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英雄は少しだけ遅れてやって来る
しおりを挟む大きな盾を構える盾隊……並ぶ隊列が崩れかけているその向こうから、空へと向かう一つの影。
おそらく人だろう……逆光になっているため、はっきりとその姿は確認できないわ。
その影が空に広がるレムレースと私達の間に躍り出て、大きく叫んだ。
「……遅くなってごめん! 多重結界!!」
この声は……!?
「リクさん!?」
「え、リクなのか!?」
私がリクさんの声を聞き間違えるはずがない、そんな自信と共に先程まであった絶望感は、一瞬にして喜びに変わっていた。
リクさんの声で影が叫んだ瞬間、レムレースから放たれた数々の魔法。
本来は私だけでなく周辺一帯にいる皆を巻き込んで、撒き散らされる破壊の力は、見えない何かに阻まれてこちらに一切届く事はなかった。
見えない何か……リクさんやエルサちゃんが使う結界ね。
音もなく、阻まれた魔法はただただ結界に当たって受け止められているだけだった。
あぁ……リクさん……本当に来てくれた……。
さっきはルギネさんと間違えたけど、今度こそ間違いないわ……!
結界で魔法を防ぎ、地上に降りたリクさんと思われる人の影は、再び飛び上がって盾隊を越え、何度かのジャンプを終えて私達の近くに降り立った。
人を軽々と飛び越えるのが、ジャンプと言えるのかはわからないけれど……センテの外壁も飛び越えたといっていたから、それくらいリクさんならできるわね。
……あれは、魔法を使ったって言っていたかしら?
「……ふぅ。ヒュドラー以外にも結構危険な魔法を使う魔物がいたんだね。結界を重ねた多重結界のうち、数枚が割られちゃってるよ」
「リクさん!」
「リク!」
私達に顔を向け、ニコリと私の鼓動を跳ねさせる眩しい笑顔になるリクさん。
ソフィーも同じく声を掛け、母さんやフィネさんも驚きながらリクさんへと駆け寄る……もちろん私もね。
「待たせちゃってごめん。思っていたよりヒュドラーに手間取っちゃって……あ、モニカさん達怪我してるんだね。ちょっと待って……兵士さん達も怪我人がいるか。それじゃ……」
謝った後、すぐに私達や兵士達の状態に気付いたリクさん。
視界の端で……というか空の方でレムレースが、何度も魔法を放っているようだけど、まだリクさんの結界が残っているみたいでこちらには一切届いていない。
Sランクの魔物も、リクさんにかかれば形なしね……。
レムレースの事はともかく……いえ、Sランクの魔物をともかくと言える今の状況がちょっとおかしいのだけど。
リクさんは、私達の様子を確認した後すぐ両手を空に向けて突き出した。
「って、リクさん何を……?」
「私達もそうだが、リクも随分……いや、服はあちこち破れて、焼けて? いるが怪我はしていないのか」
「ヒュドラー相手なら、さすがのリクでも怪我くらいはする思っていたんだけどねぇ」
「そもそも、これだけ早くリクさんがヒュドラーを倒すとは、誰も考えていなかったのではないでしょうか?」
戸惑う私、リクさんの服を見ているソフィー、呆れたような苦笑を漏らす母さんに、ここにリクさんがいる今が信じられない様子のフィネさん。
それぞれが話しかけている状況でも、リクさんは何かに集中しているようで、突き上げた手の平を追いかけるように空を見た。
「怪我はしていたんだけど、すぐに治したんだ。……よし、結界。からの……ワイドヒール!」
「え……?」
リクさんが空に向かって魔法を発動。
レムレースの魔法を未だ防ぎ続けている結界があるのに、別でまた結界なんて……というのはリクさんだから、あまり驚かないけれど。
その直後に、別の魔法を発動。
空に向けたリクさんの両手の平からふわりと広がる、緑色の柔らかな光……光? いえ、これは魔力ね。
それらが私達がいる場所、兵士達も全て包み込んだ後すぐに儚く消えて行った。
「あ、え……傷が、痛みどころか、完全に治っている……の?」
「うん。センテで怪我人の治療をしている時に、どうしたら一度に多くの人を治療できるか考えていたんだけど……ようやくイメージできだんだ。結界が魔力すら通さない事を利用して、周囲を覆って封鎖。その内側に満ちるように怪我の治癒魔法を広げると……まぁ、今みたいにね。上手くいって良かった」
「他の兵士達も……ルギネ達も、失っていた意識を取り戻したみたいだな」
もう、リクさんのする事は驚く事ばかり。
驚くを通り越して呆れ、さらにそれすらも通り越して、リクさんだからという説明で納得するようになってしまったわね。
結界がとか、治癒魔法をとかはなんとなくわかったけど……リクさん以外にできる事じゃないわ。
そもそも、それだけの魔力を扱う事自体が不可能だもの。
「さて、皆の無事が確認できたから、すぐにマックスさん達が足止めしているはずのヒュドラーの所に行きたいんだけど……こっちもこっちで、厄介な魔物みたいだね」
「はっ!? そ、そうなの。あれはレムレースと言って……」
戦闘が続いているからかしら、何もない時はのんびりとした雰囲気を醸し出しているリクさんは、未だ全身に緊張感を漂わせ、空に浮かぶ霧……いえ、レムレースを見上げる。
母さんに教えられたレムレースの事をリクさんに、簡単に説明した。
「成る程……魔物限定の霧散した魔力が一か所に溜まって……残留思念と合わさって、死霊化したとかなのかもね。魔力溜まりや、今のセンテにある負の感情にも近いって事かな。レムレースは、ゴーストも混ざったから魔物化したんだろうね」
私の説明を聞いて、レムレースについて納得したように頷くリクさん。
呟いている事の半分はよくわからなかった……残留思念ってなんだろう? リクさんは、時折私達にはよく理解できない言葉を使う事があるけど、これも別の世界からの知識のかもしれないわね。
「つまりは、レムレース自体は魔力の塊とも言えるわけだね。わかった。それじゃ、さっさと倒して……ここら一帯の魔物も一掃するから、一旦皆は下がって。兵士さん達もね」
「それは……一度下がって体勢を整え直すのは賛成だけど……リクさん? レムレースはあの霧が体だから、一気に全体に攻撃を加えないといけないの。リクさんならそれも簡単にできるんでしょうけど、そうしていたら、他のヒュドラーと戦うための魔力が……それに、ここらの魔物を一掃って……」
なんて事もないように、レムレースを見上げて言い放つリクさん。
そりゃ、私達にとっては絶望的な魔物でも、リクさんにとってはなんて事のない魔物なのかもしれない。
けどSランクの魔物……無駄な戦いをしていたら、ヒュドラーと戦うための魔力が減ってしまう。
またリクさんが疲れ果てて、魔力がほとんどなくなって……目の前で眠るように意識を失うのは、あまり見たくない。
無理をしなきゃいけない場面だけど、無茶をしているリクさんを見るのは嫌だし、ヒュドラーと戦えなくなってしまったら……。
なんて考える私に、リクさんはレムレースから視線を外してこちらを見て笑顔を浮かべた――。
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