7 / 47
第七話〜男の独り言2~
しおりを挟む
私はある人物に会おうとしている。ある事件の目撃者だ。
その事件とは、一年程前に話題となった放火殺人事件だった。
20XX年5月21日の未明、工事現場に設置されていた仮設事務所が火事になった。事務所の中からは、男女の遺体が発見された。遺体の身元は、阿久津祐介三十二歳と、佐藤千尋二十六歳だった。彼等は縄のような物で両手足を結ばれ、口には猿ぐつわのような物をされていたという。彼等は同じ会社の同僚で、生きている間に火を放たれたと見られている。この事件の犯人は、すぐに逮捕されている。被害者二人と同じ会社に勤めていた、鈴木直樹三十一歳が火事の数日後に逮捕された。彼は、抵抗する事もなく確保された。彼は刑事を確認した時に「遅かったですね」と言ったという。彼の証言では、被害者の阿久津祐介が、鈴木直樹の家を放火した事が殺害の理由らしい。たしかに、事件の一ヶ月程前に、鈴木直樹の家が火事になっている。その時、家にいた鈴木直樹の母親が焼死していた。この火事も放火である事が濃厚らしい。鈴木直樹の証言では、阿久津祐介とは会社の同期だったようだ。ただ、成績のよかった鈴木直樹に、阿久津祐介がたびたび嫌がらせをしていたそうである。それについては、同社の社員から証言をとった。以下は、その時の証言である。
「たしかに嫌がらせをしていましたよ。というより、あの人色んな人に嫌がらせしてましたね」
「どういう事ですか?」
「自分の出世のためなら、なんでもしてましたし、気に入らない事があったらイライラしてるし、やりにくかったですよ」
「鈴木さんとは、揉め事とかはありましたか?」
「しょっちゅうですよ。二人同期でしょ!ライバル心むき出しでしたね」
「どのような事で揉めてたのですか?」
「阿久津が鈴木さんの資料をシュレッダーにかけたり、お得意様からの電話をまわさなかったり、色々ですね」
「それに対して、上司や会社は何もしなかったのですか?」
「阿久津のヤツ、上の人間にはいい顔してたんで、上司とかからは評判よかったんですよ!オレ達はみんな嫌ってましたけどね」
「佐藤千尋さんは知っておられますか?」
「名前くらいは。他部署なので詳しくは知りませんね」
「鈴木さんと、お付き合いされてたというのは、知ってらっしゃいましたか?」
「鈴木さんとですか?いや、聞いた事ないですね」
「では、阿久津さんとはどうですか?」
「阿久津がちょっかい出してるって言うのは聞いた事ありますが、それくらいですかね」
「鈴木さんは、阿久津さんが彼の家に放火したと証言してますが、どう思いますか?」
「阿久津なら、やりかねないんじゃないですかね」
以上が、同僚の証言である。二人の間に揉め事があったのは事実のようである。
他にも複数の人間に証言をとったが、同じような回答だった。
佐藤千尋については、鈴木直樹、阿久津祐介の両名ともに、交際していたという証言は得られなかった。
これから会うのは、この事件で仮設事務所の火事を通報した男性だった。
私は、事件現場の工事現場に来ていた。あの事件の影響なのか、工事は進まず一年前の状態に近い形で放置されている。
もちろん、火事にあった仮設事務所は撤去されているが、所々に黒いすすのような汚れが残っていた。
「始めまして、山寺美里と申します」
私は、そう言いながら名刺を手渡した。
「宮下隆です」
取材相手の男性は、そう言いながら名刺を受け取っていた。私達は現場となった工事現場の前で待ち合わせをしていた。
「あの夜、僕はこの先にあるコンビニに買い物に行ったんです」
「それは、何時頃の事ですか?」
「たぶん、深夜の一時前くらいに家を出たと思います」
宮下隆は、そう答えた。
「その時、何か見ましたか?」
「警察にも言ったんですけど、コンビニに行く時に男を見たんです」
「男、ですか?」
私は話の先を促す。
「はい!たぶん犯人だと思います。事務所の前に座って、何かブツブツ言ってたんです」
「それで、あなたはどうされたのですか?」
「ヤバい奴だと思って無視して素通りしました」
宮下隆が上の方に視線を泳がしながら言った。当時の事を思い出しながら話しているのだろう。
「その後、コンビニで雑誌を立ち読みしたりして、20分くらいして、この道を通ったんです」
私は宮下隆が話すのを頷きながら聞いていた。
「そうしたら、ここにあった事務所が燃えていて、すぐに119番に通報したんです」
「その時、犯人はいなかったのですか?」
「はい!誰もいませんでした。僕が来た時には、もう火が事務所全体にまわっていて、何かできる状態ではありませんでした」
「そうですか」
私は、宮下隆の目を真っ直ぐに見ながら話を聞いていた。それに気付いたのか、宮下隆が視線をはずす。
「あの時、聞いたんです」
「何をですか?」
話が終わるかと思っていたら、宮下隆はそう言った。
「助けて!って叫ぶ、男と女の声を」
宮下隆は、その時の事を思い出しているのだろう、少し震えていた。
「たぶん、僕が通報した時には、中にいた二人は生きていたんだと思います」
私は、黙って話を聞く事しかできないでいた。おそらく、彼にとっては、その叫び声はトラウマになっているのだろう。
