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ヒルダさんと姉の過去

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「そして、同じ事が起きないよう、国を豊かにして皆が笑えるように……と約束なさったのだ」
「そんな事が……」

 戦争の事を姉さんと話した時、今話した事のような光景を俺が見る事になる……というような事を言っていた。
 魔物に襲われて壊滅した村を見た姉さんだからこそ、戦争ではもっと悲惨な光景が待っていると考えたんだろう。
 その村は数百人だったけど、戦争になれば数千や数万……村や街に住む人達だけでなく、兵士さん達が犠牲になる。
 それがどれだけ悲惨な事か……。

「陛下は、約束の実現を間近で見せるため、子供達を連れ帰って王城で働けるようにした。全員ではないが、それらは他で働けるように……少なくとも、保護した全員がまともな暮らしができるようにしたわけだ」

 そういえば、俺がロ―タ君の父親を襲った野盗を潰した時、保護した人達がいたけど……あの時の人達もちゃんと保護して働けるようにしたって聞いたね。
 女性が被害に遭っていたから、同じ女性として手厚くしたのかなと思っていたけど、昔から似たような事をやっていたんだ。

「確か、その中でも特に陛下が目をかけている、侍女にした者がいたか……ヒルダという名だったな」
「ヒルダさん!? その人、王城に俺がいる時はよくお世話してくれますよ。そういえば、幼い頃から陛下と一緒で人目がないところでは、お互い遠慮なく話せるようでした」
「そうか、そういえばリク殿が勲章授与式のために王都へ来る際、信頼できる者に世話をさせると、陛下が仰っておられた。あの時の子が、リク殿の世話係か……少々感慨深いな」

 てっきり、ヒルダさんは王城に務める一家とか、一族とかで、そこからの縁で幼い頃から知り合ったり、姉さんの侍女になったんだと思っていた。
 けど、そんな事があったんだ……道理で、なんとなく他に人がいない時に俺と話して、姉さんや俺の事になると妙に優しい雰囲気を醸し出していたのか。

「ともあれ、そういった事があってな。あの時の陛下のお姿が目に焼き付いて離れないのだ。民と言えど、なんとしてでも救おうとする姿。目を逸らしたくなる惨状を前に、自分を責めながらも目に焼き付け、同じ事を繰り返さないように決意する姿をな」
「それで、シュットラウルさんは陛下の役に立とうと……」
「うむ。この方こそ、民を虐げる事なく国を豊かにし、皆の生活や笑顔を守れる王になれるとな。事実、現陛下が即位されてから、農地の拡大、冒険者ギルドとの連携を強めて魔物の被害が減少、さらには野盗の一掃をし、無辜の民が危険にさらされる事は減ったのだ。我々も協力はしているが、陛下の手腕によるところが大きい」
「そうなんですね」

 野盗はまぁ、全てを捕まえるのは難しかっただろうし、他の場所から流れてきたり新しく、という場合もあるから今も発生しているけど、それでも被害は昔より少なくなったと聞いている。
 魔物に関しても、俺が拘わっている事がちょっと他よりも大規模だったりするだけで、基本的に街中にいれば魔物の脅威に晒される事は少ない。
 時折、ロ―タ君のいる村のような事はあるけれど……あぁ、だからあの時、俺が魔物討伐に行く事に対して、全面的に協力してくれたのか。
 野盗の話を聞いて、俺が潰しちゃったけど、ヴェンツェルさんやハーロルトさんを派遣してもいたし。

「なくなったわけではないが……それは私も含めて、生涯取り組んでいくべき事でもある。完全になくせる者でもないからな」
「まぁ……」

 魔物が全滅すれば被害はなくなるだろうけど、それは多分不可能だし……野盗とかの犯罪者に関しても同様だと思う。
 むしろ、人が増えれば増える程、後者も増えるだろうし。

「壊滅してしまった村、それを見た際の様子。そして即位する前だけでなく即位後からの、女王陛下の手腕を見て、私だけでなく多くの者が心酔しているのだよ。とはいえ、バルテルのような馬鹿者などはいるが」
「それこそ、魔物や野盗と一緒だと思います。そういうのって、絶対になくせないんじゃないかと。減らす事はできますし、一時的にいない状態にはできるかもしれませんけど……」

 困っている人を助けたいとか、いい人は多いとも考えているけど、やっぱりそれだけじゃない。
 シュットラウルさんに言ったように、厳しく見て一時的にはいなくなったようにはできるかもしれないけど……いつか必ず新しく出て来るものだと思っている。
 まだまだ、シュットラウルさんのような人からすると、若輩者と言われてしまうだろうけど、それでも全ての人が善良だとは思っていないからね……。

「ふっ……はは! ははははははは! そうかそうか、魔物などと一緒か! はっはっはっは!」
「シュットラウルさん?」

 俺が言った言葉に、変な事があったのだろうか? 急に大きな声で笑い始めるシュットラウルさん。
 まだ会って日が浅いどころか、今日会ったばかりの人だけど……それでも本当に愉快そうに笑っているし、誰かをバカにするような笑い方じゃないのはわかる。

「いや、ははは! すまない、急に笑い出してしまって」
「いえ……それはいいんですけど、おかしな事言いました?」
「ふむ、いや、特におかしな事は言っていないぞ。中々面白い考え方だと思っただけだ」
「そう、なんですかね?」

 まぁ俺が特殊な考えかな? と思うのは否定できない。
 というよりだ、日本で育った俺にとって人に剣を向けたりはしないし、やってはいけないと考えるのが自然だ。
 スポーツとか競技はさておき、本気で殺し合うなんて平和な日本では、基本的にない事だったから。
 倫理観的にも。

 わりと最初の方から、魔物とはあまり深く考えずに戦えたけど……やっぱり人に対してというのは、勝手が違う。
 だから、殺し殺されというのが日本よりも身近な……だからといって日常ではないけど……この世界で生まれ育ったシュットラウルさんとかとは、違う考えになるのも当然なのかもね。
 というか、悪人と魔物を近い存在のように考える事で、自分の精神を安定させようとしているだけど。

「うむ、今日こうしてしてリク殿とゆっくり話ができて、得るものは多かった」
「俺も陛下の事とか、色々聞けて良かったです。……随分長湯してしまっていますけど」

 楽しそうに頷くシュットラウルさんを見ながら、俺も話してよかったと素直に思う。
 最初は、いきなりお風呂で待ち伏せされて何事かと思ったけど……姉さんの事が聞けて良かった。
 こちらからも、シュットラウルさんに頷きながら、自分の手を見て思ったよりも長時間話したなぁと実感。
 水やお湯ととかに、長時間触れているから手がふやけている……やろうと思えば、振り下ろされる剣を素手で受け止められるのに、こういう部分は変わらないんだよなぁ。

 まぁ、戦闘態勢というか、意識を変えていないからかもしれないけど。
 いやさすがに、魔力の影響で硬くなると言っても、肌が水分を吸収するのは防げないかな? 全身に魔力の幕を張ると考えればもしかして?
 でも、それだと皮膚呼吸とかもできなくなっちゃうし……結論としてはよくわからないって事だね。
 なんて、ふやけた手を見ながらよくわからない事を考えていた――。


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