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研究意欲溢れるカイツさん

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「……カイツさん? とフィリーナ?」
「あ、リク、侯爵様、失礼しました。――貴方がいきなり飛び込むのが悪いんでしょ!? 気持ちはわからなくもないけど! あと、私は重くないわ!」

 俺が振り返って、声の主がカイツさんだと確認するのとほぼ同時、後ろから現れた影……フィリーナがカイツさんにドロップキック
 カイツさんの背後から直撃させて地面に倒した後、そのまま背中に立つフィリーナ。
 細身だし、体重は軽い方なんだろうけど……さすがに背中に立たれたら、誰だってしんどいと思う。
 フィリーナは何もなかったかのように、俺やシュットラウルさんに礼をした後、足下のカイツさんに抗議しているけど……全て背中の上で。

「フィ、フィリーナ殿、とカイツ殿。どうしたのだ……? クォンツァイタの配備は……」
「それは全て済ませてきました。北と東に、それぞれ魔力供給用のクォンツァイタを。ある程度蓄積された魔力を使ったクォンツァイタを南へ。特に、侯爵様が使った鎧での魔力消費が多く、そちらを使えば魔力溜まりの発生はそうそうない事かと」
「そ、そうか」

 チラチラと、フィリーナが乗っているカイツさんの方を見つつ、問いかけるシュットラウルさん。
 淡々と答えるフィリーナは、もがいているカイツさんの背中の上からどこうとする気配は一切ない。
 さすがに、ちょっとかわいそうになってきたけど……でもそうか、クォンツァイタはもうそれなりの数を南側へ送れたんだね。
 ウォータースピリットのウォーさんがやってくれた、殲滅した時に使用した魔力と魔物の魔力を、影響ないように霧散させてくれたから、もう魔力溜まりの発生は阻止できたと考えて良さそうだ。

「クォンツァイタはともかく……その、カイツさんは大丈夫? えっと、ワイバーンがって言っていたけど……」
「大丈夫よ、だって私軽いもの。それはともかく、リクがワイバーンと一緒にいると聞いて、カイツが止まらなくてね。私が降りると、多分リクに詰め寄って話を聞かないから」
「わ、私はそんな事……」
「するでしょ? するわよね? 私の静止も聞かずに、この部屋に飛び込んだのはなかった事にできないわよ。……こんな時にだけは、いつもの方向音痴を発揮せず、真っ直ぐここまで来れるんだもの……いつもはわざとやっているんじゃないかと疑ってしまうわ……」
「ははは……」

 ワイバーンの事を聞きつけたカイツさんが、研究欲に駆られてここまで突撃したって事だろう。
 さっきの勢いなら、フィリーナの言っている事も納得できるから、確かにこのままの方がいいんかもしれない。
 もがきながらも、ちゃんと呼吸はできているし、意外と元気そうだからねカイツさん。

「とにかく、リク。ワイバーンを連れて街に戻ってきたと聞いたけど、どういう事? 私達は北門の様子を見ていたから、話しを伝え聞いただけなのよ」
「……魔法鎧の成果を見に、私は東門に行きたかったのだが」
「そうしたら、カイツも魔物の中に飛び込んでいたでしょ? 魔法鎧を着ているならともかく、生身で行ったら研究でなまっているエルフはひとたまりもないわ」
「ぐ……」

 フィリーナ達は北側にいたのか……そういえば、クォンツァイタを運んで南門に来ていたモニカさんと一緒じゃなかったし、東門でも見かけなかった。
 確かにさっきの様子だと、カイツさんなら魔法鎧を着たシュットラウルさんを、近くで見ようとしていたかもしれないから、北側に連れて行ったフィリーナの判断は正しかったんだろう。
 ある程度俺達と一緒にいて訓練を見たりちょっとだけでも参加しているフィリーナなら、魔物に囲まれている状況でも多少はなんとかなったかもしれないけど……。
 カイツさん、近接戦闘はからっきしッぽいからなぁ……多少の余裕を持って魔法が使える状況ならともかく、シュットラウルさん達が戦っていた状況はかなり厳しいだろう。

「まぁまぁ。えっと、ワイバーンの事だよね。南にいる魔物を殲滅した後の事なんだけど……」

 言い合いをしそうなフィリーナとカイツさんを宥めて、ワイバーンとの事を話す。

「はぁ……ほんとにリクは、考えられない事をするわね。ワイバーンと対話して味方に引き入れるなんて……」
「いやまぁ、俺がというよりボスワイバーンからなんだけどね……」

 モニカさんと似たような反応で、溜め息をいているフィリーナ。
 俺から持ち掛けたわけではなく、ボスワイバーンが降参して話そうとして、エルサが魔力を繋げて通訳してくれたからであって、俺が積極的にやった結果ではないんだけどね。
 まぁ、ちょっと無理してワイバーンの所に行ったのは俺だけども。

「そのボスワイバーンとやらは、知性があるのか……いや、ワイバーン自体にあると見た方が良いのだろう。魔物にも知性を持つ者がいるのは知っていたが、ワイバーンが。いや確かに、知性が垣間見える行動の記録はあったか」
「先程も聞いたが、改めて聞いても驚いてしまうな。魔物の子供を育てて……という話は聞いた事があるが、そうでないのにとは。間違いなく、これまでにない事だ。だが、これから先ワイバーンを発見した時の対処に困るか……今回が特別で、他のワイバーンは害を成す存在だとわかっていてもな」

 カイツさんは、俺がボスワイバーンと話したという所から、ブツブツと呟いて分析をしている……相変わらず床に転がって背中にフィリーナを乗せているけど。
 シュットラウルさんも、方向性は違うけど眉間に皺を寄せて考え込んでいる。
 さっき説明した時より色々考えているようだ。

「リク殿、先程聞きそびれたのだが……もし他のワイバーンを見つけた時は、排除しても構わんのか? その、リク殿と話したボスワイバーンから、恨みを持たれるとか……」
「いえ、その心配はなさそうです。ボスワイバーンと話す前に、俺やエルサが散々ワイバーンを倒していましたけど、気にした様子ではなかったので」

 本当に、ボスワイバーンも他のワイバーンも気にしていなかったなぁ。

「その辺りは、魔物らしさが出ているのね。私達エルフもそうだけど、獣人や人間、とりわけ人と呼ばれる種族であれば、仲間がやられたら気にしないでいられないもの」
「まぁ、関係性にもよるがな。それは人間や獣人も変わらないだろう。例えば、帝国にもエルフがいて同族意識は私達にもあるが、だからといって誰かにやられたと言われても、心は痛むが恨みに思ったり復讐しようなどとは思わない」
「むしろ、今じゃ敵対関係に近いからね……国同士の関係の影響だけど」

 人間もそうだけど、親しい間柄の誰かが殺されたりしたら、悲しいし怒ったりもする。
 けど、特に親しくない、会った事すらなくて顔も知らない人だとしたら……カイツさんの言う通り、心が痛む事はあっても復讐心に駆られたりはしない。
 対岸の火事ってわけでもないけど、同族だからって全て同じというわけでもないのか。
 種族間の争いとかになると、変わってくるのかもしれないけどね。

 あと、ボスワイバーンと話していた感じでは、魔物は種族全体というよりも個としての考えが強いのかもしれない。
 同族同士ではほぼ争う事がなく、群れをつくってリーダーのような存在を作ったりはするけれど、個々の強さや力が重要なんだろう――。

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