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帝国からの使者

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「ヴィシュヴェ帝国、クラウディオ・ミティウス・ヴィシュヴェ皇帝陛下より、アテトリア王国国王、マルグレーテ・メアリー・アテトリア様へお言葉を賜って参りました」

 謁見の間に入って来たのは、フルプレートメイルと呼ばれる全身鎧を着ている3人の男だ。
 男達は謁見の間の中程まで歩を進め、そこで跪く。
 ちょっと遠くて顔がはっきり見えないけど、3人の中から一人、一番年かさな人物が顔を上げて仰々しい言葉を奏上した。
 帝国……か……この世界に来て間もない俺には、聞き覚えの無い言葉だ。
 だけど、他の皆はわかっているのか、何やら苦い顔をしている……帝国が何かあるのだろうか?

「皇帝陛下からのお言葉か……何故このタイミングで来たのかが気になるところだが……まずはそのお言葉を聞こう」
「はっ。皇帝陛下より、マルグレーテ様へのお言葉はこちらになります」

 女王様モードの姉さんが、使者の人へ声をかけた。
 使者の人は、皇帝から承ったという言葉を伝えるため、立ち上がって懐から取り出した洋紙を読み上げる。

「マルグレーテ女王、以前にお会いしたのは前国王がまだ生きていた頃だったか。しばらく会っていないが、ますます美しくなっているのであろうな……」

 使者の人が読み上げる皇帝の言葉は、姉さんへの久しぶりの挨拶から始まり、しばらく当たり障りのない内容が続いた。

「さて、今回私が使者を送ったのは他でもない。そちらの国で伯爵の地位にあるバルテルという男の事だ」
「……バルテルを知っているのか……?」

 読み上げる中で、バルテルの名前が出て少し驚いた様子の姉さん。
 俺もちょっと驚いた。
 まさか他の国の偉い人が、バルテルの名前を知っているとは思わなかったからね。
 姉さんを人質に取った反逆者だ……それを何故皇帝が知っているのか……。

「そのバルテルだが……我が帝国の一部過激な者達と繋がりがあるようだ。帝国内部でも調べは進めるが……他国の事は他国に任せるしかないからな。早急に何を企んでいるの調べて欲しい」

 つまり、帝国の一部と繋がって何かを企んでるようだから、手が出せない他国の事を女王である姉さんに任せよう、という事なのか。
 自国の事ならまだしも、他の国の事を帝国側が勝手に調べたり問い質したり出来ないだろうからね。

「……以上となります」
「ふむ……わかった。他ならぬ、クラウディオ殿の要請だ、早急に調べるよう手配しよう。だが……」
「どうされたのですか?」

 言葉の後半、言い淀んだ姉さんに使者の人は首を傾げる。

「バルテルは、先程この場で討ち取られたのだ。我に武力を持って反旗を翻したのでな」
「……そんな事が……」

 使者の人は、バルテルがそんな事になっていたとは知らない様子で驚いている。
 そう言えばと、謁見の間……特に姉さんのいる玉座の周りを見ると、俺が斬って飛び散っていたバルテルの血が綺麗にされていた。
 掃除をしてくれた人には、頭が下がる思いだ。

「そなた達が来る直前の出来事だな。もしかすると、帝国の一部過激派と繋がって今回の事を計画したの矢もしれん」
「……皇帝陛下に気付かれる可能性を考えて……でしょうか?」
「そうだ。そちらで動きが察知される危険が高まったため、凶行に走ったという事も考えられる」

 帝国と繋がってるのがバレたらまずいから、今回計画を前倒しで実行した……という事かな?