「わかりました。ありがとうございます」
私は、これ以上、彼から証言を聞く事が耐えれなくなっていた。彼にとって、あの事件は心の傷になっている。それが彼の表情からわかったからだ。
「そう言えば、あの時、燃えている事務所を、そこの廃材置き場の上から黒猫が眺めてたんです」
最後に彼はそう言った。
その事件とは、一年程前に話題となった放火殺人事件だった。
20XX年5月21日の未明、工事現場に設置されていた仮設事務所が火事になった。事務所の中からは、男女の遺体が発見された。遺体の身元は、阿久津祐介三十二歳と、佐藤千尋二十六歳だった。彼等は縄のような物で両手足を結ばれ、口には猿ぐつわのような物をされていたという。彼等は同じ会社の同僚で、生きている間に火を放たれたと見られている。この事件の犯人は、すぐに逮捕されている。被害者二人と同じ会社に勤めていた、鈴木直樹三十一歳が火事の数日後に逮捕された。彼は、抵抗する事もなく確保された。彼は刑事を確認した時に「遅かったですね」と言ったという。彼の証言では、被害者の阿久津祐介が、鈴木直樹の家を放火した事が殺害の理由らしい。たしかに、事件の一ヶ月程前に、鈴木直樹の家が火事になっている。その時、家にいた鈴木直樹の母親が焼死していた。この火事も放火である事が濃厚らしい。鈴木直樹の証言では、阿久津祐介とは会社の同期だったようだ。ただ、成績のよかった鈴木直樹に、阿久津祐介がたびたび嫌がらせをしていたそうである。それについては、同社の社員から証言をとった。以下は、その時の証言である。
「たしかに嫌がらせをしていましたよ。というより、あの人色んな人に嫌がらせしてましたね」
「どういう事ですか?」
「自分の出世のためなら、なんでもしてましたし、気に入らない事があったらイライラしてるし、やりにくかったですよ」
「鈴木さんとは、揉め事とかはありましたか?」
「しょっちゅうですよ。二人同期でしょ!ライバル心むき出しでしたね」
「どのような事で揉めてたのですか?」
「阿久津が鈴木さんの資料をシュレッダーにかけたり、お得意様からの電話をまわさなかったり、色々ですね」
「それに対して、上司や会社は何もしなかったのですか?」
「阿久津のヤツ、上の人間にはいい顔してたんで、上司とかからは評判よかったんですよ!オレ達はみんな嫌ってましたけどね」
「佐藤千尋さんは知っておられますか?」
「名前くらいは。他部署なので詳しくは知りませんね」
「鈴木さんと、お付き合いされてたというのは、知ってらっしゃいましたか?」
「鈴木さんとですか?いや、聞いた事ないですね」
「では、阿久津さんとはどうですか?」
「阿久津がちょっかい出してるって言うのは聞いた事ありますが、それくらいですかね」
「鈴木さんは、阿久津さんが彼の家に放火したと証言してますが、どう思いますか?」
「阿久津なら、やりかねないんじゃないですかね」
以上が、同僚の証言である。二人の間に揉め事があったのは事実のようである。
他にも複数の人間に証言をとったが、同じような回答だった。
佐藤千尋については、鈴木直樹、阿久津祐介の両名ともに、交際していたという証言は得られなかった。
これから会うのは、この事件で仮設事務所の火事を通報した男性だった。
私は、事件現場の工事現場に来ていた。あの事件の影響なのか、工事は進まず一年前の状態に近い形で放置されている。
もちろん、火事にあった仮設事務所は撤去されているが、所々に黒いすすのような汚れが残っていた。
「始めまして、山寺美里と申します」
私は、そう言いながら名刺を手渡した。
「宮下隆です」
取材相手の男性は、そう言いながら名刺を受け取っていた。私達は現場となった工事現場の前で待ち合わせをしていた。
「あの夜、僕はこの先にあるコンビニに買い物に行ったんです」
「それは、何時頃の事ですか?」
「たぶん、深夜の一時前くらいに家を出たと思います」
宮下隆は、そう答えた。
「その時、何か見ましたか?」
「警察にも言ったんですけど、コンビニに行く時に男を見たんです」
「男、ですか?」
私は話の先を促す。
「はい!たぶん犯人だと思います。事務所の前に座って、何かブツブツ言ってたんです」
「それで、あなたはどうされたのですか?」
「ヤバい奴だと思って無視して素通りしました」
宮下隆が上の方に視線を泳がしながら言った。当時の事を思い出しながら話しているのだろう。
「その後、コンビニで雑誌を立ち読みしたりして、20分くらいして、この道を通ったんです」
私は宮下隆が話すのを頷きながら聞いていた。
「そうしたら、ここにあった事務所が燃えていて、すぐに119番に通報したんです」
「その時、犯人はいなかったのですか?」
「はい!誰もいませんでした。僕が来た時には、もう火が事務所全体にまわっていて、何かできる状態ではありませんでした」
「そうですか」
私は、宮下隆の目を真っ直ぐに見ながら話を聞いていた。それに気付いたのか、宮下隆が視線をはずす。
「あの時、聞いたんです」
「何をですか?」
話が終わるかと思っていたら、宮下隆はそう言った。
「助けて!って叫ぶ、男と女の声を」
宮下隆は、その時の事を思い出しているのだろう、少し震えていた。
