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開戦直前
しおりを挟む「リク様、あれがヒュドラー……でしょうか?」
「そうみたいですね。大きいなぁ……」
北側の侯爵軍、それを率いる大隊長さんと一緒に石壁の外に出て、迫りくる魔物を遠目に見る。
蠢いている黒い魔物達の中で、ひときわ目立つヒュドラ―……遠くからだから、はっきりとはわからないまでも、他の魔物の形すらわからない距離なのにヒュドラーだろうとわかってしまうのは、大きさのせいだろう。
空に向かって伸びた複数の細い影が、おそらく複数あるらしい首だろうね。
まだ十キロは軽く離れていそうなのに、形がある程度わかるって……キュクロップスが小さく見えるくらいの大きさじゃないだろうか?
ちなみに、こうして大隊長さんといるのは余裕だからとかじゃなく、ある程度の距離まで魔物達を引き寄せないといけないからだ。
俺一人で全てをどうにかしよう、というのなら今からでも突撃するけど……今回は多くの人との共同作戦だからね。
動かせない石壁の内側から援護や何やらをするのは兵士さん達だ、だから攻撃などが届く距離まで引き寄せないといけない。
けど、それはつまり向こうからの魔法攻撃も届くという意味でもあって……。
「隊長、リク様、ご報告します! カイツ様より改良された盾、また一部の兵士向けに新しい鎧と武器が到着しました!」
「わかった。リク様、届いた物の分配をしますのでこれで……」
「はい」
報告に来た伝令さんと一緒に、場を辞す大隊長さん。
カイツさんが改良した盾は、ワイバーンの皮を張り付けたタワーシールド。
一部の兵士向けの鎧や武器というのは、ワイバーンの素材を使って作った物なんだけど……これは、センテが囲まれる前に俺が倒したワイバーンの素材を使った物らしい。
結局センテを囲んでいた魔物との戦いには間に合わなかったけど、使える物は使えと加工を急がせていたとか、たくましい。
さすがに素材が少なすぎるので、中隊長さんなどの指揮官クラス、冒険者でも活躍をした冒険者に支給されるとか。
王軍は既に王都から支給されている装備があるので、除外みたいだけど。
ちなみに、モニカさん達にもワイバーンの牙や爪を使った武器が支給されるとか……これまで使っていた魔法具の武器は、今回の戦場では役に立たないとマリーさんから言われている。
それは武器としてではなく、魔法具として魔法を発動させても威力が足らなすぎるという意味だとか。
なので、さらに丈夫で鋭さを持った武器の支給となったわけだ。
さすがに数が用意できないので、今回はフィネさんの斧投擲用としては不十分だけども。
「私はそろそろ、中央に向かうのだわー」
「うん、よろしく頼むよエルサ」
しばらく、少しずつ近付いてきている魔物達を待っていると、ずっと頭にくっ付ていたエルサが離れる。
ギリギリまで俺と一緒にいる事で、魔力総量を増やしていたみたいだ。
飛び道具強化はそんなに魔力を使わないみたいだけど、抜けてきた魔物への対処をエルサもやる事になっているので、念のため魔力は多くあった方がいい。
特に、ロジーナに隔離されて抜け出した際、魔力が足りなくて苦しかったのもあって、またアンナ女歌になるのは嫌だから念のためってわけだね。
「ヒュドラー相手にだけならいいけどだわ、やり過ぎないように気を付けるのだわ?」
「うん、それはわかっているよ。まぁ、これまでの事を考えると自分でも絶対に大丈夫とは言えないんだけどね。でも、気を付けるよ」
俺から離れて、中央へと向かおうとするエルサがふと止まり、俺に注意をする。
魔物に向けるだけならともかく、今回は後ろに兵士さんもいるし、他の場所では人と魔物が入り乱れている状況になる所もあるはず。
そん中で、広範囲に影響を及ぼしてしまうような魔法を使えば、味方にだって被害が出てしまう。
自信を持って失敗しない、とは言えない自分が情けないけど……それでも、エルサの注意通りやり過ぎないように注意しないと。
多分、使うのは火や水などの魔法ではなく、魔力弾くらいだろうなぁ……。
あと結界か。
結界は動きながらでもイメージして発動させられるようになっているけど、魔力弾に関しては慣れてはきていても、魔力を溜める時間がほんの少し必要だ。
ヒュドラーがそんな時間を許してくれればいいけど……。
「ふぅ……一人、か」
エルサを見送って、迫る魔物の方を見て呟く。
これまでずっと、大変な戦いの時でもエルサは一緒にいてくれた。
強力な魔物を相手にする事が多かったから、俺やエルサが前に出て戦うようにしていたってだけなんだけども。
けど……本当に誰もいなくなって一人になると、やっぱり何か心細いような、寂しさのようなものを感じる。
ヒュドラーと直接戦うわけだし、仕方ない事なんだけどね。
エルサはエルサで、皆と協力してやる事があるんだし……。
「まぁ、仕方ないか……だからって、手を抜くわけでも油断するわけでもないし。やれる事をやるだけだ。……センテにこれだけの魔物を集中させた奴も、迫る魔物も……」
許さない……。
「っ!」
両手で口を押えて、思わず口に出そうになった言葉を飲み込む。
……これまでに多くの人が犠牲になった。
これからも、多くの人が犠牲になる可能性が高い。
だから、直接襲い掛かって来る魔物や、これまでの事を仕組んだ奴らに対しては恨み……いや、怒りの感情はもちろん持っている。
けどそんな、許せないとまでは思っていなかった。
いや、やっている事や犠牲になった人たちの事を考えると、許せないという気持ちになるのも当然わかし、どこかで考えていたのかもしれないけど。
「もしかして、これが……」
「リクさん!」
「リク、大丈夫かい?」
負の感情が流れ込む、その初期段階のようなものなのか? と呟こうとしたところで、モニカさんの声。
さらに心配そうにこちらを窺うマリーさんの視線と声。
「モニカさん、マリーさんや皆も」
ハッとなって口を押えていた手を離し、モニカさん達の声に応える。
「口を押えていたけど、どうしたのリクさん?」
マリーさんと同じように、母親のマリーさんと似たような視線で、俺を窺うモニカさん。
大事な戦いの直前だ、心配を掛けちゃいけないね。
「ううん、なんでもない。大丈夫だよ。ちょっと喉が渇いたかな? って思っていただけだから」
「そう? ならいいんだけど……はい、リクさん」
適当に誤魔化して、モニカさんに笑いかける。
するとモニカさんの方から、革袋が差し出された。
「ん? あ……ありがとう。んく……」
中身は水……革袋は水筒だったようで、お礼を言ってせっかくだからと飲む。
戦闘前で緊張していたのか、誤魔化すためだったけど本当に喉は乾いていたんだと、その時に自覚する。
俺が水を飲むのを見ているモニカさんが一瞬、ニヤリとしたようなしないような……微かに頬に赤みがさしているような気がした。
「ふむ、モニカはこの土壇場でよくやっているな……」
「ですね……狙いは、関節キッスでしょう」
「ぶふっ!」
ソフィーとフィネさんが、コソコソと話しているのが耳に入ってしまい、思わず噴き出した。
もったいない……。
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