「今我々の方では、全力でバルテルの周囲を調べているところだ。何かわかり次第、クラウディオ殿に報せると約束しよう」
「畏まりました。では皇帝陛下にはそのようにお伝えさせて頂きます」
「遠い所をご苦労であった。今日は疲れただろう? 部屋を用意させる。ゆっくり休め」
「……お気遣いありがたく思いますが……バルテルが斃れた事、一刻も早く皇帝陛下に伝えたく思います。私どもはこれにて……」
「そうか……わかった。帰路には気を付けてな。……最近、魔物の出現頻度が高く、物騒になっている」
「はい……ですが、こちらにいる2人は帝国でも精鋭の兵士……魔物程度に後れを取る事はございますまい」
「なら、良いんだがな」

 その後、2、3言葉を交わして、使者の人は謁見の間を出て行った。
 これで、姉さんと帝国の使者との話は終わったようだ。
 ……国同士の連絡の取り合いのような話だったよな……? 何で姉さんはここに俺達を呼んで話を聞かせたんだろう?

「リクよ……もう良いぞ」
「はい」

 姉さんに言われて、玉座の裏から謁見の間へと出る。
 他の皆も一緒だけど、俺以外のメンバーは全員何やら難しい顔をしているね……どうしたんだ?

「今の話は聞いていたな? リク以外、何か考える事があるようだが」
「……はい」
「話を聞く限りでは、怪しいところはありませんでしたが……」
「バルテルは陛下を狙った賊ですよね? それが行動を起こしてから使者が来ると言うのも……」
「帝国だからな……陛下、この話にはまだ何かあるかと思われます」
「……エルフの二人からも、そのような反応か……帝国相手だから仕方ないが」

 俺は話をそのまま聞いていただけだし、帝国がどういう所でこの国や姉さんとどんな関係なのかを知らないから、さっきの会話でしか判断出来ない。
 でも、他の皆は何か思う所があるようだ。
 特にフィリーナやアルネも難しい顔をしている事が、姉さんにとって何かあるように感じる。

「……ひとまず、リクの部屋へ行こう。ここは他にも聞いている者がいるからな。おい、ハーロルトをリクの部屋へ来るよう伝えろ」
「はっ!」

 少しだけ声を潜めて言う姉さん。
 近くにいた兵士さんに、ハーロルトさんを呼ぶように伝えて、謁見の間を出た。
 謁見の間を出る時も、裏を通って出た。
 正面から出たら、俺達が複数でぞろぞろと移動してる時にさっきの使者と会ったらまずいという事らしい。
 ……やっぱりさっきの使者は何かあると言う事なんだろうか……?

「お帰りなさいませ」
「うむ。……ふぅ……肩肘張ったしゃべり方は疲れるわね……。ヒルダ、お茶を頂戴」
「畏まりました」

 俺に用意されている部屋に戻ってきて、ヒルダさんに出迎えられてすぐ、姉さんは女王様モードを止めてソファーに座ってくつろぎ始める。
 ユノとエルサは、ベッドの上で健やかに寝息を立ててるな……よほどさっきの戦闘が疲れたんだろう。

「陛下のこんな姿を見る事が出来るなんて……」
「光栄……と思えば良いのだろうか?」
「私達は凛々しい陛下しか知らないから、驚きしかないわね」
「後で、しっかりリクとの関係を聞かないといけないな」

 俺以外の皆は、くつろぎ始めた姉さんの姿に驚きが隠せないようだけど、俺からすると特に驚く事でも無い。
 昔から姉さんは、外ではキリッとした姿で通して、家では別の顔を見せる事が多かった。
 本来柔らかい雰囲気の人だからそちらが本質なんだろうけど、出来る人物を演出するために外では凛々しい姿を見せるんだとかなんとか……そんな事を聞いた覚えがあった気がする。

「リラックスして、疲れを取る事も重要なのよ。対外的にはこんな姿、見せられないけどね」
「そうだね……せっかくの美人が台無しだからね」
「もう、りっくん。それは言わないで。女王なんてやってると、自分で自分の事も出来なくなるんだからね?」

 ソファーにだらしなく腰掛け、リラックスしてるのは良いんだけど……さっきまでの凛々しい女王様は鳴りを潜めて今は、だらしない女性に見えてしまっていた。
 自分の事は自分で……が信条だった以前の姉さんとは、今の姉さんは違うようだね。


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