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名目上の護衛は必要

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「お待たせしました。シュットラウル様、リク様」
「アマリーラさん?」

 影はアマリーラさんで、俺やシュットラウルさんの前に来ると、直立して握った手を胸に当てる敬礼。

「リク様、本日の護衛を務めさせて頂きます。兵士との訓練なので、必要性はあまりないかとは思いますが……よろしくお願いいたします」
「まぁ、領内の兵士とは言っても、直属の者を誰も連れていないのはあまりな」
「そういう事ですか」

 戦いに行ったりするわけでもないし、兵士さん達と一緒なのでもしもの事があってもそちらで対応できるため、護衛と言われてもしっくりこなかったんだけど……要はそういう名目って事だ。
 それに、兵士は侯爵であるシュットラウルさんが治める領内の兵士ではあっても、国の所属。
 執事さんなどの使用人も含めて、直属の配下と言える人を連れている方が外聞的にはいいんだろうね。

「あれ、でもリネルトさんはどうしたんですか?」
「リネルトは、街中での情報収集に努めています。人からの情報を聞き出すのは、私より適任ですので」
「そうなんですね」
「アマリーラは真面目なのだが、固く厳しい印象を与えがちだからな」

 確かに、アマリーラさんは厳しいというか、生真面目な雰囲気だね。
 なんというか、委員長タイプ? のような感じかな。
 それに対しリネルトさんは、雰囲気として柔らかい印象で、話しやすい……若干、緩すぎて気が抜ける感じもするけど、親しくない人から話を聞き出す役目としては、良さそうだ。

「その分、夜は私と交代するか、リネルトの他の誰かを付けるかしないといけないのですけど」

 そう言って、苦笑するアマリーラさん。
 夜って事は日が沈んで以降って事なんだろうけど、朝や昼の明るい時と夜で大きく違うのだろうか?

「夜と昼じゃ違うんですか?」
「夜の情報収集での主な場所は、酒場ですから。昼でも開いている酒場には行く事がありますけど……夜とは違って客も少なく、質の悪いのは少ないのです」
「リネルトは、リク殿も見ただろうが、あの通りの性格だからな。質の悪いのに絡まれがちなのだ」
「何度か、トラブルに巻き込まれた経験が……まぁ、喧嘩とかであればなんとでもなるのですが……」
「あー、成る程……」

 アマリーラさんとシュットラウルさんの説明に、納得した。
 リネルトさん、柔らかい雰囲気があるのはいいんだけど、結構騙されやすいような気がしなくもないから……本当に騙されるかどうかはともかく、夜の酒場に女性で一人なんて、絡んでくれと言っているようなものだ。
 小柄なアマリーラさんも、それなりに絡まれやすそうだけど、漂う雰囲気から隙がありそうに見えるリネルトさんの方が、酔っ払いが絡みやすいんだろうね。
 夜の酒場なんて、質の悪い酔っ払いがいてもおかいくないし……暴力に訴えかけて来たら返り討ちにできるとしても、トラブルなのに違いはないし。

「そんなわけで、今日はリネルトに街中の情報収集を任せ、アマリーラを護衛とした。リク殿は、リネルトの方が良かったか? リク殿の好みは……」
「いやいやいや、好みとか関係ないですから。適材適所でお願いします」

 急におかしな事を言いだしたシュットラウルさん。
 暑苦しい男性より、見目麗しい女性の方がいい……というのは、男ならば当然の考えなのかもしれないけど、さすがにそんな考えでアマリーラさん達を見ていない。
 というか、そもそもシュットラウルさんの護衛なんだし、俺が選ぶ立場でもない。

「ふむ……まぁ、モニカ殿がいるからな」
「そこでなんでモニカさんが出て来るのかわかりませんが、アマリーラさんやリネルトさんに失礼ですからね? いくらシュットラウルさんが雇い主だと言っても……」
「リク様にならば私は……」

 貴族だとか雇い主だとかで、シュットラウルさんが明らかに立場が上なのは当然だけど、だからといって、そんな好き勝手言っていたらアマリーラさんも嫌なんじゃ……。
 と思って注意していたら、なぜか頬に手を当てて視線を逸らしながら、ボソッと呟くアマリーラさん。
 一緒になってシュットラウルさんを非難……はできない立場だろうから、期待はしていなかったけど……予想外の反応!?

「はっはっは! 獣人は、強い者に惹かれるからな。それは力の強さだったり魔法や魔力の強さだったり……心の強さというのもあったか?」

 そういえば、獣人の国では強い人が王様になったりするんだったっけ……。
 豪快に笑うシュットラウルさんを見て、注意しようとしてた気がしぼんでいくのを感じた。

「人として生き物として、強い者に惹かれます。リク様は、その全てを持っておらるかと。いえ……私如きではその深さを計り知る事すらできません」
「いえ、浅いと思うんですけど……それに、如きなんて……はぁ。とにかく、ユノが退屈そうですから、早く兵士さん達の所に行きましょう」

 俺の深さなんて、そこらの雑草が地中に張る根より浅いと思うんだけどなぁ……いや、意外と深くまで値を張る草とかもあるから、一概には言えないか。
 ともかく、アマリーラさんが如きなんて自分を卑下する必要はないはず。
 そう思って何か言おうと思ったけど、上手く言葉が出なかったので、溜め息を吐いて話を無理矢理変えた。
 なんとなく、このまま話をしていたら長くなりそうだし、変に持ち上げられるだけになりそうだったし……ユノが退屈そうというのは、本当だけど。

「おっと、そうだな……すまんなユノ殿」
「はっ!」
「気にしていないの! それじゃさっさと訓練しに行くの!」

 シュットラウルさんがユノに謝り、アマリーラさんは短く返事をして敬礼。
 ユノの方は、ニコッと笑ってなんともないと言った風だけど……これは、ちょっと不機嫌そうだ。
 いつものユノなら、「さっさと」なんて言わないからね。
 ……訓練が、必要以上に厳しいものにならなければいいけど……。


 シュットラウルさん、アマリーラさん、ユノと連れ立ってセンテの東門を抜け、街道からも逸れた場所に到着。
 そこは、遠目に農地などが見える以外は何もない場所で、草も刈られて土が露出している……運動場のようになっていた。
 広さは数百メートル……いや、一キロ四方はありそうだ。
 運動場の端では、テントが複数見えているので、兵士さん達はそこで野営をしているんだろう。

「リク殿が来るとわかってから、訓練に参加してもらえる事を考えて準備させておいたのだ。元々ここは単なる草原だったのだがな」

 訓練のために、この場所を用意していたらしい。
 今俺の前にいるのは、整然と並んだ同じ装備をした人達……兵士さん達が、総勢五百人。
 数はシュットラウルさんから教えられたんだけど、五百人が一糸乱れず整列し、俺やシュットラウルさんに向けて敬礼しているのは壮観だ。

 ヴェンツェルさんと一緒に、ツヴァイの地下研究施設に踏み込んだ時は、これほどの兵士さんはいなかったから、初めて見る。
 ……いや、パレードの時に見たかな? あの時は、皆の前に出るって事で緊張していたりもしたから、兵士さん達がどうだったかまで記憶にないけど――。


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