猫の悪霊退治<第一部完結>

坂道冬秋

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〜猫とバラバラ殺人~エピローグ

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あれから一週間が過ぎていた。ネット上やテレビでは、今回のバラバラ殺人についての報道が続いている。最近の事件の中では、極めてショッキングな内容だからである。


また、ここ数年で問題になっていた「たちんぼ」についても関係性が高いため、報道する内容に事欠かないのであろう。猫である私は、健吾が見ているニュースを横で見ながら、興味なく欠伸をするだけである。健吾もすでに日常の生活に戻りつつある。


「なんか体が痛いなぁ~」
そう呟きながら、健吾は、コンビニの駐車スペースの金網にもたれかかって立っている。いつものように、赤いラベルの朝用と書かれた缶コーヒーを飲みながら、遠い目をしている。


普段、健吾が夜勤に入る事はない。今回は、他の学生のバイトに頼まれて、仕方なく代わって、慣れない夜勤に入ったのである。夜勤あけの朝6時の街は、まだ静かで空気が冷たく感じた。


「おはようございます」
そんな疲れ顔の健吾に声をかけたのは、凛子である。昨日の夜に連絡があり、今日の朝のこの時間に会う約束をした。


「源之助もおはよう。これお土産だよ」
少しテンションの高くなっている凛子が、私に声をかけて大きな袋を差し出した。凛子は、その大きな袋からスティック状のものを引き出す。私の大好きなチュルルである。


「これが好きだって聞いて、いっぱい持ってきたよ」
凛子は、そう言いながら、チュルルの口を開けて私に差し出す。


「うむ、この女は素晴らしい人間だ」
私は、凛子が差し出すチュルルを舐めながら、力強くいった。もっとも、当の凛子には猫の鳴き声にしか聞こえていないだろうが。


「イヤ!現金すぎるだろう」
私の言葉に反応したのは、いつもの通り健吾である。


「え?源之助、なんて言ったんですか?」
凛子が健吾のツッコミに反応して尋ねる。健吾は、なんとなく内容をぼやかしながら説明している。


「それで、今日はこの間の事件についてですよね」
健吾は、話しを変えようと凛子に尋ねた。


「すいません。さっきまで徹夜で記事を書いていたので、ちょっとハイになってしまって」
そう言って凛子は、少しあわてたように真剣な表情を作りはじめた。


「サヤカさんについてなんですが」
そう話しはじめた凛子の声は、重たく沈んでいた。


「彼女の幼少期からの生い立ちを調べてみたのですが」
そう言って凛子はサヤカについて話し始めた。


「子供の頃の彼女は、何度か児童相談所に保護された経験があるみたいです」
凛子は、鞄の中から分厚い手帳を引き出し、確認しながら話している。最近では、スマホのメモ機能やタブレットなどに記録する事が多いようだが、凛子は手帳を使っているようである。


「どうやら、父親が暴力を振るっていたみたいで、体のアザなどを発見した当時の小学校の担任が連絡したみたいですね」
凛子は、少し重苦しい声で話しを続けた。


「そうですか、やっぱり」
「もしかして、知ってたのですか?」
健吾の言葉に凛子は不思議そうに尋ねていた。


「屋上での戦闘の後、なんとなく彼女の意識というか、記憶というかが見えたんです」
凛子は、驚いた表情で尋ねる。


「相手の記憶まで見れるのですか?」
「いつも見える訳ではないのですが、今回は断片的に彼女の意識が流れ込んできて」
健吾の答えに、凛子は、さらに驚いた表情になる。


「じゃあ、その後の彼女の生い立ちについてもわかってるって事ですか?」
「詳しくは、わからないですが、あまりうまくは行ってなかったって事くらいは」
凛子は、ため息を吐きながら、頷きつつ続ける。


「そうですね。彼女は大学に進学したかったみたいなのですが、父親が反対したのと、学費の問題もあって就職したみたいです」
現代でも、大学とかいうところへ行きたくても進学出来ない人間が、一定数いるようだ。大学とかいうところが、どういうところなのかは、猫である私にはよくわからないが、人によっては重要な場所らしい。


「今でも、女性に学歴なんかいらないと考える人はいますしね。彼女の父親の場合は、彼女を働かせて、たかろうとしてたっぽいですけど」
健吾が、凛子の説明に付け加えるように呟いた。


