同調、それだけでいいよ

あおなゆみ

文字の大きさ
上 下
3 / 23
第1章 「同調したい」の真意とは

3話

しおりを挟む
 実際どうなのだろう。
付き合っている人がいるのに好きな人ができたり、他の人と遊びたくなったり。 
それは高校生ならまだ可愛らしく済む?
大人の方が残酷?
その逆? 
その人の持つ純粋さや切実さによる?
結局は人による?
そもそも、そういった例に、昨日の私と仁井くんが当てはまるのかさえ分からない。


 修学旅行二日目の朝。
私は、仁井くんが部屋に戻ってくる約束の6時半より少し前に、リュックもボストンバッグも持ち、こっそり部屋を出た。
女子の階、私が泊まるはずだった部屋のある階に行き、薄暗い廊下を歩く。
監視の先生がいないか恐る恐るだったけれど、誰もいなかった。
さらに上の階を見ても、先生は見つからない。
先生達は一体、どの階の、どの部屋に泊まっているのだろうか。

 先生に見つかるというよりは、私が先に先生を見つけ、具合が悪いと嘘をつこうと思っていた。
罪悪感はなく、心は少しも痛まなかった。
余裕だった。
昨日の出来事だけで、私は変わってしまったのかもしれない。

 もう一度、自分の本来の部屋のある階に戻ろうと階段に行くと、尾田先生が下の階から上がってくるところだった。

「尾田先生」

私の声に、先生はあからさまに驚いた。
ちょっとこっちが、笑ってしまいそうになるくらいに。

「びっくりした!山村。こんなところでどうした?」

余裕だったのに、迷いが出てくる。
先生が怒ったりせず、優しい顔でいるせいだ。
私が何も言えずにいると、先生は階段を登りきり、踊り場まで来た。

「もしかして、具合悪いのか?」

リュックを背負い、ボストンバッグを持つ私を、本当に具合が悪いと思ったのだろうか。

「帰りたいです」

具合が悪いという嘘をつくのはやめた。
やっぱりできなかった。
バチが当たるとか、罪悪感とか、結局そういう、自分の感情を守る為に。

「先生ができることはしてみるよ」

何の躊躇いもなく、そう言った。
きっとこういうところだ。
生徒に甘いところ。
どうにかしてあげたいと思って、否定しないところ。
 他の先生達はきっと、自分が優しくない、良くない教師だと思えてきて、尾田先生が目障りだし、面白くないし、実際尾田先生みたいな教師ばかりだったら成り立たないのだ。 
誰からも嫌われようとしない、良い人で逆に何を考えているのか分からない尾田先生。

「尾田先生は結婚されてますか?」

「それは、今聞く質問かな?」

「まあ、こんな早朝の階段でしか聞けない質問でもあるかなと思いまして」

「してるよ。子供も二人いる。授業中にも話さなかったっけ?」

「そうでしたか?お子さんは、おいくつですか?」

「二十歳と十八歳の息子。上の方は今年結婚したよ」

「そうですか。おめでとうございます」

「ああ、ありがとう」

「息子さんが修学旅行を途中で抜け出して、家に帰ってきたらどう思いますか?」

「うーん。うちの息子は二人ともそういうことしそうだからな。結構やんちゃで、自由でね。でもやっぱり、心配するよ。嫌なことあったのかな、いじめられてないかなって。一応、授業の一環なんだから、サボったらダメだとは言うと思うけど、まあ、無理させたくもない」

「そうですか」

「もし娘だったらと考えたら。性別で区別するのは良くないが、やっぱり、息子とは違う風な答えになる。辛いなら、家にいればいい。元気になるまで、いればいいって」

「それは良いですね」

「山村は、ご両親の心配をしてるのかな?」

「そうですね・・・迷惑は掛けたくないので」

「そうか。じゃあ、山村はどうする?」

それは、本当に逃げてもいいのか?という問いの違う言い回しだと悟った。
先生はやっぱり最初から分かっていた。
私がちっとも具合が悪くないし、ただ修学旅行から逃げ出したいということに。

「先生にできるのはせいぜい、ホテル待機にするってことだと思うけど。もし本当に帰るってなったら、親御さんになんて言おうと思ってた?」

「好きな人ができたとでも言います」

先生は笑った。

「山村のそういう突拍子も無いところ、魅力的だと思うよ」

「ありがとうございます」

少しの沈黙の後、

「じゃあ、せいぜいホテル待機の為に、行こうか」

「はい。お願いします」

この、サボりたい気持ちはもう、どうにもできない。
サボりたい病なのだろう。
バスの中で楽しそうにはしゃいでいたクラスメイトの中には、サボりたい病を隠して、純粋に修学旅行を楽しむ芝居をして乗り切った人もいるのかもしれない。
もし本当にいるのなら、自分だけが可哀想だと思って行動する私はズルい。
逃げることにくせがついてしまいそうだ。
そして、当たり前になっていく。
そういう全てを理花子のせいにした。