「たぶん、僕が通報した時には、中にいた二人は生きていたんだと思います」
私は、黙って話を聞く事しかできないでいた。おそらく、彼にとっては、その叫び声はトラウマになっているのだろう。
「わかりました。ありがとうございます」
私は、これ以上、彼から証言を聞く事が耐えれなくなっていた。彼にとって、あの事件は心の傷になっている。それが彼の表情からわかったからだ。
「そう言えば、あの時、燃えている事務所を、そこの廃材置き場の上から黒猫が眺めてたんです」
最後に彼はそう言った。
20
あなたにおすすめの小説
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2025/12/13:『ものおと』の章を追加。2025/12/20の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/12:『つえ』の章を追加。2025/12/19の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/11:『にく』の章を追加。2025/12/18の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/10:『うでどけい』の章を追加。2025/12/17の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/9:『ひかるかお』の章を追加。2025/12/16の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/8:『そうちょう』の章を追加。2025/12/15の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/7:『どろのあしあと』の章を追加。2025/12/14の朝8時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
視える僕らのシェアハウス
橘しづき
ホラー
安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。
電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。
ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。
『月乃庭 管理人 竜崎奏多』
不思議なルームシェアが、始まる。
どうしてそこにトリックアートを設置したんですか?
鞠目
ホラー
N県の某ショッピングモールには、エントランスホールやエレベーター付近など、色んなところにトリックアートが設置されている。
先日、そのトリックアートについて設置場所がおかしいものがあると聞いた私は、わかる範囲で調べてみることにした。
隣人意識調査の結果について
三嶋トウカ
ホラー
「隣人意識調査を行います。ご協力お願いいたします」
隣人意識調査の結果が出ましたので、担当者はご確認ください。
一部、確認の必要な点がございます。
今後も引き続き、調査をお願いいたします。
伊佐鷺裏市役所 防犯推進課
※
・モキュメンタリー調を意識しています。
書体や口調が話によって異なる場合があります。
・この話は、別サイトでも公開しています。
※
【更新について】
既に完結済みのお話を、
・投稿初日は5話
・翌日から一週間毎日1話
・その後は二日に一回1話
の更新予定で進めていきます。
(ほぼ)1分で読める怖い話
涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話!
【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】
1分で読めないのもあるけどね
主人公はそれぞれ別という設定です
フィクションの話やノンフィクションの話も…。
サクサク読めて楽しい!(矛盾してる)
⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません
⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください
百の話を語り終えたなら
コテット
ホラー
「百の怪談を語り終えると、なにが起こるか——ご存じですか?」
これは、ある町に住む“記録係”が集め続けた百の怪談をめぐる物語。
誰もが語りたがらない話。語った者が姿を消した話。語られていないはずの話。
日常の隙間に、確かに存在した恐怖が静かに記録されていく。
そして百話目の夜、最後の“語り手”の正体が暴かれるとき——
あなたは、もう後戻りできない。
■1話完結の百物語形式
■じわじわ滲む怪異と、ラストで背筋が凍るオチ
■後半から“語られていない怪談”が増えはじめる違和感
最後の一話を読んだとき、
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる