11 / 21
Episode11
目覚め
しおりを挟む
目を覚ますと泣いていた。
母の夢を見ていた。
あの優しさに、声に、強さに、明るさに。
その全てに私は油断してしまっていた。
大学生の頃。
もう大人なのに。
私は幼かった。
母は死んでしまった。
時々、母が死んでしまうのではないかと考える夜もあった。
でも、その考えが自分の中を深く埋め尽くす前に母が私を引き上げた。
何度も何度も。
母は決して弱さを見せない訳ではなかったが、ほぼ見せないに等しいほど我慢していた。
それに気付けなかった。
母の事をもっともっと知っておくべきだった。
母が父と出会ったこの街にいると、母の事を前よりも思い出すようになった。
忘れていた事も。
家で一人ギターを弾き、歌っていた私に言った母の一言。
「私が昔買って、履いてなかったハイヒール。依子にあげる。履いてね。同じような靴ばっかりじゃ、つまらないよ。若いんだからもっと派手にしてみたら?」
私が
「歩きにくいし、似合わないからいい」
と言うと、母は
「そっか」
と悲しそうに言った。
その後小さな声で放った言葉。
それを思い出した。
「それじゃあ、ずっとそのままだね~」
母はきわめて明るくそれを言った。
だから少し、ん?と思ったけれど特に気にしていなかった。
今、初めて思い出したくらいだ。
思い出した瞬間、心臓がギュッとなった。
母はよく、私が家で一人ギターを弾いていたり、歌っていると少し悲しい顔をしていたような気がする。
音楽という安定しない将来を描いた私に不安を抱いたのか、と思った事もあったけれど、母はそんな事は思わないはずだ。
むしろ応援していたと思う。
小さな世界に閉じこもっていた私をどう変えようかと迷ってくれていたのではないだろうか。
でも子供じゃないし、直接”こうした方が良い”だとか言うのは違うと思っていたのかもしれない。
そうとしか思えなかった。
母とずっと一緒にいたのだ。
母が実は不器用だという事は分かっていた。
その日、陽が落ちる頃、ギターケースをクローゼットの奥から出し、部屋に置いてあったギターを仕舞った。
そしてギターケースを持ち外に出る。
港近くの公園には人が誰もいなかった。
ベンチで小さな音でギターを弾き、鼻歌混じりで歌った。
少しずつ外に向けよう。
母への想いが初めてメロディーになった。
言葉になった。
やっとだった。
母の夢を見ていた。
あの優しさに、声に、強さに、明るさに。
その全てに私は油断してしまっていた。
大学生の頃。
もう大人なのに。
私は幼かった。
母は死んでしまった。
時々、母が死んでしまうのではないかと考える夜もあった。
でも、その考えが自分の中を深く埋め尽くす前に母が私を引き上げた。
何度も何度も。
母は決して弱さを見せない訳ではなかったが、ほぼ見せないに等しいほど我慢していた。
それに気付けなかった。
母の事をもっともっと知っておくべきだった。
母が父と出会ったこの街にいると、母の事を前よりも思い出すようになった。
忘れていた事も。
家で一人ギターを弾き、歌っていた私に言った母の一言。
「私が昔買って、履いてなかったハイヒール。依子にあげる。履いてね。同じような靴ばっかりじゃ、つまらないよ。若いんだからもっと派手にしてみたら?」
私が
「歩きにくいし、似合わないからいい」
と言うと、母は
「そっか」
と悲しそうに言った。
その後小さな声で放った言葉。
それを思い出した。
「それじゃあ、ずっとそのままだね~」
母はきわめて明るくそれを言った。
だから少し、ん?と思ったけれど特に気にしていなかった。
今、初めて思い出したくらいだ。
思い出した瞬間、心臓がギュッとなった。
母はよく、私が家で一人ギターを弾いていたり、歌っていると少し悲しい顔をしていたような気がする。
音楽という安定しない将来を描いた私に不安を抱いたのか、と思った事もあったけれど、母はそんな事は思わないはずだ。
むしろ応援していたと思う。
小さな世界に閉じこもっていた私をどう変えようかと迷ってくれていたのではないだろうか。
でも子供じゃないし、直接”こうした方が良い”だとか言うのは違うと思っていたのかもしれない。
そうとしか思えなかった。
母とずっと一緒にいたのだ。
母が実は不器用だという事は分かっていた。
その日、陽が落ちる頃、ギターケースをクローゼットの奥から出し、部屋に置いてあったギターを仕舞った。
そしてギターケースを持ち外に出る。
港近くの公園には人が誰もいなかった。
ベンチで小さな音でギターを弾き、鼻歌混じりで歌った。
少しずつ外に向けよう。
母への想いが初めてメロディーになった。
言葉になった。
やっとだった。
0
あなたにおすすめの小説
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる