれば、何か分かるかもしれません」

「じゃあ、何か分かったら、教えてね」

日差しが強かった。
僕も自動販売機で緑茶を買う。
彼女が手に持っていたペットボトルは、暑さで結露し、汗をかいていた。

「なんか、この間あんな姿見せたのが嘘みたいに接してるよね」

僕は自分の口数が多い事に恥ずかしくなって、彼女の考えを聞きたくなった。

「私は嬉しいです。こんな風に、普通に話すことができて」

「むしろ、弱い姿を見せたから、力が抜けたみたいに話せるのかもしれない」

「私が想像していたよりも、話すのが好きな方なんですね。なんというか、口数が少ない、クールな人だと思ってました」

彼女はペットボトルの水滴に触れながら、時々僕の方を見て話していた。

「よく大人しい人だと思われるよ。確かに自分から積極的に話す方ではないけど。でも、おかしいな。今は積極的に話してるね」

僕が笑うと、彼女も笑った。
どうしてか、彼女の纏う空気感に、深い青の夜に似た愛しさを感じた。
誰にも邪魔されず、自分の好きなものをかき集める、あの夜。
今は失ってしまったあの夜。

「さっきの小説さ、僕の作曲とか作詞に凄い影響を与えたんだ。言葉では説明できないし、あまり説明したくないようなそんな気持ち。だから、今まで誰にも話したことがなかった」

今度は彼女は、真っ直ぐ僕の目を見て、話を聞いていた。

「ここに来たのも、好きな物語の中に逃げたい、みたいな気持ちからで...」

あっという間に僕のペットボトルにも水滴がついてくる。

「もう音楽は...もう曲を作ることはないんですか?」

表情で分かる。
申し訳なさそうな顔で聞く彼女の質問に、答えないわけにはいかない。

「正直、分からない。僕は逃げてきたんだ。これも初めて話す事だけど、音楽から逃げる為に、自分の弱さから逃げる為に引退した。乗り越えるべき壁を乗り越えずにここに来た。多分、落ちていく自分を知るのが怖かった」

ジリジリと暑さが体中にまとわりつく。

「もし、その小説の作者が新しい物語を書いたら。そうすれば、何かは変わりますか?」

真剣な彼女の表情。
僕は強い意志を込めて言った。

「うん。変わると思う。それほど僕が好きな物語を書いた人だから」
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