涙の跡

あおなゆみ

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Episode4

距離

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 花屋の仕事は楽しい。
楽しいと思える瞬間が少しずつ増えてきた。
想像以上に大変な部分はあるけれど。
でも今は前よりもっと大きな声で挨拶できたり、自分からお客さんの名前を呼べたり。
まだまだだけど成長はしていると思う。
 一人の常連さんが

「そのうち慣れて、楽しくなるよ」

と言ってくれて、その一言をいつも思い出していた。


 仕事が終わってからは、家でただのんびりしたり、たまには料理を作ったり、借りたDVDを観たり。
休みの日には、隣街の映画館に行ったりもしていた。

 その日はお店の定休日で天気も良かったので、歩いて映画館に向かっていた。
すると途中にある電柱に迷子犬の張り紙がしてあった。
見ると、名犬ラッシーの犬種シェットランド・シープドッグだった。
私が生まれる前から実家で飼っていた犬の種類だ。
最近この犬種をあまり見かけなくなったな...と歩き出すとその電柱の裏に映画上映会というポスターも貼られていた。
9月と10月、2ヶ月分の予定が書かれてあって今日の日付を見ると13時~「TAP」。
場所も今から行く映画館より近く、さらに「TAP」は一度DVDで観た事があり大きいスクリーンで観たらもっと感動すると思った。
上映会に興味もあったので行ってみる事にした。

 会場は三階建の古家という感じだった。
「ミニシアター」と、時代を感じさせる看板がでかでかと入り口のドアの上にあった。
横の掲示板には町内会の案内や昔の映画のポスターなどが貼ってあった。
到着時刻は12時20分。
入り口は硝子扉になっていて、中が見えた。

まだ誰もいないような気がするな...

「あれま、お花の依子ちゃん」

と、後ろから聞き覚えのある声がした。
振り返ると花屋の常連さんの吉岡さんがいた。
吉岡さんは亡くなったご主人に供えるお花を買っていく。
いつも笑顔で私を和ませてくる素敵な人だ。

「こんにちは。上映会に来たの?」

「はい。さっきポスターを見つけて、初めてなんです」

「そうなの。私は毎回のように観に来ているの。入りましょう」

吉岡さんに促され、中に入ると、映画で観た事あるような昔ながらの映画館だった。
素敵で、辺りを見回してると

「こんにちは」

と受付の方から声を掛けられた。

入り口から差し込んだ光が眩しくて、目を細めている人。
低く響く声。

再会。

何故か嬉しかった。
吉岡さんはその人に向かって

「今日は二人なの」

と私の方をチラッと見た。

その男の人は

「初めまして、ようこそ」

と言った。
私も

「初めまして」

と言った。

 酔っ払っていたのでやはり覚えてないか...
一方的な再会になってしまった。
吉岡さんとその人は親しげに今日の映画の事を話している。
私はチケットを買うと二人から離れ、飾られたポスターなどを見た。
すると、急に雨が降ってきた。
かなりの強さだった。

「これじゃ、さらに人が集まらないな。観客は二人だけかもしれません。ここはご近所のおじいさん、おばあさんが来る事が多いんです」

と、外を眺めていた私の隣に来てその人は言った。
私が返事に迷ってただ微笑むと、吉岡さんが

「まあ、よくある事ね。頑張って!」

と軽くチアガールのような動きをした。

それを見て三人で大笑いした。
少し緊張が解けた時、その人は

「野島と言います。一応ここの館長をしています」

と挨拶してくれた。
私も挨拶しようとすると、吉岡さんが私の紹介をした。
口を開きかけた私を見て、野島さんは笑っていた。
顔が熱くなる。

 時間になり上映会が始まった。
観客は本当に二人。
贅沢すぎる時間。

 上映終了後、野島さんが珈琲を淹れて三人で少し休む事になった。
雨はまだ降り続いていた。

「あの事言ってもいい?」

と映画の感想を話した後、吉岡さんが野島さんに聞き、聞いておきながら許可は得ずに彼が写真家である事を告げた。

「凄い人なのよ。カメラマン」

とニヤニヤしながら野島さんを見た。

「やめて下さいよ。写真だけじゃ全然ダメだからここでも働いているんですから」

と恥ずかしそうにしていた。

「本当に野島さんは謙虚なのよ~」

私はカメラを側に置いて遠くを眺めていた野島さんを思い出した。
 
 ふと硝子の扉に目を向けると入り口の端っこに何かが見えた。
私は少しずつ近づく。

「どうしました?」

野島さんが聞く。

「あ!」

そこにいるものと私の一つの記憶が結びついた。
扉を開けて駆け寄る。
ポケットからハンカチを出して、濡れた体を拭いてあげる。
野島さんが

「その子は?」

と近づいてきた。

「迷子です!迷子犬!!!」
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