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悲しい笑顔
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「本当にありがとう。良い曲でした。帰りましょうか」
涙を必死に堪える私に彼は言った。
優しい笑顔だった。
振り返り、歩き出した伊之助さんに
「本当にダメ?この歌歌ってくれないですか?」
「にな絵さんが歌った方が良いよ。にな絵さんが歌ったこの曲を聴いて僕は感動したんだから。帰ろう」
私を待つようにゆっくりと歩く彼を見て、何とも切ない気持ちになった。
でも、前も思った通り、自分の夢を押し付けるのは良くない。
伊之助さんが振り向き微笑んだ。
駆け足でその隣に行き、私は
「ちょっと早いですけど。お誕生日おめでとう」
と言った。
その時の彼の笑顔は、初めて見る悲しい笑顔だった。
次の日の朝、バイトに行くと事件が発生していた。
「無断欠席はやめてほしいよ。良い子だと思ったんだけどな」
鮮魚コーナーのおじさんと店長が更衣室近くで話していた。
「もう5回は電話したんですけど、また僕の方からかけますから、今日の仕事はお願いします」
「分かったけど、多分体調不良とかじゃないよ。昨日ちょっと怒っちゃったからさ。でもそんなんで休まれたら困るね。じゃあ行きますわ」
「お願いします」
更衣室は吹き抜けなので会話が聞こえていた。
あの若作りの奥様も更衣室にいて、私の方にやって来た。
「もしかしてあの新入りの子の事じゃない?」
「そうみたいですね」
「何か聞いてないの?」
「あー、ええ。特には聞いてないです」
「そう~」
華麗に更衣室から去って行った。
伊之助さんの事が気になった。
でも昨日の元気な姿を思い出したら...
あの悲しい笑顔...
私のせいではないだろうか。
大丈夫だろうか...
バイト中もずっと気になって、普段はしないミスをしてしまった。
それに、あの奥様が私の様子を観察しているようで気になった。
バイトが終わり、更衣室から出たところに店長がやって来た。
「天台さん。お疲れ様です。お仕事終わりに申し訳ないんですけど、少しお時間頂けますか」
あーあ。
奥様が余計な事を言ったな、とすぐに分かった。
「鮮魚コーナーの凡城さんと知り合いなんですか?」
「ご近所さんですけど...」
「実は今日出勤してなくて。電話にも出ないんだよ。一人暮らしなのかな?倒れたりしてないか心配で。仲良いって聞いたから、見てきてもらえたりしないよね?」
そこに奥様が更衣室から出てきた。
「お疲れ様です、お先に失礼しますぅ~」
奥様と店長が交わした視線を見て、二人の関係を何となく認識した。
「それで、どうかな?天台さん。出来たらでいいんだけど...」
「分かりました。見てきます」
「よろしく。明日の出勤の時でいいから教えて」
「はい」
断ろうと思えば十分断れた。
若い女が一人で、男の家を訪れるのだ。
一応危険な提案ではある。
ただ私は一人暮らしでない事も、伊之助さんの人柄も知ってるつもりだった。
それに、彼に会いに行ける口実を見つけられた。
自分の部屋を通り越して、隣の部屋のインターホンを鳴らした。
「はい?」
しかし聞こえてきた声は女の声だった。
「こんにちは。突然すみません。隣の天台です。伊之...凡城さんの仕事の事でお伺いしました」
扉が開かれ、
「お時間あるようでしたら、お茶でもどうですか?」
と言われた。
「じゃあお邪魔します」
扉が閉じると妙な緊張感が漂い、不安が襲ってきた。
彼女は怒っているようだった。
涙を必死に堪える私に彼は言った。
優しい笑顔だった。
振り返り、歩き出した伊之助さんに
「本当にダメ?この歌歌ってくれないですか?」
「にな絵さんが歌った方が良いよ。にな絵さんが歌ったこの曲を聴いて僕は感動したんだから。帰ろう」
私を待つようにゆっくりと歩く彼を見て、何とも切ない気持ちになった。
でも、前も思った通り、自分の夢を押し付けるのは良くない。
伊之助さんが振り向き微笑んだ。
駆け足でその隣に行き、私は
「ちょっと早いですけど。お誕生日おめでとう」
と言った。
その時の彼の笑顔は、初めて見る悲しい笑顔だった。
次の日の朝、バイトに行くと事件が発生していた。
「無断欠席はやめてほしいよ。良い子だと思ったんだけどな」
鮮魚コーナーのおじさんと店長が更衣室近くで話していた。
「もう5回は電話したんですけど、また僕の方からかけますから、今日の仕事はお願いします」
「分かったけど、多分体調不良とかじゃないよ。昨日ちょっと怒っちゃったからさ。でもそんなんで休まれたら困るね。じゃあ行きますわ」
「お願いします」
更衣室は吹き抜けなので会話が聞こえていた。
あの若作りの奥様も更衣室にいて、私の方にやって来た。
「もしかしてあの新入りの子の事じゃない?」
「そうみたいですね」
「何か聞いてないの?」
「あー、ええ。特には聞いてないです」
「そう~」
華麗に更衣室から去って行った。
伊之助さんの事が気になった。
でも昨日の元気な姿を思い出したら...
あの悲しい笑顔...
私のせいではないだろうか。
大丈夫だろうか...
バイト中もずっと気になって、普段はしないミスをしてしまった。
それに、あの奥様が私の様子を観察しているようで気になった。
バイトが終わり、更衣室から出たところに店長がやって来た。
「天台さん。お疲れ様です。お仕事終わりに申し訳ないんですけど、少しお時間頂けますか」
あーあ。
奥様が余計な事を言ったな、とすぐに分かった。
「鮮魚コーナーの凡城さんと知り合いなんですか?」
「ご近所さんですけど...」
「実は今日出勤してなくて。電話にも出ないんだよ。一人暮らしなのかな?倒れたりしてないか心配で。仲良いって聞いたから、見てきてもらえたりしないよね?」
そこに奥様が更衣室から出てきた。
「お疲れ様です、お先に失礼しますぅ~」
奥様と店長が交わした視線を見て、二人の関係を何となく認識した。
「それで、どうかな?天台さん。出来たらでいいんだけど...」
「分かりました。見てきます」
「よろしく。明日の出勤の時でいいから教えて」
「はい」
断ろうと思えば十分断れた。
若い女が一人で、男の家を訪れるのだ。
一応危険な提案ではある。
ただ私は一人暮らしでない事も、伊之助さんの人柄も知ってるつもりだった。
それに、彼に会いに行ける口実を見つけられた。
自分の部屋を通り越して、隣の部屋のインターホンを鳴らした。
「はい?」
しかし聞こえてきた声は女の声だった。
「こんにちは。突然すみません。隣の天台です。伊之...凡城さんの仕事の事でお伺いしました」
扉が開かれ、
「お時間あるようでしたら、お茶でもどうですか?」
と言われた。
「じゃあお邪魔します」
扉が閉じると妙な緊張感が漂い、不安が襲ってきた。
彼女は怒っているようだった。
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