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奇妙な恰好での初対面
しおりを挟む「よ、ようこそいらっしゃいました! 英雄リク様!」
部屋の中は、広々とした執務室のようになっており、応接用だろう、大きめのテーブルにソファが置いてある。
その奥には、手を広げても端から端まで届かないだろう大きな執務机があった。
執務机の奥というか……横から、部屋の外から聞こえた男性の声で、歓迎の言葉が聞こえてくる。
聞こえて来るんだけど……。
「あ、はい……リクです。ルーゼンライハ侯爵様ですね?……というか、大丈夫ですか?」
「う、うむ。私がシュットラウル・ルーゼンライハだ……です。……なんとか大丈夫です」
名乗りながら聞いてみると、その人がルーゼンライハ侯爵らしいけど……。
侯爵さん、執務机の横、床に顔を押し付けるようにしている。
椅子があったと思われる場所は、背もたれではなく椅子の足の先が見えており、ルーゼンライハ侯爵の足と見られるのもバタバタしていた。
「も、申し訳ない。少々慌ててしまいましてな。リク様が入って来られる直前に、椅子事倒れてしまったのです……」
どうやら、受付の女性が声をかけた時、部屋の中で倒れた音がしたのは、椅子ごとルーゼンライハ侯爵が倒れた音だったらしい。
慌てさせちゃって、悪い事したかな?
「け、怪我とかは?」
「この程度で怪我をする程、やわではないので大丈夫だ……です。……んんっ! 改めて……リク様、私がシュットラウル・ルーゼンライハ侯爵です。お見知りおきの程、よろしくお願いします」
「は、はい……俺がリクです。こっちは……」
怪我とか……特に、顔を床に押し付けているので首とかが心配になって聞いたけど、強がりなのか本当に大丈夫なのか……。
立ち上がって、咳払いをして体裁を整えた後、名乗りながら頭を下げた。
ちょっと呆気にとられる光景が広がっていたから、戸惑ってしまったけど、こちらも改めて挨拶。
ついでに一緒に来ている皆も、紹介した。
モニカさんやソフィーの紹介は問題なく、ユノの時は王城の謁見の間でバルテルに姉さんが捕まった際に、助けに来ていたのを見ているので、改めてルーゼンライハ侯爵からお礼を。
フィリーナは授与式で見かけてはいたけど、まじかで見るのは初めてだと言いつつ、じっくり見ては失礼と謝ったりもしていた。
皆への反応を見るに、フランクさんやクレメン子爵とかと一緒で、貴族だからと鼻にかける感じではなく、ちゃんと応対してくれる人のようだ。
「フィネです。ハーゼンクレーヴァ子爵家の騎士兼、冒険者をしております。現在は、フランク子爵様の命と自己研鑽のため、リク様に随行しております」
「おぉ、ハーゼンクレーヴァ卿の所の騎士か」
次に、フィネさんは自分で名乗り、自己紹介。
こちらはフランクさんとの繋がりもあるため、ちょっとだけ盛り上がった。
最後に。
「これが、エルサです。一応、ドラゴンです」
「一応とはなんなのだわ! しかもこれ扱いなのだわ!? もう乗せてやらないのだわ?」
「ごめんごめん」
最後にエルサを紹介。
頭にくっ付いていて、紹介しづらいのでおざなりになったら、エルサに抗議された。
「おぉ……部屋に入って来た時から、気になってはいましたが……そちらが噂のドラゴン様ですな。ヘルサルを含め、我が領地、そして王都や国内でリク様と共に活躍した数々、聞き及んでいます」
「ふふん、こっちは弁えているのだわー」
「こらエルサ、侯爵様に失礼だろ?」
「はっはっは! 構いませんよ。リク様とドラゴン様、どちらとも話せてこちらが光栄なくらいですから」
感動するような仕草から、頭を下げるルーゼンライハ侯爵。
なぜか得意気になるエルサを注意するけど、笑って許してくれた。
「それではリク様、皆様も。少々殺風景ではありますが、お座りになって下さい。それと、私に様付けはいりません。できれば、家名ではなく名前で呼んで頂きたいのですが」
「はい、ありがとうございます。それなら、俺にも様付けは……こちらは、シュットラウルさんと呼んでもいいですか? あと、喋り方も話しやすい方で……さっきから、言い直しているようですから」
「そ、そうですか? んんっ! うむ、わかった。リク殿と呼ばせてもらおう。英雄殿に、名前で呼ばれるのは、良いものだ」
「そういうものですかね……?」
お言葉に甘えて、ソファーに皆と座りながら、シュットラウルさんと呼ぶ事と、俺も様は付けなくていい事を伝える。
あと、さっきから何度か、ですますを付け加えている感があったので、慣れていないのだろうと話しやすい喋り方をしてもらうよう頼んだ。
ちょっと不躾かと思ったけど、シュットラウルさんが嬉しそうなので良かったんだろう。
「すまないが、皆に茶を頼む」
「はい、畏まりました」
「あ、お構いなく……」
俺達が座ったのを見計らい、案内してくれた受付の女性にお茶をたのむシュットラウルさん。
「では、茶が出てくるまではゆっくりと……という前に。リク殿」
「はい、なんでしょうか?」
一礼して部屋を退室する受付の女性を見送り、お茶が来てから本題に……と思っていたら、向かいのソファーに座ったシュットラウルさんが、改まった様子で俺を呼んだ。
何か、真面目な話しかな?
「先のヘルサル防衛戦の折、協力し頂いただけでなく、殲滅まで。本当に、感謝をしている。そして、王城での事も……リク殿がいなければ、今の私がここにいる事はなかっただろう」
「あー……はい」
何かと思ったら、ヘルサル防衛戦の事と、王城で助けた事に対するお礼だった。
深々と頭を下げるシュットラウルさんに、頷いて応える。
「そして、ヘルサル防衛戦後の事だが……申し訳ない! リク様の事をよくも知らず、ただ国の戦力増強に役立てればと考え、侯爵である事や軍をちらつかせて勧誘してしまった! 気分を害したかもしれないが、今後は利用したり戦力のためと考えず、無理な勧誘はしないと約束する。どうか、気を和らげて欲しい!」
頭を下げたまま、俺を勧誘した事を謝るシュットラウルさん。
モニカさん達が言っていた事だろうけど、実際俺は意識がなかった時の事だからなぁ……こうまで真剣んに謝らなくても、とは思う。
元々気分を害したとかじゃないし、強制はしないと言ってくれているのだから、俺が怒ったり気にする事はないよね。
「顔を上げて下さい、シュットラウルさん。俺は特に気にしていませんから、大丈夫ですよ」
「おぉ、なんと心が広い方か……さすが英雄と呼ばれるだけの事はありますな」
「ははは、英雄は最高勲章をもらったからで……なろうと思ってなったわけではありませんけど」
「そう考えるリク殿だからこそ、最高勲章が与えられる功績を成す事ができたのかもしれませぬな。そして、民達もリク殿が英雄だと受け入れているのも、功績だけでなくその考えが成せる事でしょう」
頭を上げるようお願いして、気にしていないと伝えると、感動した様子のシュットラウルさん。
俺自身、英雄になりたくて色々やったわけじゃないんだけど……何故かシュットラウルさんは痛く感激したみたいだ。
目を輝かせながら、俺を褒めている……こういった展開に慣れてきた俺もそうだけど、モニカさん達も苦笑していた――。
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