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エルサも説得に参加

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 エルサちゃんが話しながら、力を込めた手を乗せている私の腕の痛みからは、負の感情になんか、リクさんとの繋がりは負けないと思っているような気配が伝わって来る。
 そう、そうよね、エルサちゃんとの繋がりもそうだけど、私達と過ごしたリクさんとの繋がりは、負の感情の支配にだって負けないわよね。
 もうちょっと、いえ、もっとリクさんと深く繋がっていたい……とかは、今考える事じゃなかったわ。

「……もしリク殿が、モニカ殿やエルサ様の予想通りの状態としてだ。結界を破り外に出る事で、本当にリク殿を取り戻す事ができるだろうか?」
「それは……保証できないのだわ。けど、予想通りだったら私達はずっとこの中に閉じ込められたままなのだわ。私やモニカの予想を信じて行動するか、近いうちに結界が解かれて外に出られるかも、という希望に縋って耐えるか、のどちらかなのだわ」
「危険に飛び込むか、安全を享受するか……といったところでしょうか」

 結界を破った先の状況はどうなるかわからないわ。
 もしリクさんが私達の呼びかけに応えてくれなかったら、という不安もあるし、負の感情に支配されていた場合、リクさんが私達をも敵と認識する可能性だってある。
 エルサちゃんが言っていたように、最後の良心とやらで私達を結界で守ったのだとしたら、リクさんの意識がなければ私達を巻き込む可能性が高いという事でもあるのだから。
 私達がどうしたって、リクさんが全力を向けられればひとたまりもない……。

 逆に結界の中にいれば安全に過ごせる代わりに、いつ出られるかの保証はないわね。
 危機に直面しているわけではないけれど、いずれ緩やかに破滅へと向かう可能性だってあるのよね。
 どちらかを選べと言われたら……私はもちろんリクさんの所に行きたい。
 けれど、多くの人の命に関わる事で、上に立つシュットラウル様やマルクスさんは確実に危険がある方を選びにくいでしょうね……。

「どちらが生き残れる可能性が高いか……はわからないのだわ。それこそ、私達の予想を越えて今すぐにでも結界が解かれる可能性だってあるのだわ。結界を破る事が正しいとも言わないのだわ」
「でも、それでも私はリクさんの所に行きたいわ。エルサちゃんも同じ気持ちでしょうけど……」
「わ、私は、リクからの魔力供給がなくなったから、それを取り戻したいだけなのだわ。あれはいいものだわ~、ぬるま湯につかっているような気分なのだわ」

 リクさんからの魔力って、そんな気分になるのね……ぬるま湯という部分に、なんとなく納得するけど。
 暖かい気持ちにしてくれる、リクさんの優しさってそういうものだと私が勝手に思っているからかしら。

「それにだわ、リクがいないとキューを思う存分食べられないのだわ。おいしくたらふく食べるために、りくが必要なのだわ」
「キューならさっきも……でもそうね。父さんも言っていたけど、美味しく作られた物でも気分よく食べられなければ、美味しくならないものね」

 素直にリクさんが心配と言えばいいのに、相変わらず素直じゃないエルサちゃんに少しだけ笑みが漏れる。
 でも、大好物のキューを引き合いに出すエルサちゃんの気持ちはよくわかるわ。
 私だって、リクさんと一緒の方が食事が美味しく感じるような気がするもの……リクさんが行方不明になって、センテが取り囲まれていた間の食事は、味気ない物だったから。
 それでも、リクさんが戻って来る事を信じて、ヘルサルへの道を繋げるために、戦うためにちゃんと食べろとソフィーやフィネさんが私の口に食べ物を突っ込んでいたのだけれどね……かなり苦しかったけれど。

「気分よく、美味い物を食べるため……か。成る程な」
「ここがこうして安全であっても、心に不安は必ず残ります。いえ、徐々に不安が膨れ上がるでしょう。その時、食事が美味しく感じる事はあまりないのでしょうね」
「シュットラウル様、マルクスさん……?」

 エルサちゃんの言葉を受けて、シュットラウル様とマルクスさんの雰囲気が変わった気がするわ。
 二人共、何かを思い浮かべているように目を閉じ、深く頷いている。
 もしかして、自分が食事をしている時の事を思い出して、もしくはこの先食事した時の事を想像しているのかしら?

「……あれこれ考えていたが、どちらを選んでもどうなるかはわからない。であるなら、明日の食事……いや、今日の食事を美味しく食べられるようになる方を選ぶのも、いいかもしれんな」
「侯爵であるシュットラウル様が、食事を理由にするというのはどうかとは思いますが、私も同意見ですよ。もとより、私はリク様やエルサ様、モニカ殿達ともそれなりに過ごしています。そのモニカ殿達が、結界を破る方に賭けようというのです。ならばその提案を受け入れようと思っていますよ」
「兵士達にも、リク殿のためならばと賛同する者は多いだろうな。王軍はともかく、私の侯爵軍はそもそもリク殿達がいなければ、街ごと壊滅していた。負傷し、治療された者も多いと聞く」
「それなら、王軍もそうですよ。王城ではリク様達と訓練をした者もいます。ワイバーンの鎧や次善の一手など、生き残るための術をもたらしてもくれました。感謝している者は、王軍も侯爵軍も多いでしょう」

 顔を見合せるシュットラウル様とマルクスさん。
 不敵な笑みというのかしら? 面白いから笑い合っている、というよりも覚悟を決めたような笑みね。

「私からも少し、よろしいでしょうか?」
「マリー殿?」
「母さん?」

 これまでジッと話を聞いていた母さんが、シュットラウル様達の雰囲気が変わった事に気付いたからか、進み出て発言の許可を求めた。
 シュットラウル様達が頷き、母さんの考えが話される。

「リクがいなければ、ヘルサルは随分前になくなっていたかもしれません。ゴブリン達に滅ぼされていた可能性が大きいでしょうから」

 あの時、私も含めて皆で必死に迎え撃つ準備をした。
 開戦直後はそれこそ、こちらの有利に進められたおかげで、怪我人はほとんどいなかったくらいだけれど……リクさんがいなければ、数に押されていずれ街の中にもなだれ込まれていただろうというのは、想像に難くないわ。
 それまでに、シュットラウル様が派遣した侯爵軍が辿り着けるか、それまで持ちこたえられるか……いえ、侯爵軍が到着しても、当初の予想よりも膨大な数のゴブリン達に、被害は甚大。
 最悪、ヘルサルは壊滅してしまっていたかもしれない……自分の功績を誇らないリクさんだから、皆も頑張ったからと言いそうだけれど。

 でもあの時戦闘に参加した人や、参加しなくとも協力した人達は、リクさんのおかげで生き延びられたと一切の疑いもなくそう思っているわ、もちろん私もね。
 だからこそ、ヘルサルに住む人達は……少なくともゴブリン達が襲来する以前から住んでいる人達は、心からリクさんに感謝しているの。
 前のめりさ加減はどうあれ、代官のクラウスさんがリクさんの事を讃えるのもよくわかるわ――。
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