うわさの行方

下沢翠花(しもざわすいか)

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 五月の陽気とは思えない刺すような日差しに目が眩み一瞬、目を瞑った隙をついて相手の剣が音を立てて振り下ろされる。

ニールスは目を瞑ったまま一歩後ろに素早く下がり、大振りで振りかぶって来た剣を振り払う。

大きく金属音がして、相手の剣は回転しながら宙を舞った。

「勝者、エルムンド伯爵!」

観覧席から歓声が上がった。

「エルムンド伯爵万歳‼︎ 」
「最強だ‼︎ 」

闘技場の下段観覧席の市民は大興奮でニールスを讃えた。

中段に座る貴族達からは、乾いた拍手だけが響いた。






「準決勝か?」

勝負を終えて、控えの天幕に入ってきたアルヴェにニールスが「勝ったのか?」と声をかけた。


連日続く戦勝式典の目玉、御前試合にはエルムンド軍の兵士のみならず、他家の私兵達も、王国軍の騎士達も腕自慢の猛者たちが参加していた。


兵士達の健闘虚しく、当初の予想通り準決勝に残ったエルムンド兵士はニールスとアルヴェだった。

「俺の次のお相手は、第二王子だ。」

アルヴェが面倒そうに言う。

ニールスは、やはりとクリスティアンの十八歳とは思えない洗練された剣捌けんさばきを思い出していた。


「副官、忖度そんたくされるのですか?」

若い兵士は面白がっている。

「御前試合とはいえ、どんな場合でも剣を握る以上、手心を加えさせようなだと恥を知るべきだ!」

カールが興奮気味に捲し立てる。

「なんだその物言いは!王族に対して不敬な!」

年嵩としかさの男が立ち上がってカールを睨みつけた。

「なんだ、私に意見するのか?大尉。」

エルムンドにおいては年嵩の大尉よりカールの方が階級が高い。

しかし、今ひかえの天幕には御前試合に出場できる貴族出身の兵士しかいない。

天幕にいる兵士全員が冷たい目を向けながら立ち上がると、それほど大柄ではないカールはまるで猟犬達に追い詰められた狐のように見えた。

「どうやら手心を加えて欲しいのは、お前のようだなカール副官。」

平民出の兵士は自分しかおらず分の悪さに、カールはアルヴェに何も言い返せず唇を噛んで黙った。


「不敬な振る舞いは慎め、カール。」

ニールスがそう言うと、兵士達は元のように座った。

「クリスティアン王子は相当の手練とお見受けした。手心を加えて頂きたいのは俺だ。」

アルヴェが“手心“発言の若い兵士の肩を叩いた。

兵士はバツが悪そうな顔をして頭を掻いた。






 アルヴェが自分で言った通り、クリスティアンは強かった。

若くしなやかな体の動きは素早く、大柄の体躯をばねのようにしならせ、戦場で鍛えたアルヴェの鋭い太刀筋たちすじを鮮やかにかわした。

クリスティアンの踊るような剣筋からは想像できないほどの強烈な打撃に、剛腕を密かに誇っていたアルヴェの剣が弾かれた。

アルヴェは目の前で優雅に揺れ乱れる金の髪に、昔見た馬に喰らいつく獅子の絵を思い出した。











『まだ骨は繋がっていません、決して足を地に着けることのないようにしてください───』

ラースの言いつけを守りながら、セシリアは慎重に杖を動かして部屋の中を移動した。

自分で少しでも移動できる事が、セシリアにとって希望になった。



 開けた窓から春の暖かな風に乗ってほのかに甘い香りが漂ってきた。

少し前に届いたクリスティアンの手紙に押し花にされたライラックの花びらが入っていた。

王都より北に位置するエルムンドでも、ライラックの季節になったのかと、セシリアは窓の方へ気を取られた。

つい怪我をする前のような調子で足を動かしそうになり体が傾いて手が松葉杖から離れた。
まだ骨のつながらない足をついてしまいそうになる。

クララが手を伸ばしたが届きそうになく、声をあげそうになった時、素早くビョルンがセシリアを支えた。

レイフも走り寄ろうとしたが一歩遅く、たたらを踏んだ。

それを見て、クララは笑った。



「お前、性格悪いな──」

「密偵に同情するほどお人好しじゃないだけですよ──」


楽しそうに言い合うクララとレイフを見ながら、セシリアはビョルンに支えられて読書用の小卓の椅子に座った。

小卓のそばには、ロレンツォが届けた小説が並んでいる。


セシリアは誕生日にイニゴから贈られた“軍記物“に手を伸ばした。

面白い小説をロレンツォがたくさん持ってきていた事もあり、帝国語で書かれたずっしりと重い内容の軍記物は、後回しになっていた。

皆に「十四歳の女性に贈る物じゃない」「趣味を疑う」と散々な言われようだったイニゴを思い出し、セシリアは分厚い本を持ち上げた。

小冊子がバサリと音を立てて床に落ちた。

どうやら重たい軍記物の下敷きになっていたようだ。


「貴婦人通信だわ。」


王宮にいた頃、宮女たちが毎月楽しみにしていた、娯楽新聞。

「そんなもの信用してはダメよ。」そう言いながら王妃もこっそり読んでいたことをセシリアは知っていた。


手に取った時、レイフが息を呑む音が聞こえた。

セシリアはパラパラと紙をめくる。

王都で流行りの菓子の話。

鳴物なりもの入りで初演を迎えたが、さっぱり人気が出なかった歌劇の話。

うての遊び人として知られる子爵家の御令息の婚約破棄劇。


なるほど王妃が人眼を忍んで読むはずだという内容の羅列。

最後に表紙を見ると、見事な風刺画が目に入った。


男が向かい合う男に剣でつらぬかれている。

その側でお世辞にも美しいとは言い難い、平民という事を誇張されたみすぼらしい身なりの女がひざまずいて泣いている。

その絵の横に大きな文字で表題がつけられている。

『哀れ悪食あくじき趣味の伯爵、クリスティアン王子の剣に沈む!────戦場とは勝手が違ったか?』


レイフは先に目にしていたのか、気まず気に俯いた。

「伯爵様に似てますね…」

クララがボソッと呟いた。

「伯爵様?そう?うーん…どうかしら…似てないと思うけど…あの方“軍神“と言われているのよ?負けたの?……別の伯爵じゃない?」

「眉間のシワとか物凄いし、仏頂面だし似てないですか?」

「仏頂面…と言うより、これではシワが凄すぎてお年寄りのようだわ……」

ビョルンが小さく吹き出した。

「王子の絵はどうなのかしら、似てるのかしら?」

セシリアは風刺画のクリスティアンを指でそっとなぞった。

「ところで、悪食趣味ってなぁに?」

ビョルンを見ると、片方の眉をほんの少し動かした。

「こういう娯楽新聞は訳のわからないことばかり書くんですよ。いちいち本気にしちゃいけませんよ────」

めずらしく歯切れの悪い物言いのビョルンは何もなかったように、元あった場所に下世話な小冊子をしまった。

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