「ええ、そのようですね。学歴の事や父親の事もあって、仕事もうまくいかなかったようで、仕事を転々としています」
凛子の声は、さらに重苦しい雰囲気となっていた。


「男性関係では、付き合った相手の保証人になって、借金をかぶるはめになったようですね」
猫である私からみても、サヤカという女の生い立ちは、幸せからは程遠いと言える。


「そうですか」
健吾は、目を細めながら遠くを見て、呟いた。サヤカという女に同情しているのだろうか。私は、単純な同情とは異なった感情を健吾から感じていた。


「あの時、彼女の意識を感じた時。外国の風景を見たのですが、わかりますか」
健吾は、少し声のトーンを上げながら凛子に尋ねた。


「外国ですか?えーと」
凛子は、手帳を見ながら自身で書いたメモを見返している。


「二年くらい前に、東南アジアの方に旅行に行ってますね。一人旅みたいですけど」
そう言って、凛子は手帳のメモを見返す。


「恋人と別れた直後なので、傷心旅行かもしれませんね」
さらに凛子が付け加えた。


「たぶん、そこで取り憑かれのだと思います」
「あの悪霊ですか」
凛子は、健吾の言葉に驚きを隠せず尋ねた。


「取り憑いた当初は、それ程強い霊ではなかったと思います」
健吾は、すこしうつむきながら言葉をつづける。


「あの霊は、太平洋戦争中に亡くなった日本兵です」
凛子は、黙って健吾の言葉を促す。健吾が少しためらいながら話し始めたのを感じとったからだろう。


「東南アジアでは、何万人という人間が亡くなったと聞いています。たぶん、彼もその一人だと思います」
凛子は、頷きながら健吾の目を見つめていた。そして、健吾も話しを続ける。


「ただ、戦闘ではなく、餓えと病気が原因で亡くなったようです」
後から健吾から聞いた話しだが、太平洋戦争中の東南アジアでは、戦闘での死者より、餓えと伝染病での死者のほうが多かったという。あの日本兵も、その一人なのだろう。


「あまりの餓えで、彼は戦場で亡くなった仲間を…」
その言葉を聞いた凛子の手は震えている。


「だから、彼女も…」
そう答えた凛子の言葉は、最後まで続かなかった。今回のバラバラ殺人が、しつこくマスコミに取り上げられている原因がこれである。バラバラにされた体の一部が欠損していた。


そして、サヤカという女の部屋の冷蔵庫には、その一部が保存されていた。取り憑かれていた日本兵と同じように、餓えていたのだろう。体というより心が。


「彼女が餓えていたのは、心だと思います」
そして、ためらいながら更につづける。


「もしかしたら、体の一部を摂取する事で、被害者とつながりたかったのかもしれません」
健吾が静かに、私が考えている事を代弁した。


「たぶん、意味合いは違いますが、餓えという意味で日本兵とリンクしたのだと思います」
サヤカの負の心が、日本兵をあれだけの悪霊にしてしまったのだろう。


「あの日本兵は、成仏したのでしょうか」
「わかりません。フドウの炎で彼の悪意を浄化はしたと思います」
健吾は、凛子の目を見ながら答える。


「でも、成仏したかまではわかりません。俺ができるのは、悪意を焼いて、悪さが出来ない状態にする事だけです。」
実際、健吾がフドウによって浄化した悪霊が、その後どうなるのかは、よくわからない。


浄化された、むき出しの魂が、消滅してしまうのか、それともあの世とかいうところに行くのかは、私達にもわからないのだ。私達がやってる事は、悪霊が人間達に影響を与える事が出来ないようにする事だけである。


「あの日本兵のような霊は、まだ他にもさ迷っているのでしょうか」
凛子が寂しそうに健吾に尋ねる。


「たぶん、数えきれないくらいの霊がさ迷っていると思います」
健吾は、そう答えながら、手に持っていた既にぬるくなっている缶コーヒーを一口飲んだ。


「終戦から80年近くたちますが、まだ苦しんでいる霊達がいるのですね」
凛子は、消え入るような声でつぶやいていた。


「そうですね。でも、今も世界のいろんなところで戦争はおこってます。まだまだ、あの日本兵のような霊は増えていっているかもしれないですね」
太平洋戦争という人間同士の争いが終わって、80年近くがたつという。それ以後も、世界では数多くの争いが続いている。最近でも、東欧や中東で争いが起こり、多くの人名が失われているという。


「悲しいですね」


凛子の言葉に、二人と一匹は沈黙していた。暖かくなりはじめた朝の日差しは、今日という一日に希望を感じさせてくれるような気がした。たぶん、二人と一匹は、そう思い込もうとしていたのだと思う。



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