 いつも保健室にいる工藤先生がホテルの部屋に居るのは、違和感があった。
工藤先生には、具合が悪くないのにホテル待機と言うわけにもいかず、

「外出するほどには、体調が良くないです。頭が痛い気がします」

と、私が説明して熱を測ることになったのだが、どういうわけか本当に微熱があった。
嘘にはならずに済み、その日はホテル待機となった。
問題はまだ修学旅行二日目というところで、あと二日どうしようと思った。
明日さえ乗り切れば、明後日はほとんど帰るだけだから何とかなる。

 微熱があったので先生も出て行き、一眠りしてからスマホを見ると、理花子と仁井くんからメッセージが届いていた。
私は迷わずに理花子の方を開く。
『大丈夫?良くなって明日は修学旅行楽しめると良いね』

「大丈夫。私は昨日の出来事もあったし、今も一人で十分楽しんでるよ。団体行動するよりずっと楽」

そんな本心をあえて声にしてから本心とは違う返信を文字で打つ。
『寝て、少し良くなったから大丈夫だよ。気にしないで楽しんでね』
返信すると私はふたたび眠りに就いた。


 仁井くんからのメッセージを読まないまま、私は修学旅行の日程のほとんどを移動と、ホテル待機で終えた。 
微熱は最終日には平熱に戻っていた。
熱を操れるようになったのではないかと、自分を疑った。
 最終日の朝、ホテルを出発した後の美術館は、せっかくだから行こうと尾田先生に説得され、そこだけ行くことになった。
何の情報も説明も私にはなかったから、何の美術館かは分かっていない。
バスの中で待つよりも良いかなと思ったし、修学旅行の元を取らないと両親に申し訳ない。
もう既に、元を取れない選択を多くしてしまったのだけれど。

 美術館では自由行動。
尾田先生は、私が困るだろうと近くにいてくれた。
でも、私のそばに、理花子がやって来る。

「大丈夫?」

「うん、今は」

自分勝手な彼女の性格は分かってる。
それでも優しく声を掛けられるのは嬉しいことだった。
もしかして、自分の方が自分勝手かもしれないと思う。

「ここ、一緒に回れる?」
 
なんだか遠慮気味の理花子に、

「うん。いいの?」

と私も遠慮気味に聞き返した。

「うん。二人で見よう」

尾田先生はそっと私達のそばから離れていった。

 理花子は私が元気そうだと分かると、私が休んでいる間に起こったことを語り始める。
彼女なりの小声ではあるらしいが、私は他の人に迷惑にならないか心配になった。
修学旅行生以外は、ほんの数人という感じだけれど、ここはあくまで美術館だ。
それもあって、一応、病み上がりの芝居をしていたけれど、彼女には伝わっていないようだった。
絵を見ながら、彼女は語り続ける。 
彼女は私の目をしっかりと見る。
私は相槌を打ちながら、ここが美術館で良かったとも思う。
色々と鑑賞するフリをして、彼女の視線から逃れられるから。
彼女はとにかく話がしたいようで、なかなかお喋りは止まらない。
そうなってしまえば、私はただのリアクション付きの人形で、理花子の欲求を満たす役目でしかない。
 話を聞いているうちに、理花子がいちばん一緒にいることの多い、イケイケ系女子の晴子が、この修学旅行で彼氏ができたらしい。
今も晴子は彼氏と一緒に回っているそうだ。
 なんだ。
結局補欠か。
別に不満ではない。
理花子の一番になりたいとは思わないし、いつもベタベタと、くっついていたくない。
ただ、自分がそういう、自分の選択で友達を選べない立ち位置にいることが気に喰わない。
腹立たしい。
 彼女は語り続ける。
私と目を合わせようとする。
私は相槌を打ちながら、絵を見る。
その繰り返し。
絵も、良いんだか、悪いんだか分からない。

 その繰り返しの中で、私に一生懸命話し続ける理花子の顔越しに、こっちを見ている人を見つけた。
理花子には見えない位置、私だけに見えるところに仁井くんがいる。
仁井くんは私を不憫そうに見る。
それは、理花子の彼氏の仁井くんも、理花子の止まらないお喋りを知っているからそうしたのか。
それなら私に共感しているということなのか。
それ、知ってる。
可愛そう。
大変そう。
 はたまた、私を救い出したいと思ってくれてはいないだろうか。
自分の意見を言えずに、理花子に振り回され続ける私を、昨日中華街に連れ出したみたいに。
仁井くんも理花子の隣、彼女からの強すぎる視線を知っているから、私と同じ、一致する気持ちを知ってる。
だから、私と一緒に逃げたいと思ってくれてはいないだろうか。

 私は理花子に気付かれないくらいの笑顔を見つけ、それを仁井くんにアピールする。
仁井くんは、笑った。
理花子はまだ話し続ける。
次は、もう一人の仲良しの朱里について話している。
朱里は昨日の夜、好きな人に告白し、返事を待っていると言う。
その返事を、美術館ですると言われたらしく、だから彼女は私と回るしかなかったのだ。
私はこんな友情の使われ方をするなら、一人で良いのに。
 仁井くんが何かを言っている。
声は出ていないと思う。
口の形で

「だ・い・じょ・う・ぶ?」

と言っているのが分かる。
今の状況についてだろうか。
それとも、ホテル待機していた私の体調のことだろうか。
仁井くんは私が何を考えているの分かったのか、手の甲をおでこに当てた。
そして、

「ぐ・あ・い」

「ね・つ」

と、口を動かす。
私は仁井くんとこっそり会話のようなものを楽しむ間も、理花子へのリアクションを懸命に行った。
私は彼女の死角を探し、左手の親指を上げ、大丈夫と伝えた。

「詩音!」

そのタイミングで、理花子が仁井くんに気付き、ようやく私は理花子の強い視線から逃れた。
仁井くんの方へ行き、嬉しそうにしている。
私はその場で二人を見て、すぐに絵の鑑賞に戻った。
恋人なら、最初から二十八号人で美術館を回れば良かったのに、と思った。
私は邪魔者だ。
 もう一度、チラッと2人を見たら、私と同じように2人を見ている人と目が合う。
司くんだ。
仁井くんの友達。
私はすぐに目を逸す。
すると、理花子が私を呼んだ。

「沙咲!四人で見て回らない?」

その提案に、私は頷くしかない。

「うん。お邪魔じゃなければ」

仁井くんはただ、理花子の彼氏としてそこに立っていた。
仁井くんの友達の司くんも

「お邪魔じゃなければ、別に」

と言った。
話したことがない私と司くんを気にして、仁井くんが紹介してくれた。
その友達のフルネームは涼月司だと知った。

「涼月司くん・・・芸能人みたいな名前だね」

「親が芸能人」

「えっ?」

司くんの予想外の返答に私が驚くと、理花子は楽しそうに笑い、

「司のお父さんは、俳優の松木聖司さんなんだよ~」

と、隠そうとしない声量で言った。
かなり有名な俳優だった。

「松木・・・?」

私の疑問に司くんが短く答える。

「親父、全部芸名」

「そうだったんだ」

「親父は、本名、涼月三郎。本名の方が芸名っぽいよな。俺は、芸名の方の、松木聖司の”司”からつけられた」

「本名言って良かったの?」

「ああ。ネット見れば、すぐ出るよ」

どこか雰囲気のある人だと思っていた。
お父さんが俳優だと分かると、尚更そういった特別な雰囲気が感じられる。
私と司くんが話しているのを見て、理花子はどこか嬉しそうだった。

 残りの作品を見て回るのに、私は自然と司くんと隣になってしまう。
理花子は仁井くんと楽しそうだ。

「沙咲ちゃんは、可愛い名前じゃん」

異性に、下の名前をちゃん付けで呼ばれたのは、私の記憶では幼稚園以来だ。

「そうかな?」

「うん。呼びやすいし、覚えやすいし、案外被らないし」

「確かに、今のところ被ったことはないかな」

「沙咲ちゃんは、詩音と仲良いの?」

「あ、いや。最近話したばっかりで。一年の時は同じクラスだったけど、話す機会はなかったかな」

「へー。そうなんだ」

なんだろう。
司くんと話してると、猫を被りたくなる。
むしろ、猫が被ってくるというか、おしとやかにしようとしてしまう。

「司くんは、仁井くんとはいつから?」

司くんは柔らかい視線を私に向けた。

「へー。下の名前で呼んでくれるんだ」

「あっ、いや、その。司くんも下の名前で呼んできたし、なんか最初から心の中では、苗字じゃなくて、司くんって勝手に呼んでたような・・・」

「心の中で、俺の名前呼んでたの?」

「違う。その、私、結構心の中でぶつぶつ話し続けちゃうタイプで」

仁井くんがいつも楽しそうに、“司”と呼ぶから、私もつい、そう呼んでしまっていただけだった。

「へー。選択授業の時、同じだったよね?」

「うん」

「良かった。俺の存在に気付いてなかったらどうしようと思った」

仁井くんと仲の良い人だから、それで気付いたのを覚えている。
そうだ、仁井くんと仲の良い人だから、緊張してしまうんだ。
昨日仁井くんと司くんが一緒にいる時に感じた、穏やかな雰囲気とは違う。
私には慣れない、先輩と話している気分になる人だ。
その余裕は、どういった生き方をしたら得られるのか気になった。
羨ましい。
私とは全然違う人。

「沙咲~」

理花子に呼ばれて、ホッとして司くんの隣を離れる。
今度は私と理花子、仁井くんと司くんのペアになり、集合時間まで過ごした。


 帰りのバスで、隣に座る理花子が寝たのを確認すると、未読にしていた仁井くんからのメッセージを読んだ。いくつかの大丈夫?と、真実であってほしい、一つのことが書かれていた。

『俺、山村さんに同調したい』

私はざわざわしながら、目を閉じた。
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:85,140pt お気に入り:29,896

便利すぎるチュートリアルスキルで異世界ぽよんぽよん生活

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:4,256pt お気に入り:4,515

異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:31,298pt お気に入り:35,184

いずれ最強の錬金術師?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:13,044pt お気に入り:35,332

チートなタブレットを持って快適異世界生活

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:525pt お気に入り:14,316

転生鍛冶師は異世界で幸せを掴みます! 〜物作りチートで楽々異世界生活〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:8,095pt お気に入り:2,111

処理中です...